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虫食い姫は隣国の王太子殿下から逃れたい。  作者: 幽八花あかね
隣国の王太子殿下から逃れたい。1章
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12. 魔法薬をつくろう (きっと、嫌われているのね)



 古代魔術が終わって午後の授業は、二時間続きの「魔法薬基礎」。共通科目で、エリエノールを含むAクラスの全員で受けるものだ。


 エリエノールは無表情で、隣にいる青年からの指示通りに作業をしていた。


「次はこの薬草の根を刻んでくれ」

「はい、殿下」


 すっごく派手で鮮やかな黄色と緑色が、目に刺さる。


 今日の魔法薬基礎の授業で、エリエノールは初めて魔法薬を作る。前回までの授業は説明を聞くだけだったが、今回は簡単な傷薬の調合だ。


 授業での調薬はペアで協力して行われる。同じ机で共に作業しているのは四人で、ここの面子はエリエノール、サイード、ミク、そしてアベルだ。

 ミクのペアであるアベルは、サイードの従者でもある。鉛色の髪に灰色がかった青色の瞳をした青年だ。


 サイードに言われるがままに、エリエノールは派手な縦縞模様の薬草の根を細かく刻んだ。その極彩色に目がチカチカする。


 今回作る傷薬は、流血した傷に塗ると血が止まり、表面に薄い膜ができて傷の治りを早くするというものだ。

 このような薬はつくる段階で魔法をかけるので、薬を使うときに魔力を消費する必要がない。だから非常時には、魔法薬はたいへん便利なものなのだ。


「できたか?」

「はい、殿下」


 まな板に載った刻んだ根を、サイードに渡した。


(わぁ……すごい)


 サイードがかき混ぜている鍋の中の液体は、根を加えると黄色から派手なピンク色に変わった。根の色は黄色と緑だったのに、入れるとピンク色に変わるなんて不思議だ。


「この実を五つ、殻を外してから潰して」

「はい、殿下」


 サイードはエリエノールに指示をするばかりだが、これは別に作業を押し付けて怠けているわけではない。むしろ、魔法が使えないエリエノールとペアになってしまって苦労しているのはサイードの方だと思う。


 エリエノールは、魔力が封印されていてもできる――誰でもできるような作業しかしていない。申し訳ない。


(ミクさんは……いまは薬草を千切っているのね)


 ミクは魔力を持っているが、まだあまり魔法に慣れておらずうまく使えない。それゆえ今回はアベルが魔法をかける作業を担っていた。

 エリエノール同様魔法を使わなくても済む作業をしていたミクだが、ナイフを持たせると危ないと先程アベルに判断されたらしい。


(良い判断だと思います) 


 ミクはナイフをまな板にバンバン叩きつけるように材料を切って――いや、ぐちゃぐちゃにしていた。


(アベル様も大変そうね)


 頑張ってと、心の中から声援を送っておく。わざわざ余計なことを口にする勇気はない。





(実、全部潰せた)


 硬い実でなかなか大変だったが、なんとかできた。言われた通りのことを終え、額の汗を拭いながらふとサイードの横顔を見てみる。


(彫刻みたい……)


 真剣な眼差しで薬を作っているその姿は、普段他の授業中に意味不明な行動ばかりしているのと比べれば怖くなかった。そしてやはり顔立ちは素晴らしく整っている。


 エリエノールがぽんやりとサイードを見ていると、彼が鍋から目を離して顔を上げた。


(まずい!)


 目が合ってしまったら気まずいし、見ていたことがバレたらなんか恥ずかしい。それを恐れて慌てて黒板の方に目を向けて、そこに書かれている調薬の手順を確認しているふりをした。


(誤魔化せたかな……?)


 ――なんて思っていると、後ろからアベルの笑う声が聞こえた。エリエノールの不審な挙動は、アベルにはしっかり見られていたらしい。サイードに見られるよりはましだが、少し恥ずかしい。


「あははははっ、はははっ」


(笑いすぎでしょ!)


「おいアベル。いま僕のことを笑ったのか?」


(大丈夫です殿下。笑われたのはわたくしです)


「いいえ、別に。ははっ、本当面白いですね」

「そうか、まあ良い。……君、次は――」


 サイードに声を掛けられて振り返ると、オレンジ色の瞳には少しの不機嫌さが滲んでいた。


(また、そういう顔)


 他の人に囲まれているときはきらきらしい笑顔のサイードだが、エリエノールといるときには何故か機嫌が悪そうなことが多い。


(きっと、嫌われているのね)


 魔力が封印されている役立たずとペアなんて最悪だとでも思われているのかもしれない。サイードにどう思われていても構わない上に、嫌われているならむしろ好都合だが。


(嫌われてたら、小説通りにはならないから)


 エリエノールは無表情で、サイードの指示通りの作業を続けた。







「――できた」

「できましたね」



 普段から自負している通り優秀なサイードは、クラスで一番に調薬を終わらせた。


(さっすが)


 教科書の挿絵や先生の見本と同じ、完璧な薬液の色。ガラス瓶に入れられた薄い赤色のとろりとした液体が、テーブルの上にほんのり赤みのある透明な影をつくる。


(綺麗……)


 道具の片付けまで終わらせたエリエノールは、机に置かれたガラス瓶の高さに視線を合わせてそれを眺めていた。その美しさにため息が出る。


「そんなにまじまじと見て、何か面白いのか?」


 サイードが傷薬を眺めていたエリエノールに話しかけた。他の生徒たちはまだ調薬の途中なので、いつものように彼が女子生徒に囲まれていたりはしない。


 傷薬を見るのに夢中だったエリエノールはサイードに目を向けることなく、そのままの状態で答えた。


「絵は見たことがありますが、本物の魔法薬を(じか)に見たのはこれが初めてです。綺麗ですね。王太子殿下の優秀さが、たいへんよく分かりました」


「ああ、たしかに僕は優秀だ。魔法を使えない君とは違ってな。……ところで君は、傷薬を見たことがないのか? 今まで一度も?」


 前半の台詞(せりふ)をやや意地悪げに言った後、サイードは少し驚いたような声で尋ねた。


「はい。わたくしが怪我をしても、誰も気に留めませんから」


 平然と、当たり前のことを答える。


 屋敷にいたとき、幼い頃はエリエノールは全然病気も怪我もしなかった。だから薬は本当に必要なかった。七歳のときに医師に奇病だと診断されたときも、効く薬はないということで薬を見ることはなかった。


 ヘレナとネルに暴力を振るわれるようになってからはたびたび大怪我をしていたが、薬なんて貰えるはずもない。自分で傷を水で洗って清潔にして、自然に治るのを待つだけだった。


 ちなみに地下室に閉じ込められているときは洗うことすらもできず、傷が化膿したりすると痛いしぐちゃぐちゃになるしで大変だった。


「殿下……?」


 横を見ると、いつの間にかサイードがエリエノールとの距離を詰めてきていた。隣に座って、彼も先程までのエリエノールと同様にガラス瓶の高さに視線を合わせて傷薬を見ているようだ。


「君と同じ景色が見たくてな。薬を綺麗だと言うのを聞いたのは初めてだ。君は変わり者だな」

「そうなのですか」


(変わり者かぁ……)


 視線をサイードから剥がして、再び傷薬を見る。日の光を受けて、きらきらとしている薬。


(やっぱり、綺麗)


 変わり者だと言われても、そう思う。


 自分もいつか魔力が解放されたら、こんな綺麗な魔法薬をつくりたい。



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