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虫食い姫は隣国の王太子殿下から逃れたい。  作者: 幽八花あかね
隣国の王太子殿下から逃れたい。1章
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10. 古代魔術 楽しかろうと 無表情 (コミュニケーション能力なくて、ごめんなさい)



 今日は入学式から約二週間後の水曜日。これから受ける授業は「古代魔術」。エリエノールはるんるんと教室に入った。


「こんにちは、先生」

「こんにちは、エリエノールさん」


 この授業は高等部一年生の選択科目のうちのひとつだが、エリエノールは他クラスの授業に混ぜてもらっている。この時間帯は他のAクラスメンバーは「基礎魔法演習」をやっているところだ。


 エリエノールは魔力の封印の都合上、いろいろとみんなと違う時間割になっている。魔法を使う授業を少なく、知識をつける授業を多く。

〝神の血をひくお姫様〟への期待ゆえに選択科目は他のみんなは二科目なのにエリエノールは九科目全て受けさせられていて、毎日放課後に追加授業を受けている。大変ではあるが、充実していて楽しい。


 ここで一緒に授業を受けているのは四人。Bクラスの男子生徒のユーゴとジャン、女子生徒のルイズとエレーヌだ。みんな優しくてすごくいい子で、エリエノールなんかとも会話をしてくれる。



 古代魔術は神が地上の人間に魔力を与える前からこの世界に存在していたもので、魔力ではなく自然エネルギーを使って行うものだ。

 古代魔法語で描かれた魔法陣で発動するものが一般的で、エリエノールが今学んでいるのもそれ。今では日常ではほとんど使われていない古代魔術だが、魔法道具の製作などに応用されている。


「魔法を使う」と言うと自分の魔力を用いて魔法を発動させることを指すが、魔術も魔法を発動させるものである。魔法陣を描くなどして自然エネルギーを集め、それを術式や特定の手順に基づいて魔法へと変換するまでの過程が〝魔術〟で、魔術によって発動されるのは〝魔法〟だ。


 つまりエリエノールたちは、この授業で「魔術を使って魔法を発動させる」ことを学んでいる。めちゃくちゃ楽しい、特にお気に入りの授業だ。



「こんにちは、エリエノール様」

「こんにちは。ルイズ様、エレーヌ様」


 エリエノールはルイズとエレーヌに挨拶をし、エレーヌの隣の席に座った。

 一緒に授業を受けている人数が少ないからか、ふたりとは少し仲良くなれた気がする。話すのには少し緊張するが、一緒にいるのは楽しいと思う。


 Aクラスが嫌なわけではないが、ミク以外のAクラスの人と比べると古代魔術メンバーの方が話しやすいのは確かだ。Aクラスでは、ミク以外に親しいと言えそうな人はいない。

 レティシアとは寮で会えば挨拶や多少の会話はするものの、教室ではレティシアが他の女子生徒――ミクの言葉を使うなら〝取り巻き〟――に囲まれているため、あまり関われていないのだ。


(わたくしばっかりレティシア様のことが気になってて、片思いみたい)


 しかし、Aクラスでミクの次に仲がいい人を挙げるとすればレティシアだ。それほどエリエノールが他の人との関わりを持てていないということである。

 もう少し人間関係を良好にしたいと小さくため息をつくと、ちょうど本鈴が鳴り授業が始まった。ぴっと姿勢を正し、先生と黒板の方を見る。


「では、授業を始めます。前回は水を生成する魔法陣を描きましたね。あれは発動条件がなく描き終えたらすぐに発動するものでしたが、今日は発動条件を描いた魔法陣について学びます。発動条件は重要ですから、しっかり使えるようになってくださいね。発動条件は、魔法の発動のタイミングをコントロールするために必要なものです。今日はそれを学ぶために、簡単な燃える魔法陣を描きましょう。念のため、描くときはバケツに水を入れてそばに置いておいてね。では、教科書の十七頁を――」



 教科書で必要な術式を確認して先生の見本を見た後に、みんなで作業を始めた。紙に術式を円状に描いていき、魔法陣をつくっていく。


 きちんと手を動かしていれば雑談をしていても許されるゆるい時間なので、五人で会話しながらそれぞれ魔法陣を描いていた。


「ねえ、エリエノール嬢。Aクラスってどんな感じ?」

「……どんな感じ、とは、どういうことでしょうか。ジャン様」


 黄色みが強い金髪に明るめの赤茶色の瞳をした青年――ジャンがエリエノールに問うた。どう答えれば良いのかよく分からなかったので首を傾げる。


 学園で少し生活してみて気づいたが、エリエノールは人の言葉の意味を汲み取るのが下手みたいだった。しばしば聞き返してしまっているのだが、会話を滞らせてしまっていると思うと申し訳ない。


(コミュニケーション能力なくて、ごめんなさい)


 そんなエリエノールに、ジャンは噛み砕いて説明してくれた。


「ほら、Aクラスってすげー奴の集まりじゃん? 王太子殿下に、その婚約者様。あとあれ、神の声聞ける子とかいるし。すごい人たちがいっぱいいるとどんな感じなのかなーって、気になるもんだろ」


 エリエノールの表情――と言っても、ほとんど無でわずかに困惑が混じっているだけ――を見て、ジャンはエリエノールがまだ理解していないことを察したらしい。今度はもっと簡潔に言ってくれた。


(本当に、馬鹿でごめんなさい)


「まあつまり、何が聞きたいかって言うとね。Aクラスって楽しい? って俺は聞いてんの。どう?」

「……それなりに、楽しいと……思います」


 か細い声でそう答えた。この答えで良いのか自信がない。


 エリエノールはクラスメイトとはまだあまり仲良くなれていない。けれど、学校生活が楽しくないわけでない。クラスメイトとのコミュニケーションは楽しんでいないが、授業は楽しい。

 そしてエリエノール以外のクラスメイトたちは、何だかんだうまくコミュニケーションをとって楽しんでいるように見える。


 それらを総合して考えた答えだったが、どうだろう。これを「楽しい」と言って合っているのだろうか。人付き合いは難しい。


「エリエノール嬢は、この授業は楽しい?」


 今度の質問は最初から簡単だったのですぐに理解できた。迷わずこくりと頷く。

 

「はい、楽しいです」

「それは良かった。笑うのを見たことがないからちょっと心配だったんだよ」


 古代魔術の授業で一緒のメンバーとの会話はクラスメイトとよりはうまくできているつもりだ。しかし、まだエリエノールの表情は固い。相変わらずの無味乾燥人間だ。


 未だ男性に慣れぬエリエノールは、男子生徒と話すときに笑みを見せることはなかった。女子生徒と話すときでも、笑みを見せることは少ない。


 一見無表情にしか見えない表情に、ほんの少しだけ感情が乗っているのが標準(デフォルト)だ。どうにかしようと思ってはいるのだが、なかなか表情筋が動かない。



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