身長を概算しようプロジェクト
僥倖でございます。
背が伸びてました。四.七センチメートルもです。伸び率で言うと、小学生以来の高い数値です。しかし、成長痛なるものを体験してみたいのですが、今回もありませんでした。一体、どれくらいの期間でどれほど背が伸びれば来てくださったのでしょう。高校一年生にもなると諦めざるを得ないのが残念です。
現実は、時に無情です。
はい、それはさておき。
去年の今日くらいの時期において、わたしは四.七センチも低かったわけです。五センチ弱目線も同じくらい低かったのでしょう。
今のわたしと過去のわたしを横に並べてみたとき、目線の高さと身長をそれぞれ補助線を引くとします。
このとき、二本の線分は平行なのでしょうか。
頭蓋骨の大きさが変わらなくなるのは何歳でしたかね。体感では去年とそう変わりないとは思います。計算してみます?
いえ。
落ち着こう、わたし。何を求めるために計算するんです? 求め方わかりませんし、比較対象の数値もわかりません。何枚か同時期の写真があって、一緒に移っているモノの高さが正確に分かれば計算できなくもないとは思いますが、今は手元にありません。そもそも、わたし撮影されるの好きではありませんから該当写真が複数枚もあるかどうか怪しいような……両親に尋ねれば解決しそうですか。いずれにしろ、今は保留ですね。
「次の方ー?」
いけない、いけない。呼ばれていることに気が付きませんでした。
駆け足の勢いのまま眼科担当の方に謝罪の意を込めて頭を下げました。
お医者さまに用紙を差し出し、視力検査が始まりました。
指で方向を指定しながら、お昼ご飯はドーナツに決まりました。飲み物は……ココアにしましょう。
結果、視力は両目ともAだと分かりました。去年と変わらない数値に一安心です。
身長は変わったら嬉しいのに、視力は変わらない方が嬉しいみたいですね。これは平均からの離れ具合の評価が違いますから、納得です。もし、わたしの身長が二メートルだったら変わらない方が嬉しくなるでしょう。いえ、三メートルになりたいと思うでしょうか。実際になってみないとわかりま ……っとっと。
危ない、危ない。前の方に衝突寸前でございます。ギリギリセーフです。
同じクラスですがまだお名前、存じ上げません。申し訳ありません。
名前はクラスの方々全員分なら存じております。しかし、如何せん、お顔もお名前も誰一人として一致しません。わたしが覚えてないだけです、すみません。
人の顔を覚えられないランキングにおいて人類筆頭に名乗りを挙げられる程度には覚えていない、と母に評されるほどです。もはや治しようがないのです。
はい。
それは置いといて、ひらめいたのです。
わたしも今ここに存在しており、かつ、彼女もこの瞬間ここに存在なさっております。
要するに、分かってしまうのではないでしょうか。
そう、彼女の身長が!
さて。
目の前の誰かさんの身長を概算するプロジェクト、始動です。
誰かさんの身長=わたしの身長+xとして、xがわかれば達成です。
私の身長が、一四三.二センチ。これは数分前に測ったので、精度は保証されています。目線の高さを身長の九〇%程度の高さとすると一二八.九センチですね。
概算なので四捨五入して、身長を一四五、目線の高さを一三〇、その差を十五センチとします。有効数字を二桁にするためですからね、やましい気持ちはありますが。ですけど、はい、概算ですから、概算。正確な数値じゃなくてよろしいのですよ。はい。
それでは、張り切って距離を目算しましょう。こちらの用紙が二一センチ×三〇センチ程度なので、三〇×三+一〇=一〇〇センチです。一〇センチはフィーリングですけど、大きな問題は無しです。誤差ですから。
身長なんて一〇センチまでは誤差です。
あああ。
誰かさん、歩かないでくださいぃ。 ええっと……おそらく、これくらいの距離でしたよね、一〇〇センチ。
よし。これで、誰かさんとわたしの距離は一〇〇センチです。
ふぅ、ここまでわかればいけ……無い、ですね。
最後の必須情報。わたしの目線の高さにおける地面との平行線と、私の目と誰かさんの頭頂部が成す角が、わかりません。
多少の奇行に目をつむるとしても、残念ながら、今は分度器を持っておりません。
角度。
え、角度、わからないでしょうか。
対人距離が一〇〇センチ、わたしの目線から誰かさんの頭頂部までの距離をa、成す角をθとすると、
a=十五センチ+x
a=一〇〇センチ・tanθ
え、角度さん。あなたが分かれば、あとは、連立させてxについて解くだけですよ?
式を整理すれば x=一〇〇・tanθ-十五 なので
角度を仮定してxと誰かさんのおよその身長を列挙すると
〇なら x≒-十五 つまり 一三〇センチ
十五なら x≒十一.八 つまり 一五七センチ
三〇なら x≒四二.七 つまり 一八八センチ
四五なら x≒八五.〇 つまり 二三〇センチ
六〇なら x≒一五八.二 つまり 三〇三センチ
七五なら x≒三五八.二 つまり 五〇三センチ
九〇な、ら……?
……首が据わってないみたいですね。乳幼児でしょうか、わたしは。
一度、落ち着きます。
そうですね。角度が分からなければ歩幅からの逆算も難しいです。演算の前に概算すらできないとは。
ここまで情報整理したので角度が分かればプロジェクト達成ですが、歯がゆいとはこのことですね。
急にヒッパルコスのおじさまの肩から振り落とされた気分です。ニュートン先生は平衡感覚に優れていらっしゃったのでしょうか。さすがでいらっしゃいますね。
こんなこと言っていては、偉人・先人な先生方に「あいにく、社交辞令に心躍らせるほどの新品の心は持ち合わせていない。運が悪かったな、若人よ」と鼻で笑われてしまいそうですが。
計算するよりも、その計算に必要なデータを過不足なく集める事の方が大変だとわかりました。なので、今日から分度器とともに生きていこうと思います。
現場からは以上です。