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服装から様々なことが分かる

 心配でしたが、無事にホテルに到着しました。

 わたしがまともに一人暮らしできないだろう、という正確で素晴らしい推測をなさった父の計らいです。

 ベルマンさんに会釈してから建物内へ入りました。

 ホテル業界の方の笑顔は素晴らしいですね。洗練されていらっしゃいます。それに、制服の着脱が楽そうで羨ましい限りです。

 今朝は寝ぼけていたので何も考えておりませんでしたが、清蓮学院高等科の制服は着脱が面倒です。ワイシャツの上からジャンパースカート。式典のため、その上からなんとかコート。

 はい、面倒です。

 そう思う原因は、着慣れていないからだけでしょうか。向こうでは制服はずっとブレザーでしたし、こちらの制服に慣れれば面倒には感じないものだと良いのですが……。

 まあ、どうにかなるものですよね。サイズもそのうちいい感じになると信じておきます。


 不意に動くものに目が奪われました。ホテルのエントランスにて、こちら側に手を振るおじ様がいらっしゃいます。周囲を確認して、手を振る相手がわたしで間違いないことを確認しました。

 はて。

 こちらにスーツを着こなすダンディなおじ様のお知り合いはいらっしゃったでしょうか。

 ひとまずお側まで歩み寄りました。お声がけしようかと思いましたが、声帯さんのやる気はまだ遠征中です。酷いかすれ声の代わりに礼をとりました。

 おじ様は破顔なさいます。


「お久しぶりです、詩さん」


 微笑みを返しておりますが、やはりどなたか思い当たりません。だいたい、声は最速で忘れる記憶ですから、お顔で思い出せないのに無理ですよね。匂い、かがせていただきましょうか。いえ、さすがにはしたないですからやめておきましょう。

 わたしの名前を知る方ですから、日本で両親と親しかったのだと思いますけれど。


「失礼、覚えておいでではないですよね。お会いしたのは幼少の頃に数度でしたから。学生時代、お父上の友人だったもので、理由の由に井戸の井で由井と申します」


 ふむ。データとして記憶の片隅にある可能性がないわけではない程度の内容ですね。この際、諦めて初対面の方と認識しましょう。


「お似合いですね、制服」


 そうですよね、制服でなければ人間の判別は難しいですよね。わたしも記憶に残るのは両親に覚えておくように言われた方々の情報くらいです。覚えたとしても、町中にて私服ですれ違っても気が付けない自身の方がありますもの。

 そう考えると、制服は便利です。たくさんの種類がありますから、どなたか存じ上げない場合も、相手について格別な情報量をくださって大変助かります。

 由井さんは私服ですが、

 ……おやや?

 今は十二時少し前です。お仕事は大丈夫なのでしょうか。気になり、電子ボードに


   お仕事はよろしいのでしょうか?


 と記し、お見せしました。


「ええ。この辺りの用が済んだところです。帰り際、お父上に娘の様子を見てほしいと頼まれたのを思い出してこちらに足を運ばせていただきました」


 さようでございますか。ご足労ありがとうございます。と、頭を下げました。戸惑う様子もなく、平然とお答えくださいましたことに驚きました。が、態度に出さないところ、わたしは実はできる子です。

 父へ週末に手紙を送る約束、今のところ守っているので消息が途切れたわけではないのに。

 相変わらず人使いが荒いですね。



 はい。無駄思考はここまでにして。



 由井さんのご職業は、何でしょうか。

 身なりは整っていらっしゃいますし、靴も丁寧に磨かれています。しかし、なんだか違和感があります。変なわけではないのです。髪型も柔らかく慣れたようにまとめられていらっしゃいますし、ネクタイも太めのものをきっちり結ばれて、ネイビーのスーツをスタイリッシュに着こなしていらっしゃいます。

 あ、わかりました。

 この方、今は、腕時計をつけていらっしゃいません。シャツのカフスなどをみるに、普段からは腕時計は使用なさっていらしゃいます、彼。左だけ袖口に余裕がありますもの。

 では、なぜ外したのか。

 外す必要があったのでしょうか。

 時計はファッション以外では時間を確認するためにつけるものです。意図的に時間を確認しないようにするため? そうする必要があったのは、自分のためでは無いですよね、おそらく。時間を見逃して約束の時間を間違えるなどしたら、大人は大変な事態に陥るものですからね。


「その制服姿、お若い頃のお母様にそっくりですよ。すぐに詩さんだとわかりました」


 え。ああ、はい。そうですよね。制服は、着脱や管理が面倒であることの他にデメリットが思い浮かびません。

 由井さんに一周して見せると、優しく微笑んでくださいました。


「ところで、お昼はこれからですか? ご一緒にいかがです?」


 わぁ。キザでいらっしゃいます。妙に似合っておいでです。

 わたしは由井さんの手に右手を重ね、ホテルのレストランへ向かいました。

 黒革の鞄、中身を見せていただければ職業の特定につながるのですが……匂いをかがせていただくよりはハードル低いですね。






 ソファー席に着くと、軽めの昼食を注文してくださいました。

 直後、由井さんに先ほど頭に浮かんだ要求をすると、「かまいませんが、理由をお伺いしても?」と苦笑されてしまいました。正直に   由井さんのご職業を予想させていただいております   と記した電子ボードをお見せしました。


「それはおもしろいですね。そうだ、ヒントの前にどこまで予想が進んでいるか教えてくださいますか?」


 電子ボードの文字を消して、


    法律家さん(弁護士さん?)

    整った身なり 外されている腕時計

    靴→磨かれている、あまり摩耗していない」


 と、三行にわたって記しました。


「おや。そのご様子ですとこのバッチについて、ご存じではないようですね」


 由井さんはフラワーホールのバッチを指定なさいます。たくさんの花弁を持つ花ということは分かりませんが、存じ上げません。向こうの弁護士さんは法廷でかつらをかぶっていらっしゃいますが、バッチはつけていらっしゃいません。

 ご職業に関係あるとは思いましたが、存じ上げませんから予想の材料にはできませんでした。


「そのボードを見るに、人と会うから身なりを整えていた、腕時計をわざわざ外したのは会う相手、つまり味方にならなければならない相手と必要以上に時間を意識せずに丁寧に話すため、と推測。靴がきれいだから足で稼ぐ仕事ではない。

 以上を踏まえ、法律家それも弁護士と予想をお建てになられたのですか?」


 一度ボードをリセットし   ビジネスマンや記者やフリーワーカーは、取引先でも腕時計を外しません   と書いた文字を見せた。


「ご明察です、わたしの職業は弁護士です。このバッチは、弁護士バッチといいまして、菊の花をかたどっています。鞄の中身は、職印や小さな六法全書、新聞やノートパソコンと言ったところですね。おや、腕時計もありました」


 彼は嫌な顔一つせず鞄の中身をいくつか見せてくださいました。

 職印の 弁護士由井之印 の文字には心なしかテンションが上がりました。


 由井さんが腕時計を左手首にバランスよくお付けになったところで食事が運ばれてきました。

 おいしそうなサンドウィッチです。

 ありがとうございます、サンドウィッチ伯爵。実際においしいですし、ここまでまともな食事は久しぶりです。いえ、日本には非は全くございません。わたしが面倒だからと雑な行動をとっていただけです。

 そういえば、なぜ由井さんはわたしをランチに誘ってくださったのでしょうか。成人男性の食事には足りないですよね、おそらく。


「なぜお昼にお誘いしたか、ですか? いえなに、気になる事がございましてね」


 首を傾げてみると、さらに深めた穏やかな微笑みとともに尋ねられました。


「詩さん。今朝は、どのような朝食はお召し上がりになりましたか?」


 ……。

 危ない危ない、危うく思考停止するところでした。ごまかすためもう一口、頬張っておきます。

 そう、ですね。

 制服、不便なこともありますね。彼に気が付かれなければ、しれっと部屋に戻れたわけですからね。

 ええ、なるほどです。由井さんは、確かに父のご友人なのでしょう。

 二人でゆっくり笑みを深めた理由はお察しください。


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