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謝罪は自己満足である!

「せっかくの交流なんだから。ね?」

 うーん。

 好意はありがたいですが、とりあえずこのお誘いには乗りたくありません。お断り申し上げたいことこの上ないです。

 立ってどこか行こうにも、逃げる場所が無いんですよ。友達がいないので。方向音痴は校内とはいえ迷子になりかねませんので。

 自席にいるしか無いんです。

 ほう。笑顔で黙殺されている彼ですが、なかなか精神面がストロングなようです。

 申し訳なくなってくるのでお控えいただきたいです。私は必要なときにコミュニケーションとるだけで良いんですよね。過剰供給されても、需要を上回り過ぎるとフリーズしてしまいます、私の思考が。

 この方には入学式の日に基本は会話できないとお伝えしたはずなのです。日本語は通じていると信じておりますが、実際はどうなのでしょう? え、そこからですか。よくこの高校に合格しましたね。すごいです。

 字面的にバカにしておりますが、日本語が通じているかどうか危うい相手に他にどのように対応することが正解なのでしょう。

 この方が引いてくださればすべてまぁるく収まると思うのですが……。

「ね、カラオケ行こうよ」


 すみません

 おサイフ、もってきてません


「じゃ、奢るよ」


 おっと?


「無理に歌ってー、とかしないから、ほら、ね?」


 上手におはなしできないので……


「あー、それね。普通に話せる方がいいな。もう少し頑張れない?」

 ……ええっと。

 この方は一体、私が何年頑張ってきたと思っているのでしょう?

 どれだけ普通を手にしたいと願っているか、想像できないのでしょう?

 この方も、同じか。

 そう思ったら、駆け出していました。


 ドアを背にしてしゃがみこんでいました。

 達観したふりしても、所詮はガキ。弱さを指摘されるのは不快だったのです。

 んー。笑顔はギリギリ崩さなかったのはグッドですが、立ち去り方がスマートではありませんでしたね。

 いままで筆談に付き合ってくださる方、そう多くなかったんです。

 あ、そっか。

 勝手に期待したのか。

 え、待って。感情表現が泣くと笑うの二択って、私は乳幼児か。

「ふふっ」

 ……今頃お仕事ですか、声帯さん。

 いいですよ、べつに。天邪鬼ですからね、あなた。そもそも、今日に限ったことではありませんからねぇ。存じ上げてます。

 大切なときにサボってどうでもいいときに頑張って。

 わー、我ながら面倒ですね。

 はい。要するに、

「アイムソーリーの時代ですね!」

 んー。顔、ぺとぺとする。

 制服って想像よりも水分吸収するの下手なのかな。あ、そもそも用途違いますね。

 冷たいお水で洗った顔を、タオルに埋めてゆっくりと息を吐きました。

 ずっと、考えてます。小さいころから、考えてます。

 上手に声が出せないのは、どうしてだろう?

 みんなできることができないのは、どうしてだろう?

 私が、弱いから?

 違うと否定できないのは……それは自覚しております。否定したところで、無駄だとわかっているからです。

 

 けれど、もう高校生。中学生ではありません。

 そう、変わりたい。

 いえ、変わらないといけないんです。

 変化に対応できない生物は滅ぶんです。これ、はるか昔から生き物が時間をかけて証明した真理なのです。すんなり変われるなら誰も苦労しませんけどね。

 

 勝手に傷ついた被害者みたいに泣いちゃって。何してるんだかねえ、私は。

 まったく。

 リビングに戻ってシャーペンをノックする。

 ノートの新しいページを開いて、昨日はごめんなさい、と書きました。

 五体満足でこの世に生を受けて十七年間。

 不器用ながらも、たいして不満を抱えること無く生きてきました。

「生きづらくても問題ない程度か」

 あー、もう。悔しい、悔しい、悔しい!

 考えているなら、こういう思考は間に合って然るべきなのに。話しながら考えるなんて、マルチタスクしてないのに。

 あ、これがガキってことですかね。

 そのうちできるようになったらいいな。








 遅刻ギリギリです。

 意地でも遅刻はいたしません。遅刻すると、否応がなく先生に遅刻の理由を話して、遅刻届なるものを受け取る必要があります。それも、職員室に入り、先生を呼ぶ。

 はい。システム的に無理なのです。

 遅刻の理由は、泣いたからです。

 泣くのって、体力が必要なんです。かなり疲れるものなのでございます。体力は幼稚園児並みと自負がありますから、今朝はしっかりお寝坊さんでした。


 伊達さんはすでに自席にいらっしゃいますね。

 昨日書いておいた ごめんなさい のページを開いて差し出してから座りました。

 はい。これで満足です。謝罪は所詮、自己満足ですからね。

 ノートを返していただき、現代文の教科書類やペンケースを机の上に出して、準備は完了です。


 




 

 圧にも負けず


 圧にもまけず 無音にもまけず

 視線にも人間の感情にも負けぬ 丈夫な心を持ち

 声はなく聴覚的に静かだが 視覚的にはうるさい


 一日に少なくとも一度は食事を忘れないようにし

 あらゆることに首を突っ込まずに

 数歩離れたところから見聞きし分かり、そして考え


 日本の都市の叔父上のホテルの

 学校から徒歩圏内の一室にいて


 東に担任の先生あれば

 用件を紙に書いて手短に済ませ

 西に犬さん猫さんあれば

 遠くからそっと癒され

 南に知らない方いらっしゃれば

 その話にとりあえず微笑んでおき

 北に話しかけてくる人あれば

 とりあえず微笑んでおき


 指名されたときはどうにか対応し

 暇なときはただ沈思黙考し


 皆からあの子誰だっけと言われ

 関わりもせず 話しかけもされず


 そういうものに わたしはなりたい。






 できました。完璧です。

 宮沢賢治氏の『アメニモマケズ』のパロディです。

 文学作品を勝手に改変するの、楽しいものですね。


 こちら、著作権的にはアウトですか?

 著作権は作者の生前及び死後五〇年が保護期間でしたよね。いえ、70年に延期されたのだったでしょうか。

 ならば戦前に鬼籍に入られた宮沢氏の作品のパロディは……この際、セーフだと信じましょう。

 そういえば、なぜこのようなことを考えていたのでしょうか。

 確か、パロディとオマージュの違いとは何だろうと考えていたはずです。さすが金魚以下の集中力といったものですね。はい。

 パロディ

 オマージュ

 どちらも日本語ではありませんね。

 それでは、

「じゃあ、栗花落。読んで」

 ……油断しておりました。どうしましょう。こういうのは、本当に嫌です。立ち上がって読むふりで許されるでしょうか。

 と、覚悟を決めたときです。

「〝雨にも負けず 風にも負けず〟……」

 

 最後まで読み終わると、先生は「伊達?」と何とも言えない声色で問いかけました。

「いやー、読みたくて仕方なかったんですよ! もう、夢で見るくらい! ごめんね、栗花落さん。読んじゃった」

 とっさに何も反応できないまま、目の前には背中です。授業も、続いていきます。

 彼の背中をつつくと、そっと振り向いてくださいました。見えやすいようにノートを押し寄せます。


 ありがとうございます。


 すると、サムズアップが返ってきました。

 何がGOODなのでしょう。ご迷惑をおかけしてしまったのに。

 直後、ノートの切れ端が机の上に差し出されました。


 俺もごめん


 これは……何の謝罪でしょう?

 謝罪は自己満足だとは、思っております。ですから、謝罪は来るもの拒まずで受け入れるスタンスでした。

 しかし、これからは変更します。


 新たに謎をもたらす謝罪はノーサンキューです。




 そういえば、当初の疑問。

 アンサーは……今はまだ不明瞭ですね。

 引き続きの思考事項に追加です。


 まあ。この通り、生きるには問題ありませんが、ちょっと大変なことが多い日々。

 声帯に異常はありません。ただ、やる気が皆無に近いだけです。

 こんな調子ですが、とりあえず明日も生きてみますね。

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