お手紙と時朗の挨拶
拝啓 父へ
時朗のあいさつとは、何ですか?
これでは紙面が近況報告まで追いつかないので、ここでは控えておきます。
つまり、あれです。この思考を綴りきるにはこの紙面は少なすぎる。
どうも、ピエール・ド・フェルマー先生の生まれ変わりです。いえ、生まれ変わるならヒッパルコス先生でも構わないのですが。
いけないいけない、偉人に対して上から目線が過ぎました……!
修正するのも書き直すのも面倒なので見なかったことにしてください。
このような症状、5月病というそうです。そのままですよね。
まだ4月ですが。
さて。
本題へ入ります。
ご存知のように、人間関係の好きには二種類あります。
LoveとLikeです。
どちらの好きか見誤ると、大変なことになります。
「マジ? めっちゃ意外なんだけど!」
「へーぇ?」
このような感じでね。
はい。しくじりました。やらかしました。収拾つきません。どうしましょう。
こちらの学校でも元気です。
「伊達ー!」
なぜ本人を呼ぶのでしょう? 呼ばなくても彼の席はそこなんですから、ちゃんと来ますよ。
事情を聴いた彼は、私に視線を向けて興味なさそうに問います。
「友達としてでしょ?」
おー、さすが。わかってらっしゃる。
にっこり笑って首肯しました。
「わー、俺もだよー。これからもよろしくね」
握手を交わして、はい。解決です。
平和な世界です。
相手の考えていることがなんとなくわかるようになりましたから、楽です。
「ってことだからさ。国語の宿題、写させて?」
おっと。
何をおっしゃっていらっしゃるのか、謎ですね。
何を申し上げたいのかと言い直しますと。
特別の決め方がわかりません。
みんな好きではいけないのでしょうか。
人間は複雑な思考をするものですが、難しいです。いつか分かるようになるのでしょうか。わからない方が考えようがあって面白いですけど、興味があります。
全く別の方が、どのように思考を巡らせるのでしょう。
あ、待ってください。
楽しむ前に人間関係が崩壊しそうです。
あやういですからね、人間関係は。
たいして人間関係を構築していない私が言っていいことなのか微妙なラインですけれど。
今月の手紙はこのあたりで締めさせていただきます。
5月病なので。
夏になったら、たくさん近況を綴れるように楽しんでまいります。
うた
「猫ってイグノーベル賞だと粘性の高い液体だからね」
あー、聞いたことあります。賢い人が賢そうに真実を誠実に求め過ぎた故の結論ですよね。
ふと思いついたことを聞きたくなって、クリップボードを展開しました。
すると、もう当たり前のように待ってくださいます。伊達さんは優しい人です。
流水に癒されるのと猫に癒されるの、一緒の原理?
「んえ?」
うまく伝わらなかったようなので、急いで補足します。
猫さんは液体で
流水も液体が流れてるから
その……こう、良い感じに
「ははっ、良い感じにってところが重要なのに」
なりませんか? 良い感じに。
首をかしげてみると
「どうだろ、なるかな。えっと、液体に癒されるってことを証明できればいいんだよね? ひとまず、暗くなってきたから明日にしよっか」
高い屏の上から彼は身軽に飛び降りる
…………え、あ。嘘。どうしましょう。結構高い……。
いえいえ、わたしも飛び降りる必要はありません。
距離はありますが、来た道を戻って降りよう。
「栗花落さん」
両手を上に伸ばしていらっしゃる。
「しゃがんで。俺の腕に手、届く?」
こう……でしょうか。届いておりませんが、これが限界です。
「あはは、届かないね。まあ、いいや。受け止めるから落ちてきて」
おっと。気のせいでしょうか?
この方、恐ろしいことおっしゃいましたよ。落ちてきて、とは。本気でしょうか。マジと読むタイプの本気でしょうか。
「ほら、大丈夫だから」
何をもって断言なさっていらっしゃるのか、わかりません。
しかし、断言なさるということは理由があるからですよね。
とりあえず、大丈夫か計算してみましょうか。
伊達さんの体格からこの塀の高さは3メートルほど。わたしの体重が40kgと仮定して、40の物体が2メートル落下することを考えると……伊達さんにかかる負荷はおよそ785Jから1177Jなので、およそ392Nですね。
空気抵抗は無視してますよ、もちろん。
あ。お待ちください。
人間の骨って、どれくらいの力で折れるのでしょう?
伊達さんは今、骨折なさっておりませんね。体重、わたしよりも値は大きいですよね。運動部の方ですし。おそらく。
地に足ついている彼の足はご自身の体をしっかり支えておいでです。そこに、私が与える負荷を考慮してみると……わたしの試行が与える負荷と彼が飛び降りたときにご自身の体にかかった負荷との大小関係は、はい。彼の体格データがなければ判断できませんね。
どうしましょう。
…………。
よし。
わかりました。
ご安心ください、伊達さん。わたしが怪我をしようとも慰謝料は請求致しません。また、伊達さんがお怪我をされた場合は相応の誠意を見せると誓います!
見つめてみると意図が伝わったらしく、うなづいてくださいました。
よし、行きます……!
塀から足が離れ、思わず目を瞑りました。
不思議な浮遊感があります。わたし、死にましたか?
「ん、大丈夫?」
恐る恐る目を開けると、目の前に伊達さんの顔がありました。
何度か瞬きしていたら、降ろしていただきましたが背を向けられてしまいました。
それよりも、なぜ全くと言っていいほどわたしの体には衝撃がなかったのでしょう?
何はともあれ、あれです。伊達さん、はばかりさんです。