笑顔の優良性を広めたいお年頃
「これ、知ってた? 前に栗花落さんが原作読んでたやつ、映画化するんだって」
富田さんは、すまぁとふぉんなるものの画面を見せてくださりながら、教えてくださいました。
なんだか楽しそうな声色に頬が緩みます。
「あ、おもしろそう」
びっくりしました。
瞬きが止まり……ました。
「ね、一緒に行こうよ」
首をかしげてみせると、にぃっと口角を上げました。
「この映画、映画館で観よう?」
映画館と呼ばれる場所に行ったことは一度もありませんが、物語を楽しむ心は持ち合わせております。
「びっくりした……なに、伊達?」
「ん? ああ、ごめん。それと、栗花落さん、先生と面談」
ここで、ようやく言葉を反芻。その意味を理解しました。
教えてくださり、ありがとうございます。の意で一礼してから急いでホールをでました。
ホールというのは、こちらの宿泊施設のホールです。学校が運営している施設であり、オリエンテーションを兼ねたお泊りをする場所ですね。
さて。廊下を走ってはいけないと存じ上げておりますが、今は急ぐほうが優先です。
廊下を曲がり、突き当りのほう。
プレートの面談室の文字を確認し、ノック。許可をいただき入室しました。
「迷わなかったか?」
首をかしげて苦笑しました。
若干、迷いました。若干ですけれど。そう、若干。
ちなみに、これは愛想を振り向くための笑顔ではありません。言葉の代わりの笑顔です。便利です。有能な表情筋さんです。
できないことをカバーするための、武器です。人間ですから、いくつかできないことがあります。無い方もいらっしゃるかもしれませんが、わたしは違います。違うからこそ、出来ることを増やしたり応用したりして自分を守るための武器を磨くものです。
要するに、笑顔は、できないことを隠蔽し得る、かつ、波風立てないための最善の方法なのです。
化粧の基礎知識すら持っていませんが、笑顔が一番の化粧とはよく言ったものです。無料ですからね、無料。お財布に優しいです。
「いつもニコニコしていてかわいい」という以前の同級生からの評価という名の証拠とともに締めくくられた実験の完了。それからまだ日は浅いですが、今日もちゃんと仕事してくれる優良な表情筋さんはすばらしいです。
そういえば、日本に持ち込んだ化粧水が底をつきそうです。
買いに行かなければ……とは思うのですが。
そうです、どこに買いに行けばいいのかわからないのです。
母に頼むのは、なんだか不要な迷惑をかけているようで気が進みませんし……
「栗花落、聞いてる?」
いけないいけない、思考が飛んでいました。
首肯して戻ってきました。
進路適正とやらですね。入学から数日後の検査アンケートを参考にひとりひとり作成された冊子からお話をするようです。
わぁ。
バーナム効果では収まらない程度にはわたしの性格や能力を言い当てています。
そうでした、わたしの回答を基にしているからですよね。
「将来、何かやりたいことってある?」
わぉ、なんとも抽象的な……
首をかしげて苦笑しておくに留めました。