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妹のことが大好きだけど絶対認めない兄のクリスマスの話

作者: 長月シイタ

『兄は恋を始めない』

「ねぇ兄さん」


 遊んでいたソシャゲの手を止めスマホをテーブルに置く。顔をあげると、こたつの向かいに座ってこっちを見つめていた妹がいた。


「今日はクリスマスですね。兄さん」


「……そうだな」


 言われて窓の外を見ると、今にも雪か雨を降らせますよと言わんばかりの雲が空を覆っていた。絶対に寒いだろうに。世の中のリアルが充実しているやつらはお外でデートと洒落込んでいるのだろう。かくいう自分は暖房とこたつが完備されたリビングでぬくぬく。どちらが『圧倒的強者』かは見るまでもない。


「こんな日に外に出るなんでほんと世の中の一般人と来たら物好きよなぁ」


「兄さん。兄さんのその負けず嫌いなところは好きだけど。そのモノローグはいささか負け惜しみ感が酷いわ」


「……そういうお前はどうなんだよ」


 相変わらず冗談の通じない妹に対してそう問うと。『どうとは?』と可愛らしく首を傾げてきた。


「とぼけるなよ。……恋人とか」


 恋人、と言った瞬間『ハッ』っと鼻で笑われた。


「冗談にしても面白くないわよ兄さん。とぼけてるのは兄さんの方じゃなくって?」


「……別に冗談のつもりはないが」


「兄さんのおとぼけは今に始まったことじゃないけれど。さすがの私でもあの一世一代の大告白を忘れられたら怒るわよ?」


「一世一代の大告白どれだよ」


 『愛してる』『好きだ』『私だけの兄さんになって』なんて既に何度か聞かされている。その内のどれが一世一代の大告白なのだろうか。


「ちゃんと覚えてるじゃない。私は兄さんのことが好きだってこと」


 やられた。


「やってないわよ。兄さんが勝手に引っかかっただけ。私が好きなのは兄さん。恋人にするなら兄さん以外にありえないから。忘れてた、なんて絶対言わせないわ」


 そう言いながら妹は立ち上がった。嫌な予感しかしない。


「それで私の心を弄んだ罪を、兄さんはどうやって償ってくれるおつもりで?」


「……罪? 償い……?」


 強引な話題転換だが、こういうときはなにか企んでると経験上理解している。思えば最初からそれが目的で話を振ってきたのだろう。


「乙女の純情を弄んだ罪は重いのだ。さぁ兄さん出かける支度をしてください」


 さては買い物に連れ出す気だろう。さっさと自室へ逃げたいところだが。立ち上がった妹はそのまま扉を塞いでしまった。というか、やはり。最初からそのつもりだったのだろう。妹はもう完全に外行きの格好になってた。


「いや誰も償うなんて言ってないんだが……!!」


 結局俺はその場から脱出できるはずもなく強引に外に連れ出されたのだった。







「結局兄さんはいつもそうですよね」 


 最寄りの駅へと向かう途中。寒空の下かじかむ手を擦り合わせていると。妹が急に口を開いた


「なにがよ。なんだよ」


 首元に巻いたマフラーをもごもごさせながら返事をする。対する妹はというと、コートとミニスカートとかいう狂気の沙汰ではない格好をしていた。

 こいつが寒さに強い体質なのは知っているが。こんな真冬にそんな格好をされると見ているこっちが逆に寒くなってくる。


「結局私が強引にいけば兄さんはいう事聞いちゃってくれちゃうんですよね。ほんと兄さんってば私のこと大好きなんですから」


「……今から家帰ってもいいか?」


「おぉっとマジトーン!? ごめんなさいごめんなさい! 謝るから待ってー!」


 ……実際妹の言う通りだ。自分はこいつの言うことには逆らえない。その通りなのだが

 わかっている。認めたくないのだ。自分が……実の妹のことを大好き、だなんて。そんなもの認めるわけにはいかない。

 癪に障る。そう思いながら引き止めて腕をグイグイ引っ張ってくる妹の方へと歩みをすすめる。


「ほら兄さんはいつもこう」


「なにか言ったか」


 ……そう。おれはかわいい妹のワガママに付き合ってあげているだけなのだ。付き合っているだけ。そう自分に言い聞かせた。


「なにも! ……ところで兄さんはその格好で寒くない?」


「寒いよ。ていうかそれを言うならお前の格好の方が寒いわ」


 言い返すと妹は『ふふん』と誇らしげに胸を叩いて、これでもかというほどのドヤ顔を披露していた。


「私は。ていうか世の中の女子高生はこの程度の冷気、オシャレのためならなんのそのなのよ。それに兄さんには私の一番かわいい姿をバッチリ見て欲しいしね」


「ふーん」


「あー興味なさそう」


 ここで褒めたりでもしたらこの妹は調子に乗るに決まっているので。徹底的に無視を決め込む。


「あーかわいい妹を無視する悪い兄さんだーそんな兄さんにはー……んー……えいっ!」


 妹がギュッと俺の手を掴んだかと思ったら。そのまま自分の手ごとスカートのポケットに突っ込まれた。


「あ、ちょっ俺の手……っ!?」


「兄さん手袋忘れてたでしょ? 手、寒そうにしてたから」


「っ……」


 こういう細かいところに気づくのが優等生たる所以か。完全に油断していた。冬用のスカートで生地は厚いとはいえスカートはスカートだ。妹のふとももの熱が布越しに伝わってくる。伝わってきてしまう。俺は慌ててポケットから手を抜いた。


「大丈夫だからっ余計なことするな!」


 『遠慮しなくていいのに』と朗らかに笑う妹を見て。すぐに先程のふとももの感触を思い出してしまう。思い出して、身体が別の意味で暖かくなってくるのを感じる。


「ふざけてないでさっさと用事済ませるぞ!」


 熱くなる気持ちを隠すように足を早める。そんな気持ちを知ってか知らずか妹はクスクス笑いながらあとを追いかけてきた。











「メガネを買いたい?」


 街中のデパートまで来た俺たちはメガネ屋まで来ていた。てっきり新しい私服でも買わされるのかと思っていたが。女の子女の子するいい香水の匂いの服屋に付き合わされるよりはマシだろう。……あそこは男にとっては居心地が悪すぎる


「そう。そもそも私コンタクトでしょ?」


 いや知らんかったが。


「初耳って顔しないでよ。可愛い妹のことなんだから知っておいてよね」


「自分でかわいいって言うなよ」


「それで。今まで家ではコンタクト外してたんだけど。やっぱり一応メガネあった方が便利だよねぇと思って」


 聞いてねぇし。両方の意味で聞いてねぇ。


「それで兄さんに選んでもらおうかなって。連れてきたの」


「そういうことね。……俺が選ぶの?」


 俺が選ぶの?


「そうよ。かわいい妹に似合うメガネちゃんと選んでよね」


「あー………………これとかいいんじゃない?」


「どう考えても適当にとったでしょ。ちゃ、ん、と! えらんでよね!」


 そんなこと言われてもメガネフェチじゃないし、眼鏡の似合う似合わないなんてわからないんだが。

 どうすりゃいいんだろうなぁと考えていると。向こうからこちらに向かって男の子が歩いてきた。


「あれ、委員長?」


「やっぱり朝比奈さんか。こんなところで奇遇だね」


 彼はどうやら妹の同級生のようだった。

 委員長って言っていたが。その名の通り黒縁メガネと整った髪型のいかにも優等生といった感じ。女友達となら何度か顔を合わせたことがあるが。男の同級生とは初めてかもしれない。

 ……昔は妹の学校生活が心配だった時期もあったが。こうやって異性の同級生とも普通に接しているのを見ていると。やはり心配はいらなかったと安心する

 ……だが、同時に男と楽しそうに談笑してる妹を見るとどうしようもない感覚に襲われる。


「へー朝比奈さんコンタクトだったんだね。……ところでこちらの方は彼氏?」


「そう見えるー? 兄さん兄さん。カレシですって! カーレーシー!」


 キャーっ! と嬉しそうにはしゃぐ妹尻目にため息をつく。


「年頃の男女がクリスマスに街中まで出てたらそう思うのが普通だろ。あんま調子に乗るなよ」


「もう、冗談の通じない兄さんだこと」


「……というわけで、こいつ……『朝比奈 もみじ』の兄です」


「兄、兼彼氏の『朝比奈 楓』兄さんです」


「あぁあなたが例の。噂は聞いてますよ」


 え、噂って何怖いんだけど。


「もみじさんよくお兄さんの話してくれるんですよ」


「へー……へー……ちなみに妹とはどういった関係で?」


「あ、大丈夫ですよ。そういう関係じゃないですから。朝比奈さんには副委員長としてよく作業を手伝ってもらっているので。よく話すってだけですから」


「……それならいいんだけど」


 ……いや、それならいいってなんだ俺。


「それじゃあ僕はこの辺で失礼しますね。それじゃ来年また学校で。良いお年を」


「うん。それじゃあねー」


 つい笑顔で見送る妹の横顔を見つめてしまう。その笑顔をはもしかして。もしかしたらなんて嫌な想像が頭に思い浮かぶ。……俺は妹に自分を好きでいて欲しいのか。その気持ちには絶対応えられないくせに。


「……兄さん嫉妬しました?」


「してない」


 思考がぐるぐる回る。頭の回路がほつれる。

 妹が自分のなんだというのか。家族のものとは到底思えない汚い独占欲に吐き気がする。兄である自分がこの子を幸せになんてできるはずがないのに―――


「兄さん」


「ん」


「私は嬉しかったですよ」


「……ん」


「兄さん……手を繋いでもいいですか?」


「……ん」


 妹が出してきた手を握る。……暖かい妹の右手とは逆に熱を持った思考は徐々に落ち着くを取り戻していく。


「……落ち着きましたか?」


 俺は握った妹の右手をそのまま自分のポケットに突っ込んだ。……理由はわからない。でも絶対に繋いだこの手を離したくなかったことだけはわかった。


「兄さん……?」


「メガネ買いに来たんだろ」


 『一緒に選んでやるから』と小声でつぶやく。これが精一杯だった……恥ずかしさのせいか頭がまた熱くなってくるのがわかる。


「うん……うんっ!」


 そう満面の笑みで頷く妹の表情はこの世の女性の誰よりもかわいい。


「そんなに嬉しそうにするなよ」


 ……好きになるだろ。そう小さく唇だけ動かす。


「もう惚れてるでしょ?」


「……そこは聞こえない振りしておくところだろうが」


「んー? なにか言った~?」


「そこは聞こえない振りするのかよ!?」


「ふひひひ……! さぁ早く選んで私たちの愛の巣に帰りましょう兄さん!」


 ガバッと腕に抱きついてきた妹を引き剥がしながら、先程よりも大きなため息をつく。


「気持ち悪い言い方するな……」


「気持ち悪いのに引き剥がさないのー? ん~?」


 ……本気で引き剥がす気がないのはバレている。ほんとこの妹のこういうところが嫌いだ。嫌いで嫌いで嫌いで――


「……そういうこと言うなら本当に引き剥がすぞ」


「……好きよ。兄さん」


 ――俺はお前のそういうところが。


「――俺は嫌いだよ」


 そう言いながら俺は無意識に掴んだ腕を引き寄せた。引き寄せてから気づいたが。身体が寒かったんだ。そう納得することにした。


「素直じゃない兄さん」


「うるさい」


 兄の恋が終わる気配は、まだない。

『妹の恋は終わらせない』

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