二次元の世界
これまでの話は…。
高校2年生の尾崎賢一が学校に行くと、突然起きた自身の直後に巨大な黒アリの集団に襲われたのだった。
同じ学校の女子剣道部の藤井玲奈の助けによって難を逃れる事となった。
その後、警察に事情聴取を受けたが、その時の担当の刑事が夕方のニュースで殺された事を知ったのだった…。
ピロン♪
誰からか、俺のスマホにメッセージが届いた。
多分、同じようにニュースを見て、中澤が送ってきたのだと思う。
しかし、メッセージを見ると、珍しく新谷からだった。
《ニュース見た?》
《見たよ。驚いた。》
ピロン♪
《驚いたなんてもんじゃないよ。怖くなっちゃった。》
《そうだね。今日会っただけだけど、身近で殺人事件が起きるとはね。》
ピロン♪
《お互い、気をつけないとね。》
(何をだよ。)
思わず心の中でツッコんだ。
あの、川上さんて人は刑事さんだったわけだし、犯人と揉めて殺されるとかありそうだけど、流石に俺らはそんな事無いだろ。
(まあ、無い事もないか。)
今朝の事を思い出す…。
《まあ、そうだね。》
俺は当たり障り無い返信をした。
ピロン♪《ところでさ、明日時間ある?》
《予定は特に無いけど。》
ピロン♪《見せたいものがあるから、うちに来なよ。》
(また、しょうもない物でも見せたいのだろうけど、…予定はないしな…。)
《良いよ。》
ピロン♪《じゃあ、明日学校終わってからと言う事で。》
《了解。》
程なくして、新谷とのメッセージのやり取りが終わると、タイミングを見計らったように、
「ご飯できたから、用意して」
母さんが声を掛けてきた。
丁度お腹が空いてきたところだったから、ナイスタイミングだった。
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晩飯を食べてから、学校の宿題を終わらせて、母さんがテレビを見ている居間で、ボーッと今朝の事を考えていた。
(結局、今朝の巨大な黒アリの集団は何だったのだろうか。)
(その直前に変な地震が起きたから、そのせいで地面に出てきたのだろうけど、地中に居たのなら何故今まででニュースとかにならなかったのだろうか。)
(あんなのがそこら辺にワサワサいたら、大騒ぎだろうな。)
(あの襲われた生徒も良く無事だったよな。)
(藤井さんや中澤たちのお陰という事もあるだろうけど、凶暴な奴だったら、やばかったろうな。)
幸い生徒は怪我程度で済んだのだからと考えていた。
(這い出てきた穴に逃げ込んだという事は、まだ何処かに居るんだよな。)
もしまた、学校の近くで襲われたらどうしようかと、やや恐怖を覚えていた。
(あの光る石、「生連石」と思っているのは、ラノベかアニメででも見たのと混同しているだけだと思うけど、何だったんだろう。)
(新谷が言う様に、本当に魔石だったら凄い事だろうに。)
などと、新谷が言った事で妄想に耽っていた。
それよりもと、ふとニュースの事を思い出した。
“殺人事件“と言うだけでも嫌な気分になるのに、実際に会って話をした、面識のある人だったと思うと、やや悪寒地味た感覚を覚えていた。
(それに…)
ニュースでは、肩から背中に掛けて大きな鉤爪で抉られた様な跡があり、腕や脚は噛まれた様な跡があったと言う。周辺は大量の血が流れており、それによるショック死が死因なのではないかと言っていた。
熊でも出たのだろうか。
和田堀公園だと言っていたが、自宅からそれほど遠くは無いので、何度か小学生の頃に両親と遊びに行った事はあった。
和田堀公園は真ん中に大きな池があり、自然公園と言った感じで、ノンビリするには売ってつけの場所ではあったが、決して熊が出るような所では無い。
(だとしたら、何に襲われたのだろう。)
やはり、今朝の巨大な黒アリの大群と関係があるのだろうか。
いや、忘れることにしよう。
時計を見ると、夜10時を過ぎていた。
「何を、さっきからブツブツ言ってるの?気持ち悪い。」
「気持ち悪いは無いだろ。」
母さんから、酷い評価を受けたが、考え事をしているときは気をつけないと。
「まあいいや。もう寝るよ。」
「早いわね。」
確かに10時では寝るには早い気がするが、
「今日はいろいろあったから、すごく疲れたんだよ。」
気疲れだと思っていた。
「キチンと明日の用意をしてから寝なさいよ。」
母さんはいつも同じ事を言うけど、音声案内の様に一字一句同じなのは凄いと思う。
俺は、その言葉に手を降って応えながら、自分の部屋に向った。
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今日は本当に疲れた。
布団の中に入ると急激に睡魔が襲ってきた。
すうっと意識が薄れてきて、自分が睡眠状態に移行していくのが良くわかる。
とは言っても、次の瞬間に朝になるのだろうなと、睡魔に麻痺した頭で考えていた。
そんな考えもどこか遠くに行ってしまった時だった。
「…アーチェ、アーチェ、ねえ聞こえてる?」
その声に何となく聞き覚えがあった。
「あなたが居なくなってしまったら、私達はどうしたら良いの?」
悲しげな声のする方を見る為に顔を上げようとしたが、体が思うように動かない。
動かないどころか、目を開ける事すらままならなない。
全身に激しい痛みがあり、とても息苦しい。
素直に自分の終わりが近づいている事を理解した。
「お願い、もう一度立ち上がって。あなたが希望なの。」
その声の主のものか。
ポタポタと俺の顔に落ちて来ては、頬を伝って流れて行く。
(君も早く逃げるんだ。)
自然にそんな事を思っていた。
消えかかっている自分の命とは反対に、心の底から強く沸き起こる思いが、この体を動かそうとしていた。
しかし、自分の意識が、まるで打ち寄せた波が引いていくように、すうっと遠くに消えていく。
(すまない…。)
そして、スイッチが切れるようにプツンと消えた。
…
…
…
次第に、耳元で音楽が流れている事に気がついた。
それは、目覚まし代わりに鳴らしているいつもの曲だった。
わずかに窓から射し込む光を、瞼を閉じていても感じる様になり、日常の朝を迎えた事を認識した。
自分の目から涙が零れ落ちていた事がはっきり分かるほど、枕が濡れていて、何とも言い様のない感情が込み上げていた。
(夢を見ていたのか…。)
既にその殆どを忘れてきているが、確かに聞き覚えのある声だった。
しばらく布団から起き上がることも出来ず、ただ呆然と夢の内容を反芻していた。
数分の時間が経ち、やがて完全に記憶から消失した。
俺は、いつもの様に布団から出ていった。
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いつも通り朝食を食べて、いつも通りに自宅を出ていた。
既に夢の内容は覚えてはいないが、忘れてはならない何かであると、一生懸命に思い出そうとした。
いつも通りに電車に乗り、学校の最寄りの駅に到着した。
「おはよう。」
いつも通り、ではなかった。
声をかけてきたのは、新谷一人だけだった。
「中澤は?」
辺りを見渡しても中澤は見当たらなかった。
いつもなら、中澤と新谷と二人で一緒にいる所に、俺が合流するところだ。
「今日は具合が悪くて休むらしいよ。」
「へぇー。病気でアイツが休むなんて珍しいな。」
「そうなんだよ。僕もビックリしちゃった。」
(驚く事でも無いけど…。)
新谷の中の”中澤”はどうなっているのだろう。
中澤だってたまには病気ぐらいするだろうに。
「ちょっと心配だなぁ。」
まあ分からなくも無いけど。
そうこうしているうちに、学校の門前に到着した。
昨日、あんな事があったというのに、特に変わった様子もなくいつも通りだった。
巨大な黒アリに襲われたなんて無かったかの様だ。
二人で校舎の中に入ると、朝練なのか各スポーツ部の面々が体育館から出て来ていた。
そんな中に、女子剣道部の姿があった。
脇に面を抱え、手には竹刀を持ったまま白い剣道着で朱色の立派な防具を着けた、神妙な面持ちの女子部員が一人で体育館の出口から出てきた。
(藤井さんだ。)
声を掛けようか悩んでいると、
「あ、藤井さんだ。おーい。」
新谷が気がついて、なんの迷いもなく大声で藤井さんを呼んだ。
何と言うか、新谷が羨ましい。
それに気がついたのか、藤井さんがこちらを見て手を振った。
そのまま、隣の更衣室に入って行った。
「藤井さんて可愛いよね。」
新谷は恥ずかしげもなく言い放ったが、実際には2Dの世界にしか興味がない事を俺は知っている。
教室に着くと、いつも通りワイワイと騒がしかった。
昨日一日だけ学校に来なかっただけで、何となく懐かしい気分になる。
しばらくして、1時限目の先生が教室に入って来た。
特に昨日の事など聞かれることもなく授業は進み、終了の時間とりチャイムが鳴った。
「今日はここまで。」
先生が片付けを終えて教室から出て行った。
…
昼休みとなり、新谷とパンを買いに教室を出たところで、俺は何となしに疑問に思っていた事を話した。
「何かおかしくないか?」
「何が?」
新谷は全く気にしていなかった様だが、
「いつもと変わらないと思うけど…?」
そう。
いつも通りなのだが、昨日の事は誰も全く触れないのだ。
「昨日の事を誰にも聞かれてないよな?」
「そう言えば、そうだね。」
「普通なら、いろいろ聞かれれてもおかしくないだろうし、あの時に他の生徒も沢山いたのだから、話題になっても不思議じゃない筈だ。」
「言われてみれば…。」
まるで昨日の事を覚えているのが、俺らだけの様な…。
新谷も状況のおかしさに気がついた様で、急に難しい顔になったが、考えても答えが見つからなかった様だった。
売店に向かいながら二人で話をしたが、やはり答えは見つからなかった。
売店の前まで来ると、相変わらず人がごった返していた。
昨日の事は取り敢えず置いて、ごった返す人の間を縫って目的の物を探した。
幸い目的のカツサンドは見つかった。
取ろうとして手を伸ばすと、同じカツサンドを取ろうとした手にぶつかった。
「ごめんなさい。」
人を挟んでいるため誰かは見えないが、その手の主が反射的に謝ってきた。
このカツサンドは俺の大好物ではあったが、意外にも不人気なので、いつも買いに来る時は売れ残っていた。
だから気にせず取ろうとしたのだが、まさか他の人の手が当たるなんて思いもよらなかった。
「こっちこそ、ごめん。」
思わずつられて誤ってしまった。
そっとカツサンドを取ってその手に渡し、自分の分も取ってお金を払ったあと、急いで人だかりの中から抜け出した。
同様に、カツサンドを持った女子生徒が人だかりから抜け出してきた。
「「あッ!」」
藤井さんだった。
藤井さんも、俺の顔を見てちょっと驚いていた。
聞くところによると、彼女もカツサンドが好物らしく、殆ど売店でお昼を買う場合はカツサンドを選ぶらしい。
普段は弁当との事だが、朝練がある日は弁当を作らないでカツサンドにしていると言う事だった。
しかし、高校に入学して1年以上が経ち週3日はカツサンドを食べている俺だが、この様な事は一度も無かった。
「私は2学期から転入してきたから。」
と言うことらしい。
3人で昼食を食べながら話していたが、ふと気になって藤井さんにも疑問に思っていた事を聞いてみた。
「誰かに昨日の事とか聞かれなかった?」
「ううん、誰にも聞かれてないよ。」
(やはり。)
「昨日の事を誰にも聞かれないのって、変じゃないか?」
「そう言えば、そうね…。でも、私はクラスにあんまり仲が良い人いないし…。だから、聞かれなかったのかも…。」
そうなんだ。
俺は仲良くなりたいけど。
そんな事を考えていると、
「そうだ。」
新谷が思い付いた様に、突然藤井さんに向かったかと思うと、
「藤井さんもLINEのグループに入らない?僕と尾崎君と中澤君のグループなんだけど、みんなで話出来るし、仲良くなれると思うよ。」
(いや、新谷くん、その提案は失礼すぎじゃないか?藤井さんがまるで友達がいないみたいに聞こえるよ。…ただ、ナイスだ。)
「う〜ん、…良いよ。みんなと話するの楽しそうだし。」
「じゃあ、決まりだね。尾崎君も良いよね?」
(勿論、OKだよ。)
「ああ、良いんじゃないかな。」
あまり興味が無さそうに答えたが、俺は心の中では新谷のナイスプレイを賞賛していた。
そうこうしている内に昼休みが終わろうとしていた。
窓の外を見ると、俺の晴れやかな気分とは正反対などんよりした雲が空を覆って来ていた。
3話目の投稿です。
今後の話の展開に重要になる話にしたかったのですが、非常に難しくて時間が掛かってしまいました。
話の作り方も上手くないなぁと、自分の限界を知る事となり、反省しています。
ただ、これからは話が盛り上がるようにしたいと思うので、読んでくれたら嬉しいです。