(7) よみがえる記憶
高速道路はようやく静岡県の端に近づきました。
暗闇の中に、大きな富士山の影がちらちらと目に入ります。
その瞬間、私は、頭の中で一枚の小さな絵を思い出しました。
浪人中の正月に届いた年賀状。高校時代の友人達や先生からの応援メッセージが書かれた年賀状に混じって、差出人の名前が書かれていない年賀状が1枚。
その年賀状には、新年早々縁起の良さそうな富士山が大きく描かれ、普通に売られている12色や36色くらいの色鉛筆には入っていないような、非常に多彩な色の色鉛筆を使って塗られていました。
あて先の文字は今までの年賀状などでは見た事のない筆跡で、誰が出したか見当がつきません。
絵の下には小さく「受験頑張って」とだけ書かれていました。
思い出してみると、あの色鉛筆は、理恵にプレゼントした100色の物ではないか、と言う気がします。
そう思うと、本人に確かめてみたくなりました。
「そうだ、そういえば、理恵さ、名古屋の大学行った後のお正月、年賀状くれなかった?」
「年賀状?」
「そう。差出人の名前書いて無かったんだけど、富士山の絵が描かれていてさ。」
「富士山の絵、ねぇ?」
「それを、珍しい色の色鉛筆を使って描いてあったのよね… あれって理恵が描いたんじゃない?高校の時プレゼントした100色の色鉛筆使ってさ。」
「典子がその色を見てあの色鉛筆だと思うんだったら、きっとそうなんじゃない?」
理恵は悪戯っぽく笑っています。
「何それ、どっちなのよ?描いたか描いてないのか、ハッキリさせて欲しいんだけど?」
そう言いながらも、私もつい笑ってしまいました。
「結局さ、浪人してからホントに連絡くれなかったよね。寂しかったけど、その分頑張らないとな、って思うことができたのかも。」
「それはもう、連絡しなかった甲斐があったという事だよね。」
隣に座った理恵がニコニコ笑っているのは、本当に高校時代の美術室を思い浮かべてしまいます。
それだけに、あの、卒業前の日の記憶がどんどんよみがえってきました。
「ねぇ、理恵はさ、最後に美術室行った日、私の背中で何か言ったよね?」
「何か言ったかな?典子には何って聞こえたの?」
理恵はずっと落ち着いた笑顔で、私を見守っています。
「言った気がする。『好き』とかなんとか、言わなかった?」
「好き?私が典子の事を?」
つい、言ってしまった。でも、なんとなく、あの時感じた感情は、自惚れでなければ、そうだったのではないかと。
「うん、そう言われた、気がしたの。いや、もちろん、女同士だし変な意味じゃないんだろうけど…!」
言ってしまってから、なんだか恥ずかしくなり、慌てて誤魔化そうと思いました。
ですが、理恵はからかう事もなく、表情を変えませんでした。
「典子はどう思ってた?私のこと。」
「え?私が?」
「そう。典子は私のこと好きだったの?」
そう言われて、考えてしまいました。
私は、理恵から一方的に好きと思われていたことに戸惑っていたのか。
それとも…。
「そうだねぇ…」
そこまで言った所で、不意に大きなあくびが出てしまいました。
「ごめんごめん、高速道路まっすぐ走らせてるだけだと、眠くなってきちゃうね。」
照れ隠しに笑いながらそういいましたが、理恵は少し怖い顔で私を見つめました。
「ちょっと、危ないんだからね、高速道路は。典子もわかってるでしょ?」
「うん、もちろんわかってる。」
「無理しないで。次のパーキングエリアで休んでいこうよ。」
理恵がそう言うと、ちょうどそばにパーキングエリアが迫っていました。
車を停めると、私は軽くシートを倒しました。
そして、助手席の理恵に向かってひと言だけ言いました。
「ありがとうね、理恵。」
それを聞いた理恵が少し微笑んだのを確認すると、私は目をつぶりました