(1) 久しぶりの再会
8月の初旬の土曜日。
ニュースは記録的猛暑であることを連日繰り返し伝え、外を歩けばセミの声にうんざりする日々。
夜になっても暑さは落ち着かず、連日熱帯夜が続き、窓を開けても心地よい空気などはありもしない状態でした。
そんな夜に私は、レンタカーで借りたワンボックスのバンに自分の描いた絵画作品を数枚積み込んで、大阪から高速道路を東京に向かって走っていました。
夜になってエアコンは良く効くようになり、少し寒いくらいです。
大阪を出発してからだいぶ経ちました。名古屋を越えるまでは順調だったのですが、静岡に入ってからはいつまで経っても県境がやってこないので、気持ち的に飽きていました。
これが昼間であれば遠くに見える海を楽しんだり、見え隠れする富士山を眺めたりと気持ちに変化を作る事もできたのでしょうが、今は夜。
FMラジオを流しながら、ヘッドライトに照らされる白線を見つめ、道路の向く方向にハンドルを動かしてただひたすらに運転する事しかできません。
「さすがにいい加減飽きてきた…。」
どうせ声に出しても一人の車内です。
たまにラジオから流れる知っている曲に合わせて大きな声で歌ったりもしていましたが、眠気が襲ってきます。
道路の白線が作る一定のリズムも、私に対する子守唄にしか思えません。
眠気に負ける前にパーキングエリアに入り、コーヒーでも買って軽く体を動かそう。
そう思った私は、道路の案内看板の「P」の字に導かれるように車を進めました。
ちょっと大き目のパーキングエリアは、長距離トラックや深夜バスで駐車場が埋まっています。
車を止めてドアを開けると、むわっとした空気に晒され、少しだけ目が覚めました。
夜になってもちっとも人が減らない建物に入り、お手洗いと買い物を済ませて、車に戻ろうと歩いている時、私の名前を呼ぶ声を耳にしました。
「ねぇ、もしかして、典子じゃない?」
聞きなれた声に私は反射的に振り返ると、そこには高校時代の親友だった、理恵の姿がありました。
理恵は高校時代、美術部でずっと一緒だった親友。卒業した後は地元を離れ、名古屋の大学に入学していました。
「え?!理恵なの?うわぁ、何年ぶり?こんなところでどうしたの??」
夜中のパーキングエリアで、不意に出会った旧友に驚きを隠せませんでした。
「いやぁ、実家に帰るのに乗ってたバスに置いてかれちゃって…。典子、家に帰るんだよね?乗せてってくれないかな?」
高校時代と変わらない人懐っこい笑顔を見せながら、理恵は私の腕を掴みました。
この笑顔を見せられたら、断る事などできません。それは、高校時代からずっと続くお約束みたいなものでした。
「いいよ!けど、荷物運ぶような車だから、乗り心地は良くないと思うけど…。」
言い訳をしながら彼女を助手席に乗せると、騒がしいパーキングエリアから飛び出るように車を発進させました。
また真っ暗な高速に戻り、ヘッドライトの照らす明かりを見つめながらアクセルを踏みます。
「久しぶりだよね。卒業以来だから、もう10年くらい経つよね?」
先ほど手に入れた、冷えたコーヒーを一口飲むと、私は理恵に話しかけました。
「そっか、もうそんな経つんだ、早いよねぇ…。典子は今は何してるの?」
見慣れた理恵の横顔を左側に感じつつ、視線は道路を見つめたまま会話を始めました。
「今は都内のデザイン会社で働いてるよ。ようやく私がデザインした作品が使われるようになってきたところ~。」
「そうなんだ!すごいじゃん。典子はホントに思っていた進路に進んでいるんだね。まぁ、あの頃からきっと典子なら実現するだろうな、って思ってたよー。」
「えー?もう、ホント『ようやく』って感じだよ。ここまで来るのも大変だったしね。」
「そうだろうねぇ。けど、そんなデザイナーさんがなんでこんな時間に車で走ってるの?」
理恵の質問に、私は後ろに積んだ荷物を指差しながら言いました。
「大阪で、絵の展覧会に出品してたんだ。デザイナーの仕事のほかに個人的に絵も描いていて、たまにこうやって展覧会とかに出してたりするんだ。」
「えええ、すごいじゃん。典子、高校のときから絵が上手かったもんね。個展とか?」
「まさかぁ!知り合いのつてで、美術館でやってた展覧会のすみっこにスペースもらってね、何点か飾らせてもらっていたのよ。」
「それでもすごいよねぇ…。まぁ、高校の頃、絵画展とかで賞とってたし、美術館とかでも飾られてたもんね。」
不意に褒められて、つい焦ってしまいます。
「いやいや、ああいうのとは違うからね!今回はホント、偶然が重なって縁があってさ、結構有名な美術館に置かせてもらうことができてラッキーだったよ。」
「そう言う所に出せる立場になったってことでしょ?私も友人として嬉しく思うよ。けど、なんで自分で運んでるの?」
「それなのよー。私が所属してる絵のグループの展覧会も来週月曜からあってね、そこに出す作品まで大阪持って行っちゃったからさ、それをこの週末のうちに持ち帰らなきゃならなくて。」
そうなのです。グループ展の予定を1ヶ月勘違いして色々動いていた結果、土曜日の夜大阪で搬出をして、日曜日の夕方に東京で搬入を行うと言うスケジュールが決定してしまいました。
絵画グループの展覧会の方はキャンセルしてしまうことも考えたのですが、ここの人脈で今回の大阪が決まった事もあり、無下に断るのも気まずいと思ったのです。
「えー、それは大変よねぇ。」
「昨日、金曜の午後から大阪入りして、今日は朝から来場者の人の相手もして、終わった後すぐに撤収までやったのよ。そして今自分で運んでるわけでしょ?もう次回は絶対こういう事、やらない…。」
私の声があまりにも疲れていたからか、理恵は笑いながら聞いてくれました。
彼女が笑っていると、私も気持ちが楽になります。
大阪を出発する瞬間、この先の走行距離を考えてずっしり重くなっていた心が、なんだかどんどん軽くなっていく気がしてきました。
「そっかぁ。典子は絵で仕事するようになったんだねぇ…。」
理恵は感慨深そうに、つぶやくように言いました。