6話
翌日。今日は学園の創立記念日。午前中は休みで、午後からパーティーが開かれる。
私は用意していたドレスに着替え、寮の個室でエルを待っていた。
彼を待つ間も、チラチラと鏡を見て身なりを確認する。変じゃないだろうか。
鏡の中の自分を見つつ、前髪をいじる。大丈夫、変じゃない。
そうして身体の各部を確認していると、横から笑い声が聞こえた。
見れば、そこには白の礼服を着たエルが立っていた。その格好よさに私は眼を奪われる。
「おはよう、ユミル。……今日はいつにもまして綺麗だね」
さらりと誉め言葉を口にし、私の胸元に触れた。正確には、私がかけているネックレスに。
「これ、着けてくれたんだね、嬉しい。よく似合ってるよ。その青いドレスは俺を意識してくれたのかな?」
と、エルがそれはもう綺麗な笑顔で問いかけてくる。
「……ユミル?」
「へっ? ……あ、エル。な、なに?」
しまった、聞いてなかった。聞き返すと、エルは苦笑した。
「いや、なんでもないよ」
「そうなの?」
きっと何でもないはずないのだが、エルは首を横に振る。繰り返す気はなさそうだ。
私は改めて彼の格好を見る。白地に金色の刺繍がされている上着。胸元のアクセサリーは橙色のバラ。使われている色が私の髪や瞳の色で、なんだか恋人のような感覚がある。
「っその、エル」
「うん?」
「その服、似合ってる……か、格好良いよ」
「……そっか。ありがとう。気に入ってもらえて嬉しいよ。実はユミルのことを考えて仕立ててもらったんだ」
「っ……! そ、そうなんだ」
なんと、それでは私と一緒じゃないか。私も彼のことを想ってこの青いドレスを選んだのだ。伝えるべきだろう。
「っ私も、このドレス、エルのことを考えて選んだんだよ」
「本当? それは……すごく嬉しいな」
照れくさそうにエルは私を見てくる。視線が合えば、なんだか気恥ずかしくなって互いに目をそらす。
これからパーティーだというのに、もっとエルと二人きりでいたいという気持ちが溢れてくる。だって、お互いの色を纏っているのだ。両思いだって思ってもいいだろう。でもなぜだかその事は口に出せなかった。
「……行こっか」
「……うん」
折り曲げたエルの腕に手を置く。もっと近づきたいが、大衆の目があるためこれ以上はくっつけない。
部屋を出、パーティー会場に入る。会場には既にたくさんの生徒たちが集まっていた。入ってきた私たちに彼らは一斉に視線を向けてくる。
今まではこんな視線気にしなかったのだが、何故だろう。自分がエルに釣り合っているのか。不似合いだと言われていないか気になってしまった。
そんな私に、エルは耳打ちしてきた。
「ユミル。気にしなくていいよ。今日は二人でパーティーを楽しもう」
「うん、そうだね」
不躾な視線を避けるように、私たちは壁際に寄った。
そのまま彼と話をしながら時間が過ぎていく。
次々と入場する生徒たち。最後に殿下と婚約者候補の令嬢が入ってきて、参加者はこれで全員揃った。
そこから学園長の挨拶があり、生徒会長の挨拶が終わった後、ダンスが始まった。
壁際でその光景を眺めていると、私たちに声がかかった。
「こんにちは、ヴァルスタイン様!」
話しかけてきたのはマリアベルさんだ。パーティーには出ないと言っていたが、どうしたのだろうか。
「こんにちは、マリアベルさん。今日はどうしてこちらに?」
聞けば、彼女は照れくさそうに私を見ながら言った。
「ドレス姿のヴァルスタイン様が見たくて来てしまいました。とてもお綺麗です。絵画にして保存しておきたいくらいです」
「そうでしたか。マリアベルさんもそのドレス、良く似合っていますよ」
「ありがとうございます!」
私が誉めると、マリアベルさんは過剰に喜んだ。本当にどうしたのだろう。
不思議に思っていると、私の隣に立っているエルが彼女に厳しい目を向けた。
「マリアベル。ユミレットには挨拶して俺にはないの?」
「ああ、サリエル。こんにちは。影が薄くて見えなかったわ」
挨拶して二言目には嫌味を口にする。二人は随分と仲良くなったようだ。
「そう、君の眼は大分悪いようだから今すぐ医者に見てもらった方がいいよ」
「私の眼は悪くないわ。だってヴァルスタイン様がこんなにはっきり見えるんだもの」
「見るな」
「なんでよ?」
「それは……」
「ふっ、言えないならいいじゃない。ヴァルスタイン様、私も名前で呼んでもいいですか?」
エルを言い負かしたらしいマリアベルさんはニコニコとそうお願いしてくる。彼女なら拒む理由もないので、私は頷いた。
「構いませんよ」
「やった! これからもよろしくお願いします、ユミレット様!」
「はい」
そんな会話を続けていると、拡声魔法である声が響き渡った。
「ここにはこのパーティーに参加するに相応しくない者がいる!」
殿下だ。彼は会場中の注目を集めると、私たちに目を向けた。正確には、私にか。
「ユミレット・ヴァルスタイン!」
「…………」
なんだ、私が何かしたか。彼に指を差された私は半眼で殿下を見る。良い気分が台無しだ。どうしてこいつはこうも私を不快にさせるのだろう。
私の視線なんて知らず、殿下は語る。
「その者はマリアベルという女子生徒をいじめ、精神的にも肉体的にも追い込んでいた。今もそう、彼女に言いがかりをつけている!」
言いがかりをつけているのはお前だ、と言いたい。
私たちの周囲にいた人たちはわかっているのだろう、殿下を呆れた眼で見つめている。しかし、私を嫌っているもの、全く関わりがなかったものは殿下の言葉を信じ、私に責めるような視線を向けてきていた。
あんな虚言を信じるなんて、彼らはなんて愚かなのだろう。もう少し頭が良いと思っていた。
「ユミレット、反省する気持ちがあるなら今すぐマリアに謝るんだ!」
「嫌です」
何故なにもしていないのに謝らなければいけないのだろう。と、理不尽な要求に私ははっきりと断った。
「なんだと……? お前みたいな者が公爵家の令嬢とは、ヴァルスタイン家も落ちたものだな」
殿下は怒りを顔に浮かべ、私の実家を侮辱してきた。別に家のことを何を言われようと気にしないのだが。
平然としている私に代わり、なんとマリアベルさんが前に出た。
「発言して宜しいでしょうか?」
「マリア。ああ、ユミレットから散々言われて苦しかっただろう。こっちに来るんだ」
殿下はマリアベルさんの発言を聞いていないらしい。これでは話が通じないのも頷ける。彼女はもう慣れっこなのか、動じる様子を見せず再度同じことを口にする。
「いえ。それよりも、意見を述べて宜しいですか?」
「……? あ、ああ」
何もわかっていないらしい殿下から許可が降りると、マリアベルさんはもう一歩前に出て一礼した。会場の皆に向かって。
「私はマリアベルといいます。平民ですが、特待生として学園に入りました。周りは貴族の方ばかりでしたが、皆様に優しくしていただいて、今までやってこれました。その中でも、ユミレット様は困っている私に何度も声をかけてくださいました。いじめだなんて、そんなもの決してありませんでした! お願いします、信じてください!」
被害者本人の言葉。これ以上ない証言だと思うが、それさえも殿下には通じなかった。殿下は眉をひそめ、見当違いな発言をする。
「……ユミレットにそう言うよう脅されているのか。可哀想に。正直なことを言って良いんだぞ?」
「話が、通じない……!」
マリアベルさんは絶句する。何を言っても私を貶めるように解釈されてしまうため、彼女は黙ってしまった。
どうしようか。こんな茶番、早く終わらせるべきだ。私はこの際はっきり言ってやろうかと、一歩前に出た。
が、私を庇うようにエルが前に立った。
「サリエルくん……?」
「失礼ですが、ジルクス殿下。これ以上ユミレットに言いがかりをつけるのはやめていただけませんか?」
「……誰だ、お前は?」
「名乗る程のものじゃありません」
誰何されて、エルはそう返す。お前なんかに名前なんて教えてたまるか、と言いたいのだろう。
エルは殿下から視線を外すと、会場中を見渡す。そしてそれらを示すように腕を広げた。
「殿下、周りをご覧ください。貴方の発言を信じるものなど、ここには誰一人としていません。いい加減気づいてください。貴方は全てを勘違いしている」
「お前、王族を侮辱する気か?」
殿下は怒りを表情に表しながら、脅しを口にした。
ここでも権力をふりかざすか。確かに報告されたらエルは牢獄行きだろうが、そんな脅しに彼は微塵も怯えなかった。それどころか、さらに攻撃を続ける。
「貴方を王族と認める人なんていませんよ」
「なっ……!」
エルははっきりとそう言いきった。これで後には引けない。引く気もないだろう。その身に誇りをまとい、殿下を諌めるべく言葉を紡いだ。
「殿下。お前がやっているのはただの言いがかりだ。なんの証拠もないのにユミレットを責め、苦しめている。これは立派な冤罪だ。罪もない人に罪を着せるなど、絶対にあってはならないことだ。殿下。これ以上罪を重ねたら後戻りできなくなる。それでもいいのか?」
「くっ……!」
正論だ。これには言い返すことなどできないのか、殿下はようやく押し黙った。
その様子を見て、エルは先ほどの勢いを消し、口調も敬語に戻した。
「……わかっていただけて何よりです。申し訳ありませんが、俺たちはこれで失礼します。お騒がせしてすみません。どうぞパーティーをお楽しみください」
エルは私の手を取ると、そのまま引っ張って会場を出た。