4話
まさに異世界風デートですね。
ちなみにサリエルくんはチートです。
それからまた街を歩き、私たちはある店にたどり着いた。
看板は見えない。ここは一体何の店なのだろう。
「ここは……?」
「宝石店。気に入ったのがあったら言って。プレゼントしてあげる」
値段は気にしなくて良いよ、と。
さすがにプレゼントしてもらうのに高いものは選ばない。それに、エルは平民なのだから。
なるべく安いものがないか、と店の中に入ると、店内は思っていた感じと少し違っていた。
というか、宝石店のくせに宝石がない。あるのは宝石の使われていないアクセサリーだけだった。
「あれ……商品が少ない? 繁盛してるのかな?」
もう売れてしまったから商品が少ないのかと推測する。
「そうだといいんだけど……ちょっと聞いてみる」
ショーウィンドウはたくさんあるのだが、商品の絶対数があまりにも少なすぎた。店にあるのはたった数個だ。
異変を感じ、エルは店主に問いかけた。
「すみません、商品ってここにあるだけで全部ですか?」
「ああ、そうだ。すまねぇが、別のが欲しいんなら他を当たってくれ。それから当分は入荷できねぇな」
店主は苦い顔で言った。何か問題でも起こっているのかと、エルはさらに問いかけた。
「それはどうしてですか?」
「そりゃあ、宝石のもととなる魔石が手に入らねぇからさ」
魔石。それは魔物の核であり、心臓部分。魔力がこもっており、その価値は非常に高い。魔道具等には必須の品だ。
「魔物なら冒険者が日々討伐しているのでは?」
確かにそうだ。こう言った店は、在庫が足りなくなればしかるべき所に依頼をする。魔物を狩るのは冒険者の仕事だ。
そう指摘してみれば、店主は呆れたような顔をした。
「お前、知らないのか? 最近の魔物は異常なんだよ」
「異常?」
「なんでも変異体が多くなっているらしい」
変異体。それは何らかの原因で変異した魔物のことだ。変異体は通常よりも格段に力が増しているため、討伐が困難なのである。
しかし、原因は何だろう。
エルは心あたりがあるようで、恐る恐る口を開く。
「……それは魔力脈の影響ですか?」
私はその単語に目を開いた。
魔力脈とは、世界に満ちる魔力のことである。それは長い年月をかけて変動するのだが、魔力脈の値が低くなると世界に色々な影響が出るらしい。
まさか、今年がそうなのだろうか。
私は思考を巡らせるが、店主は魔力脈を知らないようで、眉をひそめる。
「ああ? なんだそれ」
「……いえ、なんでもありません」
今はただの憶測であるためか、エルはそれ以上触れなかった。
それからこんな提案を店主にした。
「では、俺たちが自分で魔石をとってきたらそれを加工して貰うことは可能ですか?」
「ああ、いいが……けど大丈夫か? 彼女にプレゼントするにしても、お前、強そうには見えねぇよ」
確かに。それは訝しげな店主と同意見であった。
しかし彼は誰にも負けないくらいの魔法の腕を持っている。
「これでも腕はたつんですよ。魔法も使えますし」
「ならいいが。くれぐれも無茶すんなよ」
店主との交渉を終わらせ、エルは戻ってきた。開口一番に、私に謝ってくる。
「ごめん、勝手に決めて。どうしても良いものをあげたかったんだ」
「ううん。私もそれなりに魔法は使えるし、いいんだけど」
私なんかの為にそこまでしてもらわなくても。と。
喉まででかかった言葉を私は飲み込んだ。そうだ。彼はこんな言葉は望んでいないだろう。
「ユミル?」
そう、今ふさわしい言葉は。
「……エル、ありがと」
ちょっと俯きがちに言えば、エルはクスッと笑った。
「どういたしまして。それじゃあ、行こうか」
「うん」
私たちは宝石店を出て、大通りを通って街の外へ出る。
草原を歩きながら、エルは私に問いかけた。
「ユミルは何色が好き?」
好みは聞かれても答えられない。大抵のものは興味が持てないから当然なのだが。
強いて言えば。
「エメラルドが好き、かな」
「へぇ。理由を聞いても良い?」
う、と尋ねられて言葉につまる。でも隠す理由はどこにもない。
「……エルの瞳の色だから」
「っ……!」
正直に答えると、エルはあからさまにうろたえた。それから大きく溜め息をつく。
何か間違っただろうか。
「っもう、そういうことは軽々しく言わない。勘違いする人間が出てくるからね」
「軽々しくないよ。それに、エルにしか言わない」
信じてほしいと言葉を付け足すと、エルは黙ってしまった。
ああ、怒らせてしまった。私に合わせて前を歩く彼の後を追う。
沈黙が続く。
やがて草原を抜け、森へ近づいたころに彼は口を開いた。
「さっきの言葉……」
「うん?」
「……いや、何でもない」
何か言いかけたが、彼はそれ以上は口にしなかった。
「それよりもだ。エメラルドの魔石を持つのは、ウルフ。彼らを捜そう。ウルフは群れで動く習性があって見つけやすい。でも、その分群れだから倒すのが面倒くさいんだ」
魔石の色は魔物の種類によって決まる。無闇やたらに倒しても欲しいものは手に入らないのだ。
ただ、標的を絞るにしても問題はあがってくる。群れというくらいだから数十匹程で動いているのだろう。それに対しこちらは二人。打てる手は少なかった。
とりあえず一番無難であろう方法を提案してみる。
「魔法で一網打尽にする?」
「いや、それだと森に被害が出てしまう。だから、一匹ずつ倒すのが普通だな」
確かに、炎は言うまでもなく、風、使い方によっては水の魔法でさえも森を傷つけてしまう。大規模な魔法は使えなさそうだ。
しかし、こんな情報はどこから出てくるのか。そうおもって、訊いてみる。
「何だか詳しいね」
「冒険者やってたからな。いや、今もやってる、が正しいか」
まさか、冒険者だったとは。となると、今から行うことは冒険者の真似事。つまり私の知らない、彼の見てきた世界を知ることができる。そのことに私は嬉しくなって自然と口元が緩んだ。
「……ユミル、何で笑ってるの?」
「ううん、何でもない」
「本当に?」
「うん、本当。だから気にしないで」
とは言ったものの、彼は疑いの眼差しを崩さない。ごまかせなかった。でもまあ、いいか。
エルは私が話す気がないことを悟ると、森へ視線を向けた。
と、一瞬空気が変わった。
私が変化の状態を掴む前に、空気は元に戻ってしまった。何をしたのだろう。魔法であることには間違いないだろうが、にしては何もかもが速すぎる。
エルは森の奥を指差した。
「……ウルフはこの先にいる。こっちに向かってきてるから、姿が見えるまで待とうか」
「エル、今なにしたの?」
「魔力探知と誘導魔法」
「……あの一瞬で?」
「うん」
何気なく頷く彼に、呆然とする。前々から魔力の扱いが上手いと思っていたが、ここまでとは。
私が感心していると、彼は再び魔力を高ぶらせた。
「そろそろくるよ」
その言葉に、私は気を引き閉めて彼の視線の先を見据える。確かに、こちらに向かってくる魔力があった。
ならば私も準備をしなければ。
「氷よ、形を成せ__」
私は呪文を唱え、魔法で氷の矢を生成する。周りで待機させ、見えた瞬間に狙い打つという作戦だ。
がさがさっと草の揺れる音がし、ついに狼の群れが現れた。しかし、その様子はどこかおかしい。
その外見でさえも異なっていた。魔物のウルフは動物の狼と見た目は全く変わらないのだが、彼らは違う。
口は避け、耳は異常に発達し、あろうことか、角が生えている。その他細部が変化し、一見狼だとわかるのだが元の動物とは似て非なるものであった。
「っ斉射!」
その外見に驚きつつも、私はすぐさま氷の矢を射出した。それらは前方数頭の眉間に狙いたがわず突き刺さった。やっただろうか。
「__いや。まだみたいだ」
彼の言う通り、ウルフは一瞬動きを止めただけで健在だ。
「嘘……」
今の攻撃で分かる。こんな相手、並みの冒険者じゃ倒せない。負けることはないだろうが、勝てもしない。非常に厄介な相手であった。
「普通の魔物なら今ので倒せたんだけどな。そう上手くはいかないらしい」
と言いつつ、エルは左手をつきだした。何か有効な魔法でもあるのだろうか。
「還れ、理に反するものよ」
その二言が紡がれた瞬間、全てのウルフが動きを止め、その場に崩れ落ちた。数秒たっても、彼らは動き出す様子を見せなかった。
「……へ?」
「これで討伐完了、と。どうした、ユミル」
「あ、別に何も……。エル、一匹づつ倒すって言ってなかったっけ」
そう、確かに彼は言っていた。一匹ずつ倒すのが普通だと。
エルは私の問いかけに頷くと、悪びれた様子もなくこう言う。
「ああ、それは普通のやり方な。別に俺は他のやり方がないとは言ってない」
それを聞いて、確かに、と思ってしまう自分がいた。
詐欺だ。すっかり騙されてしまった。
私は少し不満を感じ、うろんげな目を彼に向ける。しかしエルは素知らぬ顔で続けた。
「解体して魔石を取り出そうか」
「……魔法で?」
「うん。__対象指定、分解」
彼は狼の死体に手を翳し、そう唱える。
狼は光に包まれた後、魔石のみを残してその場から消えた。
「……」
有能過ぎる。もう何も言うまい。というか、こんなにも魔法を使いこなせる彼は学園に通う必要など無いのではないだろうか。
エルは自分の魔法行使を見て満足そうに頷いている。
「うん。こんなもんかな」
こんなもんと言いつつ、その視線の先には十数個の魔石がある。こんな簡単に手に入ったら冒険者はもっと稼げるはずだ。これは明らかに普通ではない。
「エル……流石に多すぎない?」
「まあ、多い分はあの店に売ればいいし。問題ないよ」
「それもそうだね」
まあいいか、と私は気にしないことにした。
二人で魔石を回収し、街へ戻る。
宝石店で加工してもらい、余りの魔石を売ると広場に向かう。広場は相変わらずの人の多さで賑やかだ。あまり人の密集していない端の方へ向かうと、エルは私に振り向いた。
「ユミル、ちょっと待っててくれる?」
「うん」
そう言われたので大人しく待つ。エルはネックレスを手に取ると、魔法を使った。魔法付与をしているのだ。
魔法付与は簡単にできるものではない。のだが、彼は失敗することなく付与して見せた。すごい。
エルは付与の効果を確認すると、私の方を見た。
「ユミル、動かないで」
言われたまま身体を硬直させると、彼はネックレスをもったまま私の首に手を回す。
身体が、近い。少し動いただけで密着してしまいそうだ。だから私は動かないように、さらに意識しないようにぎゅっと目をつむった。
首の後ろで小さい音がすると、やっとエルが離れた。
彼と距離をつめるのは嫌ではないのだが、心臓に悪い。
「目、開けてみて」
そう囁かれて目を開け、胸元を見てみればそこにはエルの瞳の色と同じ、エメラルドの宝石がかかっていた。つい先程加工してもらったアクセサリー。それは淡く輝いており、とても綺麗だ。宝石に興味など微塵もなかったのだが、これには心を惹かれた。
「綺麗……」
「ああ、綺麗だ。ユミルにとても似合ってるよ」
「そんな……ありがとう」
彼の褒め言葉を否定しようとしたが、やめて感謝を口にした。素直に受け入れるだけで、私は凄く嬉しくなった。単純だと思うが、これでいいのだろう。
「さて。楽しい時間もこれで終わりだね」
「あ……」
気づけば、陽は傾き空が朱色に染まっていた。もう少しすれば真っ暗になってしまうだろう。
「そう、だね」
「今日はありがとう。ユミルと一緒にいられてとても楽しかったよ」
「私も楽しかった。時間があっという間だったよ。出来れば、もっと一緒にいたいけど……」
いたいけど、無理だろう。私は語尾を消し、口をつぐむ。
正直に言えば、彼と別れるのは寂しい。
「……ユミル。そんな可愛いことを言われたら家に返したくなくなるんだけど」
「えっ?」
エルの言葉。その意味を考え、私は純粋に思ったことを口にした。
「……別に、いいよ」
そう、それでも構わない。エルと少しでも長く一緒にいられるなら。両親や侍女に怒られることなど、どうでもよかった。
彼を見上げながら言えば、エルは眉をひそめた。何か間違っただろうか。
「ったく、君は……!」
「へ……きゃっ」
私は彼に少し強引に、しかし優しく抱き締められた。彼との距離が一気にゼロになる。身長差もあり、私の頭は彼の胸元へ。
ぎゅっと押さえられているため身動きがとれない。耳で彼の心音を聴き、全身で彼の体温が感じられる。まるで幸せに包まれているよう。彼の腕の中は優しさに満ちていて、安心できた。
おずおずと彼の背中に手を回せば、さらに強く抱き締められた。
「エル……」
「……ユミル」
好き。エルが好き。その想いは言葉にしたくても、できなかった。
どのくらいの時間がたっただろうか。やがて腕の力は緩み、私たちは離れた。
なんというか、真正面から顔が見れない。
「じゃあ、また明日。いつもの場所で会おう」
「うん。……ねえ、エル」
「なに?」
「また、一緒に出掛けたい。って言ったら……迷惑?」
「そんなわけない。時間があったらまたデートしようか」
「……うん」
もう、お別れなのか。
離れたくない。別れたくない。もっともっと、一緒にいたい。
でもそれは、叶わぬ願いだった。
「また、明日。エル」
泣きそうになるのをこらえ、私は笑顔でそう言った。大丈夫、まだ。
私はエルに背を向け、帰路を歩き出した。少し行けば、侍女が私の斜め後ろに立つ。
振り向きたい。そんな思いを胸の奥にしまい、私は家に帰るのだった。