3話
この話でデートシーンは終わるはずだったんですが、加筆したら結構な量になってしまったので分けました。元々このシーンは長かったんですけど、何をやっているんでしょうねぇ。
まずは前半部分だけどうぞ。後半は明日更新します。
二人がなるべくいちゃいちゃできるよう頑張りました。
翌々日。
私は侍女に調達してもらった平民の服を着て、約束していた場所でサリエルくんを待っていた。
目の前ではたくさんの人々が行き交っている。楽しそうに歩いている人が多いが、私は彼らに微塵も興味を持てなかった。
いや、そんなことよりも。
「ちょっと早く来すぎましたか……」
私は懐中時計を見ながら呟いた。
約束の時間まであと二十分はある。もう十分程ここで待っている。どうやら、私は少々浮かれていたらしい。
ふぅ、と反省するように息を吐く。下げていた視線を上げて前方を見れば、何やらニヤニヤした二人組が私の方へ近づいてきた。
何の用だろう。
いや、きっと私じゃない。私の周りにいる誰かと待ち合わせでもしているんだろう。ほら、丁度私の斜め後ろにいる女の子とか。
「ねぇそこの綺麗なお姉さん。俺たちとデートしない?」
デート、とは親しい一組の男女が出かけることだったはず。相手は二人、私は一人だ。数が釣り合わない。だから私じゃない。
「ちょっと、聞いてる? 君に言ってるんだよ?」
何やら耳に雑音が入ってきている。少々不快なため移動したいが、生憎待ち合わせ場所はここなのだ。
「おい、無視すんじゃねーよ!」
と、目の前に立っていた二人組のうち一人が私のか肩を掴もうと手を伸ばしてきた。私に触ろうだなんて、ありえない。万が一触られたとしても隠れている私の護衛が彼らを締め上げるだろう。
まあ、指一本たりとも触れさせやしないのだが。正確には、触れない。
彼の手は私が常時展開している結界に弾かれた。
「いってぇ! 何だこれ!?」
「申し訳ありませんが、私に触れるのは私が許可した人物だけです。どうぞお引き取りを」
「このアマッ……!」
彼は害虫のように扱われて、その顔に怒りを浮かべる。そしてあろうことか、魔力を高ぶらせ始めた。まさか魔法を使う気か。
私は結界を強化するため魔力を練る。
「炎よ、この__」
「ディスペル」
彼の手のひらの上に集結しはじめていた、炎と呼ぶには小さすぎる熱の欠片は、解呪の一言で霧散した。
解呪の魔法は他人の魔法に干渉するため、かなりの高等技術である。それを一言で使ってみせるとは。
魔法が強引に解かれたことに、男は目を見開く。
「なっ……!」
「ごめん、待たせた」
人の流れから出てきたのは、私が待っていた人である、サリエルくんであった。
こちらに歩いてくる彼に、小さく手を振ってみる。すると彼は手を振り返してくれた。それから心配そうな目で確認される。
「大丈夫か?」
「はい。何もされていません」
「それはよかった」
彼はほっと胸を撫で下ろすと、ナンパ二人組に向き直る。
「それで、君たちは俺の彼女に何のようなんだ?」
恐ろしい程冷たい声だ。それに加えて冷たく睨まれれば、彼らは気圧されて後退した。
「い、いや何でもねぇ。チッ、彼氏持ちかよ……」
「行こうぜ、こいつらなんかやばそうだ」
「だな」
二人組は私たちを変な目で見、そそくさと去っていった。自分から話しかけておいてやばそうとは、失礼なやつだ。
先程とはうってかわって、サリエルくんは優しげな声で謝った。
「ごめん、俺が遅れたせいでこんな目にあわせてしまって。ユミレット、本当に何もされてない?」
彼は心配なのか、顔を覗きこみながら尋ねてくる。
「大丈夫です。結界がありますし……それに、サリエルくんが来てくれましたから」
「そっか」
これで本当に安心したのだろう、彼はこれ以上聞いてくることはなかった。
と、何かを思いついたように尋ねてくる。
「さっき思ったんだけどさ、人前で名前って呼べなくないか?」
「そう……ですね。私は一応貴族ですし、そのままでは少々……」
そんなことはないとは思うが、万が一私が平民の服を着て、街を歩いてるなんてことが噂されたら、家に迷惑がかかってしまうだろう。言い訳のしようはあるが、噂は悪い方に流れるのがほとんどだ。
「だから、愛称で呼び合わないか? 嫌だったらいいんだけど」
愛称。確かにそれなら名前からバレることはないだろう。でも、私は誰にも愛称で呼ばれたことがない。つまり愛称がないのだ。
パッと思いついた略称でいいかと、私は了承した。
「……いえ、そうしましょう。では、ユミルと呼んでください」
「わかった。俺のことはエルと呼んでくれ。ユミル」
「エル……」
初めてだ、こんなに親しげに名前を呼び合うのは。
「……なんだか、新鮮ですね」
そう言うと、彼も同じようなことを思ったのか、苦笑する。
「ちょっと気恥ずかしいな」
「愛称で呼び合うなんて、初めてです」
「俺もだ」
顔を見合せ、二人して笑う。こんな提案をするくらいだから呼ばれ慣れてると思ったのだが、違ったらしい。それが何だか、嬉しかった。
「と、そうだ。ユミル。平民を装うなら敬語も止めにしないか?」
「はい? ですが……」
ため口なんて滅多に使わない。学校でも家でも敬語なのだ。使い慣れていないからと言い訳をしようとすると、その前にエルが口を開いた。
「言い訳はなし。ため口、使えないことはないんだろ?」
「……わかり、いえ。……わ、わかった。これでいい? エル」
「ああ。ぐっと距離が近くなった気がするよ」
エルは嬉しそうに笑う。その表情がなんだか眩しくて、私はつい顔を背けてしまった。何だか恥ずかしいというか、何とも言えない気持ちだ。
「じゃ、行こうか」
私の失礼な態度など気にせず、彼は私の手を取った。思わぬ接近につい驚いてしまう。
「へっ?」
「今日はユミルを目一杯楽しませてやろうと思って。手、繋ぐの、嫌だったら振り払ってくれていいよ」
と、彼は言うがその顔と手を見るに、離す気はなさそうだ。私もそんな気はないので首を横に振る。
「ううん。嫌じゃない……」
「それは嬉しいな」
嬉しいと正直に言えなかった私の答えでも、エルは喜んでくれた。
手を繋いで、街へ繰り出す。先程までは一つとして興味を持てなかったそれは、まるで世界が変わったようにキラキラと輝いていた。
まず彼に連れていってもらったのは、屋台だった。
「ここはいつも賑わってる通りで、こういった呼び込みの声が絶えないんだ。ユミルは平気?」
聞けば、人混みや騒がしさが苦手な人が知り合いにいたらしい。私は別に気にならないので何ともなかった。
「うん」
「じゃあクレープでも食べようか。すみません、クレープ二つ!」
エルが硬貨を渡しつつ店主にオーダーすると、ほどなくして二つのクレープが手渡された。それから一つを私に差しだす。
「はい」
「ありがとう。これ、いくら?」
「いいよ、そんなの。遠慮せずに楽しんで」
「でも……」
奢ってもらうのは申し訳ないと思うのだが、エルは引かない。
「だったらこうしよう。ユミル、一口食べてみて」
催促され、不思議に思いつつも手元のクレープを食べる。すると、ふわっと口の中に甘い味が広がった。
「美味しい……!」
「でしょ? じゃ、そっち一口ちょうだい」
「え? はい」
ちょうだいと言われたので差し出すと、彼は受けとらずにそのままぱくりと食べた。
思わぬ行動に、私は呆気に取られる。
「え……」
「うん、こっちの味も美味しい」
美味しいのは認める。でもそんなことよりも。
「え、エル?」
その行動の意味を問いかけると、彼は意地悪そうに口の端を上げた。
「間接キス。これが代金ってことで」
どんな代金だ。
言葉として聞くと、恥ずかしくなって私は俯いた。多分顔は赤くなっているだろう。
「嫌?」
「そんなこと、ない」
嫌じゃないが、恥ずかしさはある。それにきっと彼は私が拒まないことをわかってやっている。エルはそれなりに意地悪なのだった。
やられっぱなしは何だか不本意なので、やりかえそう。
「っエルのも、一口ちょうだい」
「いいよ? どーぞ」
何の躊躇いもなく差し出される。
勢いで言ったのはいいが、思えば彼の食べかけを口にするというのは、なかなかにハードルが高い。
「食べないの?」
悪戯な笑みを浮かべるエル。ええい、こうなったらやってやろう。
「っ食べる。はむっ」
恥ずかしさをこらえ、目をつむってクレープを口にする。が、味がわからない。きっと美味しいのだろうが、私の脳はその信号を受けとることを拒否していた。
「美味しい?」
「美味しい……たぶん」
彼のと私のクレープは味が違うが、きっと美味しいはずだ。
そう思って言ったら、エルは息を吹き出した。
「ははっ、なんだよそれ」
「わ、わかんないんだもん」
「あははははっ」
エルは心底楽しそうに笑う。笑わないでと文句を言ってみるも、それはぬかに釘だった。
笑いが収まったのは、しばらくしてから。
自由な彼に文句を言ってみる。
「もう……笑いすぎ」
「ごめん、おかしくて」
「何もおかしくないよ」
「そうだね、ごめん」
しまった、二回も謝らせてしまった。こんなはずじゃないと、言い訳をする。
「別に謝って欲しいわけじゃ……私のほうこそ、ごめんなさい」
「あれ、どうして謝るの?」
「な、なんとなく」
言ってからなんとなく謝るってなんだ、と自分にツッコむ。
なんだか恥ずかしくなって私はクレープを頬張った。美味しい。きっと、彼と一緒に食べるからだ。
歩きながら食べ続け、食べ終わったころに広場に出る。
そこでは奇抜な服装をした男性が何か芸を披露していた。言うなれば、ピエロだ。
「ここでは吟遊詩人だったり、ああいう芸者が日替わり街を盛り上げてるんだ。せっかくだから見ていかないか?」
「うん、面白そう」
雰囲気にのまれたのだろうか、私はそう答えていた。
私たちはピエロの元へ向かう。彼の前にはたくさんの人が見物に来ていた。
丁度ひとつの芸が終わったらしく、ピエロは声を張り上げる。
「お次は~これ!」
そう言って取り出したのは数本のナイフ。それと後ろに立っている板を示す。
「では、ミーの芸に協力してくれる人はいるかな~?」
問いかければ、ノリが良いのかたくさんの人が手を挙げた。
「いいねぇ、じゃあそこの帽子被ったユー! そう、ダンディな顔した君! こっちに来てくれ!」
「お、俺?」
指名された男性は戸惑いの声をあげる。そういえばこの人は手をあげていなかった。なんとも災難なことだ。
男性は周りを見回しつつ、ピエロの示す板の前に立つ。
「ユー、名前は?」
「あー、と、匿名で」
「では匿名さん! そのまま動かないでくださーい!」
ピエロは元気よくそう指示すると、ロープを取り出して板に匿名さんをくくりつけた。
「これから~、投げナイフを行いまーす! この匿名さんに当たらない、ギリギリのところへこのナイフを突き刺しまーす!」
「おいっ?」
匿名さんは身に降りかかった災難に戸惑う。しかしもう後には引けない。大惨事になることはないだろうから、そのままじっとしてるのが一番良いだろう。
ピエロは少し距離をとって匿名さんに向き直る。
「匿名さん動かないでくださいね~、まず一本!」
指の間に挟んだナイフを、腕を振ることで投げる。そのナイフは匿名さんの頭の上に刺さった。ただし、髪の毛一本かすっていない。
すごい。
「次は~二本!」
二本同時に投げ、それらも匿名さんの身体のギリギリに刺さる。
そこから三本、四本と投げ、合計36本を投げたところで終わった。
匿名さんはやっと解放されたのだが意気消沈している。お疲れ様だ。
「上手いね」
と、私の隣でエルが呟いた。その感想は今の投げナイフに対してだろう。
「……そうだね」
彼も私と同じことを思ったようだ。
ピエロは調子良さそうに宣言する。
「では次で最後となりまーす! 最後は~運命診断! 恋人のいる方は相性を、まだ独り身の方は将来の行方を診断いたしまーす! ミーの芸に協力してくれる人はいるかな~?」
と、先程と同じように多くの人が手を挙げる。ピエロは嬉しそうに頷くと、私の隣を指差した。
「へい、そこのユー! そう、そこの可愛い彼女連れたイケメンのユー! こっちに来てくれ!」
指名されたのはエルだった。私は彼を見上げてみた。エルはあまり気乗りしなさそうな顔をしていた。そんな彼の袖をちょっとつまんでみる。
「エル、呼ばれてるよ?」
「うん……ユミルとの相性か。なんとも言えないんだけど」
でも結局は占い、所詮は占いだ。確実性はない。
これはただの娯楽だ。だからこう説得してみた。
「面白そうだよ」
「ユミル、こういうのあんまり興味ないんじゃない?」
「うん。でも、エルがやるから」
「そういう……?」
エルは微妙な顔をしながら、前へ出た。ピエロは先程と同じように名前を聞く。
「ユー、名前は?」
「通りすがりの人で」
「では通りすがりの人、こちらの二枚のカードをお持ちくださーい!」
手のひら程の大きさの白いカード。それをエルは受けとる。
「その二枚のカードに魔力流してくださーい。白く発光するまでお願いしまーす」
「こうかな?」
言われた通りやれば、二枚のカードは白い輝きを放った。
「そうですそうでーす。その一枚はユーが持っていてくださーい」
「もう一枚は?」
「もう一枚は彼女さんに渡してくださーい。手渡しは面倒なので投げちゃって」
「わかった」
と、エルが私の方を見る。受け取って、と目配せするとカードを緩やかに投げた。それは綺麗な放物線を描いて私の手元に収まった。
「彼女さーん? ちゃんと持っててくださいねー? では、イッツショーターイム!」
パチン、とピエロが指を弾く。すると私の手元のカードと、エルの持っているカードが浮き上がった。
「わっ」
つい驚いて、そう声を出してしまった。
二枚のカードは上空でピタリと貼り付き、それから眩しいくらいの光と共に紙吹雪となって会場に降り注いだ。
紙一片一片が光を放っているため、見上げた空の景色は幻想的で、目を奪われてしまうような美しさに染まっていた。
私だけでなく、周りの客も、通りすがりの人も、皆が皆その光景に見いっていた。
ピエロは満足そうに大きく手を叩く。
「ブラボー! どうやらユーたちは相性が最高のようですねー! これからも仲良くやってくださいねー! ただし、この相性診断は正確じゃないので当たらなくてもあしからず」
「それはわかってるよ」
ただの気休めだとピエロは自分で言ってのけた。いいのか、それで。
エルはステージから降り、私の隣に戻ってくる。
「本日のショーはこれでおしまいでーす! 次は3日後に行いますので、興味を持ってくれた方は、是非また見に来てくださーい!」
会場がワッと拍手で包まれる。そんな中、ピエロは綺麗な礼をした。
「さて、次行こっか」
「うんっ」
楽しかった。こういった芸をここまで楽しめたのは初めてだった。できたら、またエルと二人で来たい。