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2話

 それからサリエルくんとは毎日のように話す仲となった。不思議なことに、授業が終わってすぐに薔薇園へ行ってみてもお茶の準備が整っている。本人が言うには魔法でどうにかしているようだ。

 友達というものが何なのかうっすらとわかってきたようなある日、こんなことを切り出された。


「二人で街に出掛けない?」

「……街、ですか?」


 聞き返すと、サリエルくんは頷いた。


「ああ。ユミレットはあんまり街に降りたことないだろ? だから気分転換にいいと思って」


 確かに、物珍しいものを見ることはできるだろう。でもきっと私が興味をもつものはないだろう。

 彼には既に私が人生に退屈していることは話している。だからこんなことを言い出したのだろう。

 私は街には興味がない。でもサリエルくんと出かけるならば、退屈しないのではないか。


「そうですね。……いいですよ」

「本当か? 誘っておいてなんだけど、王子殿下のことはいいのか?」


 殿下のことを持ち出されて、私はムッとした。


「殿下は関係ありません。私は婚約者候補筆頭なだけですから。婚約者ではありません」


 きっとわかっていて私に言わせたのだろう。彼はふっと微笑んだ。


「よかった。断られたらどうしようかと思っていたんだ」


 そう言う彼に顔を見る限り、そんなことは思っていないことが窺える。

 まあその通りなのだが。


「サリエルくんの誘いなら断りませんよ」

「え?」


 彼は何か不思議なことでも聞いたように驚いた顔をした。珍しい。

 私は変なことでも言っただろうか。不思議に思っていると彼はため息をついた。失礼な。


「自覚なしか。……いい? ユミレット、今のは君が俺のことを好きみたいに聞こえるんだ」

「はい」


 友達なのだから当然だろう。と、思ったのだが。


「__あっ」

「気づいた?」


 そうか。私が彼に恋愛感情を持っているというように聞こえるのか。

 ようやく気づいた私はつい顔を赤くしてしまった。


「あ、そ、その……他意はありません。友達だからという意味です」

「そうだろうね。ユミレット、君はコミュニケーションがあまり得意ではないみたいだ」

「それは……今更でしょう」

「そうだったね」


 くくっと彼は楽しそうに笑う。なんだか居心地が悪くなって私は文句を言った。


「……笑わないでください」

「いや? 君が俺の前ではいきいきしてるのがが嬉しくて」

「そうなのですか?」

「ああ。コロコロ表情が変わって、とても可愛いよ」

「か、可愛い……」


 彼に面と向かってはっきり褒められるのは初めてだった。だから気恥ずかしい。

 と、そこで予鈴が鳴った。そろそろ午後の授業が始まる。

 私は立ち上がり、一礼する。


「それでは、失礼します。明後日は楽しみにしています」

「ああ、期待していてくれ。君を退屈させないと誓うよ」


 後片付けは彼が全てやってくれてしまうので、私は先に教室へ戻った。

 すると。


「ユミレット様、何か良いことでもありましたの?」

「はい?」


 普段はあまり話しかけて来ないような令嬢が、笑顔を浮かべつつ話しかけてきた。何でそう思ったのかと聞き返すと、彼女は弧を描く口元を隠した。


「だって、いつも表情ひとつ変えないユミレット様が笑っているんですもの。何かあったのかと思うのが自然ですわ」

「……私、そんな顔をしていましたか?」

「ええ。とても可愛らしい笑顔でしたわ。失礼ですが、何があったんですの?」


 そう聞かれて、私はサリエルくんのことを思い出す。彼のことを話すのは簡単だが、あまり話したくないという気持ちもある。彼とのあの心地よい時間を知られたくない。

 だから、隠すことにした。


「何でもありません。午後の授業が気になっただけです」

「そうですか。では良い気分のところ申し訳ありませんが、一つ伝言がありますの」

「伝言、ですか?」

「ええ。マリアベルさんから」


 おや、彼女からとはなんだろう。また殿下になにかされたのか。


「聞きましょう」

「何か相談したいことがあるそうですわ。放課後、噴水前で待っていると」

「わかりました。伝言、ありがとうございます」

「いえ、これくらい構いませんわ」


 彼女にお礼を言い、私は席についた。

 相談したいこと。良いことではないのは明らかだ。面倒事の予感がする。

 私はこっそり溜め息をついた。


   *


 放課後。私は学園の中庭にある噴水の前に行くと、ベンチにマリアベルさんが座っていた。

 彼女は私に気がつくと、すぐに立ち上がって頭を下げた。


「ヴァルスタイン様、お呼びだてして申し訳ありません!」

「いえ。それからここは謝る場面ではなく、感謝を伝えた方が適切ですよ」

「はい! お越しいただきありがとうございます」


 元気に返事をすると、言った通りに感謝を口にした。

 素直でとてもいい。殿下も見習ってほしいところだ。

 さて、挨拶はこれくらいにして本題に入ろう。


「それで、相談したいこととは何でしょう?」

「はい。実はわたし、嫌がらせをされているんです」

「嫌がらせ?」

「そうなんです。少し見ていただけますか?」


 彼女はそういいながら、鞄から傷つけられた靴と、インクで汚れた髪飾りを取り出す。それから上着を脱ぐと制服の背の部分が黒く染まっていた。


「これは今日されたものです。嫌がらせは一週間程前から始まりました。これ以外にも、教科書とか、ペンケースとか、色々なものが壊されていて……」

「……なるほど」


 確かにこれは嫌がらせだ。正確に言うならば、幼稚で悪質ないじめ。くだらなさすぎてあくびが出そうだ。しかし彼女にとっては深刻な問題なのだ。平民には制服も靴も高価なものだろう。


「犯人は誰かわかっているのですか?」


 ダメ元で訊いてみる。わからないからこそ相談してきたのだろうが、一応。

 すると案の定、マリアベルさんは否定した。


「いえ……。誰がやっているのかはわかりません。このインクも、窓から投げられた物のようで、姿は見えませんでした」

「そうですか……」


 悲しそうな彼女の表情を見て、私は思考を巡らせる。

 犯人は貴族の令嬢だろう。その動機は殿下のお気に入りであることが気にくわない、といったところか。

 これは貴族の問題だ。彼女にそれらを伝える必要はないだろう。彼女に必要なのはいじめの終結。それだけだ。

 面倒だが、放置しておくとさらに面倒なので引き受けることにした。


「わかりました。私が何とかしましょう」


 問題が解決するかもしれないと、彼女は瞳を明るくした。そして勢いよく頭を下げる。


「ありがとうございます……! 本当に、誰に相談したらいいかわからなくて……」

「私に言ったのは正解でしたよ。人に話すのも勇気が要るでしょう?」


 そう、一人で抱えこむのは簡単だが、人に頼るのは難しい。平民と貴族という差があれば尚更だ。

 私は口角を上げ、頑張ったとばかりに微笑んだ。


「ヴァルスタイン様……」


 なにか奇妙な視線を感じるが、まあ気にしなくて良いだろう。


「では、私はこれで__」


 と立ち去ろうとしたとき、耳障りな声が聞こえてきた。そう、殿下だ。

 彼は校舎の方から歩いてくると、早速いちゃもんをつけてきた。


「ユミレット! 何をしている!」


 何もしていない。


「これは殿下、偶然でございますね」

「白々しい……! 貴様、マリアに何をしていた!」

「何もしておりません」


 とりあえず否定しておく。

 それにしても、やはりこうなった。嫌な予感的中だ。殿下は私の言葉など何一つ聞かないだろうから、一方的に言いがかりをつけられるのだろう。私は内心で溜め息をつく。

 殿下はマリアベルさんの黒く汚れた制服を見て表情を歪めた。マリアベルさんは慌てて上着を着て、それを隠そうとする。恥ずかしいだろうし、早く隠すべきだ。


「マリア、大丈夫か?」

「あ、あの殿下、わたしは何もされていません」

「こんな姿をして何を言っている」


 彼女は慌てて首を横に振りながら上着を着ようとする。と、殿下は上着を取り上げた。何をやっているんだ、こいつは。

 殿下は私を見た。


「おいユミレット。これはお前がやったのか?」

「いいえ」

「嘘をつくな」


 どうしてこうも話が通じないのだろう。

 マリアベルさんは殿下を説得しようと懸命に声をかける。


「ですから殿下、わたしはヴァルスタイン様からは何も……」

「マリア、かばうことはない。ユミレットが怖いなら俺が守ってやる」


 言ってることはいいことなんだろうが、状況が状況だけにダサいとしか思えない。


「はぁ……」

「何だその溜め息は! ちゃんと反省しているのか!?」


 しまった。つい溜め息がついてしまった。だがこれは仕方ない。出てしまったものは仕方ないのだ。

 私もそろそろ限界だ。ここは言い返させてもらおう。


「……何もしていないのに、何を反省する必要があるんですか? 証拠もなしに人を疑うのはやめた方がいいですよ」

「証拠ならここにあるだろう! マリアの汚れた制服が何よりの証拠だ!」

「確かにそれはマリアベルさんがいじめられていると言う証拠にはなりますね。ですが、私がやったという証拠にはなりません」

「なんだと……?」


 わからないのか。どれだけ頭が悪いんだ。

 私はさらに息を吐きだす。


「私が何を言っても殿下には通じないようなので、説明は控えさせて頂きます。では、私はこれで失礼します」


 今なら良いタイミングだと、私は言葉を捲し立てて一礼し、その場を立ち去ろうとする。

 すると当然殿下の怒鳴り声が聞こえてくるわけで。


「待てユミレット! まだ話は終わっていない!」

「私の方はお話など一つとしてありません」


 お前に用はない、と。背後から聞こえてきた声に言い返し、足早に歩く。追って来ないようなので、私の勝ちだ。

 マリアベルさんはきっと上手くかわせるだろう。幸運を祈っておけば問題ない。

 ああ、それよりも、高揚していた気分が一気に落ち込んでしまった。私の心の中は不快感で一杯だ。この気持ち、どうしてくれよう。

 私は苛立ちを心の奥底にしまいつつ、別のことを考えることにした。

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