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1話

 閲覧いただきありがとうございます。

 奏亜と申します。毎日投稿できるよう頑張りますので、どうぞ最後までお付き合いください。

 誤字・脱字・表現など変な点があったらご指摘いただけると、作者が泣いて喜びます。

 私の名前はユミレット。

 王国のヴァルスタイン公爵家の令嬢だ。幼少時から厳しい教育を受け、学園に入った今は全生徒の模範と呼ばれている。

 私は、何でもできた。勉強も、礼儀作法も、ダンスも。魔法だって難なく習得することができた。

 だからこそ私は何にも興味が持てなかった。努力なんてしなくてもできてしまう。真剣に取り組むことなんてしたことがなかった。

 退屈だ。今こうして生活していても、未だ人生に魅力を感じることができていない。

 私は能力的には優秀なのだろうが、人間的には落第者だ。

 さて、自己紹介も終わったところで。

 今は昼食休憩の時間だ。他の令嬢たちに囲まれないうちに1人になれるところへ行こう。

 教室を出て、廊下を歩く。

 この学園には貴族が多い。学費が免除される特待生として入ってきた平民もいるが、それはごく少数だ。だから、外で食べるものは少ないだろう。テラス席とかは別だが。

 人気のない場所を求めて歩いていると、前方に知り合いが見えた。彼は一人の女子生徒と一緒だ。

 知り合い、彼はこの国の第二王子、ジルクス・エル・スタンラード。不本意ながら私は彼の婚約者候補筆頭だ。こんな私を筆頭にするなんて、国王様は見る目がない。

 すれ違うにも無視するわけにもいかず、私は立ち止まって礼を取る。すると殿下は嫌そうに顔をしかめた。そんなあからさまな反応をするなんて、それでも王族か。


「ユミレットか。また俺に小言を言いに来たのか?」


 何か変な勘違いをしているようなので、私は首を横に振る。


「いいえ。それから小言ではなく忠告です」

「ものは言いようだな。俺はこれからマリアと昼食を取る。お前はさっさとどこかへ行け」


 殿下は後ろにいた女子生徒を抱き寄せる。

 彼女はマリアベル。平民だ。類稀な魔法の才能があり、頭も悪くない。殿下にはもったいないくらいに優秀な人物だ。殿下は私が彼女を嫌っていると勘違いしている。確かに容姿は良いし、能力も高いが、何せ興味がない。好いても嫌ってもいないのだ。

 ただ少々気にかけてはいる。その理由は、今のこの状況が物語っている。

 マリアベルは殿下のお気に入りだが、彼女は殿下のことを迷惑そうにしている。目の前の彼女は殿下に抱き寄せられたことで顔を青ざめさせ、体を震わせ、私に視線で助けを求めている。可哀想に。

 面倒だが、助けてあげるとしよう。


「失礼ながら殿下。マリアベルさんには用事があるようです」

「なに? それは嘘だな。用はないと本人から直接聞いた」


 殿下は怪訝そうな顔をする。

 そりゃ王子から誘われたら断れないだろう。そう思いながら私は再び首を横に振る。


「いいえ。実は魔法科の先生が彼女に用事があるそうです。私は伝言を頼まれてマリアベルさんを探していたのです」

「教師の用事など、いつでもいいだろう」


 何を言っているのだろう。ここは学園だというのに。


「殿下。あなたは今は学園の生徒です。先生の方が立場は上になります」

「なるわけないだろう」

「では、マリアベルさんに迷惑がかかりますが、それでよろしいのですか? 行かなかったら叱られるのは彼女です」


 多分これならいけるはず。殿下は考えこむ仕草を見せると、仕方無さそうに頷いた。


「いいだろう。マリア、早く行くといい」

「あ、ありがとうございます! ヴァルスタイン様も、伝えてくださってありがとうございます。失礼します!」


 マリアベルは助かったとばかりに顔を輝かせ、小走りで行った。仕草で感謝を伝えることも忘れない。礼儀正しい良い子だ。

 彼女がいなくなったことで、殿下も去っていった。


「はぁ」


 溜め息をつく。本当に面倒くさい。なんで私がこんなことをしなければならないのか。つまらなさすぎて大変なことをしでかしてしまいそうだ。

 まあ終わったことだし、もう忘れよう。

 私は再び歩き出す。そういえば薔薇園はあまり人が寄り付かないのだ。そこならば一人になれるだろう。

 薔薇園に来てみれば、まず薔薇のいい香りが広がっていた。色とりどりの薔薇が至るところに咲き誇り、美しい風景を作りだしている。こんな素晴らしい場所、どうして今まで知らなかったのだろう。

 周りを見渡してみても人の気配はしない。やはりここに来て正解だった。


「ここなら安全に時間をつぶせそうですね」


 時間いっぱいまでここにいよう。そして明日からも来よう。

 薔薇園はどのくらいの広さだろうと歩き回ると、丁度拓けた場所にテーブルと椅子が置いてあるのが見えた。テーブルの上には軽食が置かれている。どうやら先客がいたらしい。姿は見えないが。

 一人だと思ったのに、残念だ。私は踵を返して立ち去ろうとする。


「__よければ、お話していきませんか?」


 突然話しかけられて、バッと振り返る。薔薇のトゲで指先を切ってしまったが、そんなことはいい。

 振り返ったそこには、一人の男子生徒が微笑んでいた。

 見たことのない顔だ。きっと平民だろう。鮮やかな青髪にエメラルドのような瞳。高身長に、制服の上からではわかりづらいが鍛えられた体をしている。彼の雰囲気はとても神秘的で、自然と惹き付けられてしまうような魅力を感じた。

 目を奪われる。私は彼に見とれていた。


「突然話しかけてすみません。俺はサリエルと申します」


 彼はサリエルというらしい。名乗られたのならばこちらも返さなければ。


「……私はユミレット・ヴァルスタインと申します。以後、お見知りおきを」

「ヴァルスタイン様。ちょっと失礼」


 サリエルはそう言うと、私の手をとった。何をするのだろうと思うと、そういえば指先を切っていたんだったと思い出す。

 彼は傷口に唇を近づけ、ちゅっ、とキスをした。

 ……え?


「ヒール」


 魔法名が唱えられると、治癒魔法が発動して傷が治っていく。淀みない魔法行使だ。

 ってそうじゃなくて。

 最初のキスは何だったのだろう? 魔法にそんな行動をする意味なんてなかったはずだが。

 私は彼の眼をチラッと見ると、彼は微笑んだだけだった。たぶん話す気はないのだろう。ならば私も気にしなければいい。

 頭を下げ、お礼を言う。


「傷を治していただき、ありがとうございます」

「いえ。そのお礼といってはなんですが、俺とお話しませんか?」


 彼はそばにあるテーブルを示す。

 これはお茶に誘われているのだろう。彼は初対面だし、お礼を要求してくるのだが、何だか悪い気はしない。一人になりたかったはずなのに、彼となら一緒にいてもいいと思った。


「喜んで」


 そう返事をすれば、彼はほっとしたように目を優しげに細めた。


「よかった。では、どうぞここに」


 二つあった椅子のうち、片方をひいて座るよう促してくる。私は言われるままに座った。

 テーブルの上には軽食の他、ティーカップやポットもあった。彼はそれらを使い、手際よく紅茶を淹れた。それから私の対面に座る。


「ヴァルスタイン様。俺のことはサリエルと、呼び捨てで呼んでください」

「呼び捨て、ですか?」

「はい」


 彼は有無を言わせないような笑顔で見つめてくる。が、さすがに初対面で呼び捨てはハードルが高い。

 ならば妥協案として。


「では、サリエルくんと呼ばせてください。サリエルくんも私のことは名前で。敬語もいりません」


 言ってから、あれ、と思う。何でこんなことを言っているのだろう。名前で呼ぶことを許しているのは家族だけなのに。ちなみに殿下は勝手に呼んでいるだけだ。許可は出していない。


「いいんですか?」

「はい、構いません」


 彼に確認されてから、私は確かに許可を出した。たぶん彼と話しやすいから許したのだろうと結論を出す。


「じゃあ、ユミレット嬢。これでいいかな?」


 ため口なのに、その呼び方は違和感がある。そう思って、さらに注文を入れた。


「呼び捨てでお願いします」

「……ユミレット」

「はい」


 サリエルくんは少々遠慮がちに私の名前を口にした。なんとなくしっくりくる気がして、満足した。


「……実は俺、平民だけどいいの?」


 眉を下げながらそう言ってくる。なんだ、そんなことを心配していたのか。


「それは初めから知っていますよ。だからいいんです」

「そっか。じゃあそっちも敬語なんて使わなくていいよ」

「いえ。……私のこれは癖なので」

「そうなんだ。じゃあ、よろしく、ユミレット」

「はい。よろしくお願いします、サリエルくん」


 そこで会話は一旦区切られ、私は紅茶を一口飲んだ。

 ふと、サリエルくんはこんな質問をしてきた。


「ユミレットは、薔薇が好きなの?」

「いいえ?」


 興味がないので否定する。のだが、この薔薇園に来たときはつまらないものだとは思わなかった。何故だろう。


「……あれ、じゃあなんでここに来ようと思ったんだ?」

「一人になりたくて」

「友達はいないのか?」

「いません。必要とも思いません」


 話相手には困らないが、それ程親しい人はいない。

 彼は何が気になるのか、さらに質問を重ねる。


「そう? じゃあ、俺のことは友達だと思ってない?」

「それは……」


 その問いに、私は口を閉ざした。

 どうなのだろう。いや、そもそも私とサリエルくんは今日出会ったばかりだ。それなのに友達だとか言って良いのだろうか。

 いや、それよりも。

 友達だ友達じゃない以前に、そもそも友達とはなんだろう。

 そんな疑問が浮かんできて、考えがまとまらないまま声に出す。


「……友達って、何なんでしょう?」

「それは、難しい質問だね」


 唐突なその疑問に彼は表情を固くすると、顎に手を当てて考える。


「友達と言っても色んな基準があるよね。よく話をする仲だとか、好みが合うからとか、互いのことを好ましいと思ってるからとか。でも……」


 一旦そこで言葉を切る。そして何を思ったのか私の手を握った。


「サリエルくん……?」

「本人同士がそう思ってればいいんじゃないかな」

「え?」

「俺とユミレットが、お互いを友達だと思ってればいいってこと。君は俺のこと、嫌い?」

「いえ、嫌いでは……」

「じゃあ、好き?」


 好きか、と問われるとどうなんだろう。嫌いではない。ただそれだけで、それ以上はわからない。


「わかりません」

「そっか。今はそれでいいよ」


 彼は意味深に微笑むと、別の話題に切り替えた。


「ユミレットは、甘いものは好き?」

「はい?」

「実はケーキ用意してあるんだけど、食べないかなって」


 テーブルの上にケーキ類はない。空間収納にでもしまってあるのか。

 ひとまず、彼の質問に答えなければ。

 私は基本好き嫌いはない。何かを食べて美味しいと思ったことはないのだ。逆に不味いと思ったこともない。

 だから、こう答える。


「嫌いではないです」


 と言うと、サリエルくんは少し吹き出した。


「何それ。変わった答えだね。女の子は甘いものが好きだと思ったんだけど」

「大半はそうですね。でもそうではない人もいるんです」

「そっか。知り合いが甘いもの好きだったからなー」

「知り合い、ですか?」


 その知り合いはきっと平民だろう。私は何だかその人のことが気になった。

 訊いて見れば、サリエルくんは首を横に振った。


「ううん、何でもないよ」


 誤魔化された。でも、目の前にいる彼の表情はどこか悲しそうで、それ以上は訊けなかった。

 この微妙な雰囲気を払うように、私は彼に質問した。


「サリエルくんは、甘いものは好きですか?」

「俺? そうだな、好きだよ。というか、基本嫌いなものはない」

「そうなんですか」

「ユミレットは? 嫌いなものはあるの?」

「ないです」

「じゃあ、俺と一緒だ」


 彼とは少し違うような気がするが、訂正はしなくて良いだろう。

 サリエルくんは虚空に魔法を発動し、ケーキを取り出した。カトラリーと共に私の前に置くと、笑顔を浮かべる。


「どうぞ」


 食べろと言われたので、私はフォークを使って少しだけ食べる。

 そうしたら、どうだろう。味自体は他のものと同じなのだが、今までとは格段に美味しく感じた。


「……美味しい」

「そうでしょ?」


 どうしてだろう。食べ物を口にして美味しいと思うのは初めてだ。二口目を食べてみても、その感覚は残っている。

 何か特別なものでも入っているのかとサリエルくんを見て見れば、彼は優しい笑顔を浮かべていた。


「……な、何ですか?」

「いや、やっと笑ったなって」

「え?」


 指摘されて、頬に手を当てる。確かに口角が上がっていた。私は今、笑っているのか。


「ユミレットってさ、普段ずっとつまんなさそうにしてるけど、本当は表情豊かなんだね」

「……へ?」

「薔薇園に来てから、いつもは見せないような顔してるよ」

「……そうでしょうか?」

「あ、自覚無しなんだ」


 サリエルくんは小さく笑って、それから真面目な顔をした。

 私の手を取り、優しく握る。私は混じりけのない綺麗な瞳と視線が合い、そのまま視線を絡め取られる。

 目が、離せない。


「……ねぇ、ユミレット。俺がずっとここで君を待っていたって言ったら、信じてくれる?」


 私は首を傾げる。どういうことだろう。

 でも、彼の瞳を見て、嘘じゃないことはわかった。だから。


「信じます」

「……そっか、ありがとう」


 肯定を得られたからか、サリエルくんは微笑む。その笑顔を見るとこちらも嬉しくなる。

 それからたくさん彼と話をした。話している内容は当たり障りのないものだが、彼と話している時間は心地の良いものだった。

 楽しい時間。それはあっという間に過ぎていった。

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