初めての外出
眼前に広がる光景に、おれは思わず二三度瞬きを繰り返した。
照りつけるというよりは注ぎ込むといった具合に、辺りに光を与える午前の太陽。
なだらかな丘を駆け上がる風と、波のように揺蕩う麦畑。
村の広場に開かれた市を中心に、連なる家々の間を活気に満ちた人々が行き交い。
村の周りを沿うように流れる小川では、クリスカと同い年くらいの子どもたちが和気あいあいと戯れていた。
そう、ここは見慣れたフィーレギオン邸のリビングじゃない。
触れている肌全身から、壮大な空気の対流を、息遣いを感じられる。
おれは今、この世界に来て初めて“外”というものを体感していた。
・・・ふおおお、すっげぇ!
比較する自分の体が赤ちゃんだからか、見えている全ての物の迫力が桁違いだ。
その辺の木一本一本が大木みたいに見える。イリシアの腕に抱かれていなければ、おれはおそらく圧倒されてその場に立ち止まってしまっただろう。
うわぁ、空ってこんなに広かったんだ。
「お外はどう、セロ?」
「あう~」
「ふふっ、気に入ったみたいね」
景色に夢中のおれを見て、イリシアは慈しむように微笑む。
やだわマミーそんな目で見られたらキュンときちゃう。
優しい人を好きになる、世の中簡単なんだね。
ま、おれ赤ちゃんだからみんな優しいの当然っちゃ当然だけど。だからみんな大好きよ。
なんてふざけて見たものの、やはり赤ちゃん視点はすごいなぁ。
家の中より断然広いから、景色にどこまでも吸い込まれていきそうな錯覚すら覚える。
このなんというか圧迫されるような感じは慣れるまでしばらく時間がかかりそうだ。
「ねーまだー?おまつりまだー?」
「はいはい、もう少しだからね」
「ぶー」
さっきから走り出しそうにウズウズしているクリスカ。
焦れったそうに頬を膨らましている。ロリコンが歓喜しそうな光景だね。そうそうロリコンといえば、同じ代のバスケ部にも一人居たんだけど・・・そういやあいつ元気かなぁ。
そうこうしているうちに村の入り口までやってきた。
村の周囲は、獣対策の丈夫そうな柵で囲まれている。
高さは二メートルほど。ぶっとい丸太が釘や縄で組み上げられている。
そういえば、この世界の生き物ってどんな感じなんだろう。
やっぱ前世とは違うのかな。
遠目にドラゴンしか見たことがないから、まるで見当がつかない。ドラゴンがいるくらいだし、スライムとかゴブリンだとかそんな王道なヤツはいそうな気はするけど。
「わーい!むらだーっ!」
と、今日も元気な我が姉は村の中に入るなりさっそく駆け出して行ってしまった。
家じゃ本を読んでいることくらいしかやることがないから、こういう機会はとても嬉しいんだろう。
おれもぜひついていきたいところだが・・・あいにくといまのおれはこの魅惑のベイビーボディ。走るどころか立つこともまだできない状態だ。
この楽しみは数年後まで取っておくことにしよう。
「あ、お嬢様っ!」
「あらー、行っちゃったわね」
慌てた声を挙げるガーベラと、カラカラと笑うイリシア。
駆けだしたクリスカは小柄なせいもあってすぐに人混みに紛れてしまう。
「奥様、私はお嬢様に付き添います。合流は一時間後に・・・」
「頼むわね、多分いつものところだと思うから」
「はい、ではのちほど」
お転婆クリスカを追いかけてガーベラも駆け出して行った。
残されたのはおれとイリシアの二人。
ガーベラの姿が雑踏のなかに消えると、イリシアは優しい笑顔をおれに向けた。
「それじゃあ私たちもいきましょうか」
・・・・・
村、といってもその規模はなかなか大きい。
人口は100世帯くらい、3~400人ほどだろうか。
道は整備されておらず、砂利道が蛇行しながら伸びている。
道幅は自動車二台くらいがちょうど収まるくらい。結構広い。
基本的に村の中で自給自足の生活をしているようだ。田舎だからね。
メインの産物は穀物、麦だ。それ以外の野菜もあるが、他の場所へ出荷するほどの量は作っていないらしい。
小さい商店やなどもあるようで、取引には硬貨、つまりお金が用いられている。どうやら貨幣経済が成り立っているらしい。こんな村でも貨幣が普及しているのだから、この世界全体でお金が使われているとみて間違いないだろう。
家はどれも同じようなレンガ造りで、デザインなども似通っている。
クラシカルな雰囲気のがっしりした建物だ。色合いはオレンジや茶色など、ゲームとかでよく出てくる感じのを想像してもらえればいい。
今日は定期市が開かれているようで、なかなか人通りが多い。
外の物が入ってくるのはこの定期市があるときだけだから、みんな買い物で忙しいんだろう。
村の中央にある広場を中心に、村人全員といっても過言では無いほどの人々が集まっている。
これだけの人が外に出ているのは珍しいことだ
その中をイリシアは迷いない足取りで進んでいく。
どうやら目的地は決まっているようだ。
やがて広場に出る。その隅にある一軒の屋台の前で立ち止まると、濃い紫色の天幕を持ち上げて中へ入った。
「いらっしゃいませ・・・おお、イリシアさんじゃないか」
「どうも、モーガンさん。いつもお世話になってるわ」
中にいたのは、天幕と同じ色のローブに身を包んだご老人。
なにやら胎動しているような色合いの結晶を手に持って、こちらの姿を認めるとにこやかな表情を浮かべた。
「いえいえこちらこそ、それで今日はどんなご用件で?」
「魔導触媒の補充と、息子の紹介にね」
「なんと、この子がセロ君か。いやはや可愛らしい子ですな。それになかなか賢そうな顔つきをしている」
でしょ?
実際自分でも賢いと思うよ。
だって中身は高校生三年生だからね。
紫の爺ちゃんならぬモーガンにおれはドヤ顔で鼻を鳴らしてみせた。おれの
・・・ってあれ?ちょっと待て。いまおかしな単語が聞こえたぞ。
“魔導触媒”?
「でしょう?自慢の息子よ」
「流石は“空絶の魔女”のお子、といったところですかな。将来は魔導師団に?それとも騎士団に?」
「それはこの子次第ね。どんな道に進むかは自由に決めさせてあげるつもりよ」
魔導師団?空絶の魔女??
聞き慣れない単語に目をぱちくりとさせる。なんという廚二心くすぐられる響き。まず日本では聞くことのなかった言葉だ。
フィクションの中を覗いて。
え、これって・・・!?
「イリシアさんの子なら才能は持っているでしょうに」
「そうでもないわ。グレンは剣一筋だし、クリスカはどっちも興味なさそうだもの。二人ともレンリの血のほうが濃いのかしら。
でも・・そうね──」
イリシアの言葉の続きに期待が高まる。
かつて無いほどに胸の高鳴りが止まらない。
この流れってまさか・・・・!?
「──この子が魔法に興味を持ってくれたら嬉しいわね」
魔法キタァァァーーーーーー!!!!!
とうとう魔法登場です