目覚めたここは
瞼の隙間から差し込む朝日が眩しくて、ふっとおれは覚醒を迎えた。
昔から目覚めはいいほうだ。一度目が覚めればすぐに意識がはっきりとしてくる。
(・・・もう朝か)
肌触りのいい毛布がちょうど体温と同じくらいのいい暖かさになっていて実に心地がいい。
眠気は無いが、起きるのもなんだか億劫だし、もう少しこのぬくもりに浸っていたい気もする。なんだか体も重たく感じるし、ちょっとだけならゴロゴロしていてもいいだろう。
じんわりと温い毛布の感触を楽しみつつ、ごろりと寝返りをうった。
しかししばらくすると、だんだん毛布もぬくもりが無くなってきた。
薄着なせいもあって足先が少し冷えてくる。長時間動いていなかったから血の巡りが悪くなっているのだろう。
さっきまで暖かかった分、その冷たさはよく体に染みた。
こうなってはいつまでも寝ているわけにはいかない。
しかたない。起きるか。
そして若干のけだるさを感じながらも、おれは重い瞼を持ち上げた。
見知らぬ男女が覗き込んでいた。
おれはそっと目を閉じた。
・・・いかん、まだ寝ぼけているみたいだ。
意識ははっきりしていると思っていたんだけど、どうやらまだ体は夢心地らしい。
視界を明瞭にするようにふるふると頭を揺らす。
いいかげん起きないと。そしてもう一度目を開いた。
見知らぬ男女がいた。
おれの顔を覗き込んで、にっこりとほほ笑んでいる。
・・・。
目をゴシゴシとこすり、また見開く。
やっぱりいた。
慈愛に満ちた微笑を湛えた男と女が、仲睦まじそうに寄り添いながら立っている。
幻覚、ではない。
・・・ふぁっ!?
おいおいちょっと待ってくれよ。
いったいなにが起こっているんだ。おかしいでしょ。
たしかおれは防音幕やら鉄パイプやらに押しつぶされて死んだはずだぞ。
そこからなんで見知らぬカップルに暖かい眼差しで見詰められる状況になってるんだ。
「・・・ーーー。ーーーーー?」
男が疑問そうな口調で何かを言った。
聞いたことのない言語だ。ヨーロッパ圏で使われるような巻き舌っぽい喋り方だが、英語かなにかだろうか。
てことはここは日本じゃないのか?
「ーー。ーーーー、ーーー」
男に対して女が穏やかに二言三言応じる。
やっぱり何言ってるのかわからない。雰囲気から察するに敵対的な感じではないみたいだが。
状況がさっぱり理解できない。
いったいこの人たちは何者なんだ?
「ーーー~、ーー~」
女のほうが再びおれの顔を覗き込んだ。
細めた目はなぜだかとても幸せそうで、口元は零れる笑みをこらえられないとでもいうように緩んでいる。
ゆっくりと優しい口調でなにか話しかけてくるが、言葉が理解できないのでおれはポカンとするばかりである。
というかよく見たらめっちゃ綺麗な人だな、この人。
ただ目鼻立ちが整っているだけじゃなくて、化粧で飾ったような感じがしないナチュラルな美人だ。包容力があるというかなんというかそばにいると自然と安心する。
と、ずっとぼんやりしているおれの様子を女は気にした風もなく、にこにこと頬を緩ませながらおれに手を伸ばしてきた。
ふいに浮遊感が体を襲う。女がおれを抱き上げたのだ。
(え、ちょっっ!?)
いきなりの行動に思わず慌てるおれ。
仮にも男子高校生の、しかも運動部所属の体である。三年間鍛え続けた結果、体はいい感じに鍛えられている。身長こそ170ちょいくらいだが、体重は70キロ近くあるんだ。
どっかのレスリング選手のようなマッチョウーマンならともかく、普通の女性なら持ち上げようと思っても持ち上がるものではない。
(え、えっ!?)
しかし、予想に反しておれの体は軽々と抱き上げられてしまった。
ええ・・・おれってそんな軽いの?結構ガタイはいいほうだと思ってたんだけど・・・.
ちょっとショック・・。
抱き寄せられたことで、女の端正な顔が間近に迫る。
柔らかい栗色の髪の先からミルクティーのような優しい香りが鼻先をくすぐる。
うわっ、女の人ってこんないい匂いするんだ・・・。
人生18年目にして初めて知る事実。
いままで出会いに恵まれなかったせいで、女性とこんな間近に接する機会なんて今までほとんどなかったからな・・。
・・・ん、待てよ。
抱き寄せた?
「ーーー~、ーーーー~」
優しく語りかけてくる女の顔をまじまじと凝視する。
髪の毛の先から鼻の穴までじっくりと。
そして視線を下ろし、抱えられている自分の体、そしてその周りの景色を確認した。
・・・・・。
目をごしごしと擦り、改めて周りを見渡す。
やっぱり見間違いではない。幻覚でも頭がおかしくなったわけでもない。
実はさっきからずっとおかしいと思っていたんだ。
妙にだるく重たい体、あっさり持ち上げられた体、どこかに当たるたびもちっとした弾力が返ってくる体。
どうにも自分の体じゃないような感覚が目が覚めてからずっと全身にこびりついている。
そして周りを見渡したことでようやく合点がいった。
さ見えたのは、いつも見慣れた筋張った筋肉質の体ではなく、白くもっちりとした文字通りの赤ちゃん肌。そのサイズも明らかに170センチもあるわけがなく、ちょうど両手で抱きかかえられるくらいのお手軽サイズだった。
そう、どうやらおれの体は赤ん坊になってしまったようなのだ。
それともう一つ気になることがあって、おれはもう一度辺りを見回した。目的のものはすぐに見つかった。
ちょうどおれを抱いている女の反対側、そこから朝日が差し込んでいる。
木目の綺麗な壁にはめ込んである大きな窓からだ、その向こうには朝日とともに外の景色がある。
開かれた窓の外、その先に広がる光景。
そこにはかつて見慣れていた日本とは桁違いに透き通った空があり、大地には黄金色の絨毯のような穀物の畑が広がっていた。
畑の近くには村もあるようで、数十軒ほど家々が間隔を空けて立ち並んでいる。色合いから見るにレンガ造りの建物のようだ。少なくとも日本で見慣れたコンクリートの灰白色ではない。
そして、明らかに日本はおろか地球中どこを探してもないようなものがあった。
いや、いるというべきか。
ドラゴンだ。
ドラゴンがいるのだ。
ゲームだのアニメだのによく出てくる、あの。
ここまでくれば、もうどんなに鈍い奴だろうが察しがつくだろう。
見慣れぬ風景、知らない言語、存在するはずのない生物、そしておれの体。
間違いない・・・
どうやら、おれは異世界に転生してしまったようだ。
第三話は今日の夜12時頃に投稿します