勉強会と将来
以前から気にはなっていた。
グレンとクリスカ、二人は年齢的にはもう小学生の部類だ。
日本ならばグレンは六年生、クリスカは二年生に当たる。
この世界の教育システムがわからない以上推測しかできないが、文明レベルを考えると学校があってもおかしくない。
―――これは後々に判明したことだが、大きな街には基本教育を受けることができる「学園」という施設がある。そこでは貴族や武家などの権力者の子はもちろん、商人や農民、果ては他国の王子まで幅広く門を開いているらしい。
学園は初等部、中等部、高等部の三つに学年が分かれ、だいたい6から15歳くらいまでの子どもたちが通う。
最初は読み書きなどから始まり、加減乗除や地歴、化学や簡単な魔法なども教えている。
飛び級制度もあり身分に関係なく実力に応じた教育を提供してくれるそうだ。
さらにそこから専門的な技能や知識を会得したいものには、「大学」や「育成所」といった道が用意されている。軍人になるためにもこの過程は必要らしく、最初は訓練生として育成所に3~5年ほど通うようだ。
ちなみにグレンはさっさと飛び級で高等部までの課程を修め、今は軍の育成所に入るまでの休学期間らしい(軍の育成所には正常な身体の成長を阻害しないための年齢制限がある)。
いや兄貴凄すぎィ・・!―――
フィーレギオン家は裕福な家だし、きっとちゃんとした教育・・・それこそ日本と同じくらいの水準のものは受けているはずだ。現にグレンはもちろんクリスカもある程度の読み書きができる。
ならどこでそれを習っていたのか。
その答えがこれだ。
「ではグレンさま、昨日やった整式のおさらいから始めましょう。
まずはそうですね・・・
(x+1)(x+3)(x+5)(x+7)+15、
これを因数分解してみてください」
「うん、えーっとこれは・・・」
「ねぇねぇガーベラ!かけたよっ!」
「よくできましたねお嬢さま。とってもお上手ですよ」
「にししっ、でしょー!」
リビングのテーブルにガーベラとグレン・クリスカが向かい合って座り、勉強会が開かれていた。
ガーベラは、家事だけでなく子供たちの教育係も担っているのだ。
今日はグレンは数学、クリスカは文字の練習をしているようだ。二人とも真剣な表情で真面目に取り組んでいる。
ていうかグレンもう因数分解やってるの?
まだ12歳だよね、因数分解って高1の範囲だよ。天才かよ・・・!
「ねぇガーベラ、ここはどうやって解くの?」
「そこはですね、共通点を見つけるのですよ。このようにここを{}で囲むんです、そうすれば・・・」
「あっ、そういうことか!なるほど!」
「はい、それで正解です。では次にいきましょうか」
「うん」
グレンの膝の上に座りながら、彼がノートに書き連ねる式を眺める。
懐かしいなぁ、おれもこんなのやってたわ。中学のレベルからいきなり難しくなって苦労したのを覚えている。ちっともわからなくていつも赤点ギリギリの点数を彷徨っていたっけ。
「~♪」
隣を見れば、クリスカがノートに波打った文字を書きなぐっている。
どうやらいろんな単語を書く練習をしているようだ。
クリスカのノートの上には、線の整った綺麗な文字が並ぶ紙の束が置いてある。こっちはお手本か、ガーベラが作ったものかな。
あ、そうだ。これを見ればおれも文字覚えられるじゃないか。
遅まきながらそのことに思い至り、お手本を見ようとグレンの膝の上からテーブルによじ登る。「あっ、こらセロっ!」という兄貴の声が聞こえたけど気にしない気にしない。
テーブルの上を伝い、クリスカゾーンへと這い寄る。
「あー、セロみえないよ」
「う?」
すると、困ったような声をあげクリスカの手が伸びてきた。おれを排除する気らしい。
ちっ、邪魔が入ったか・・
なら、必殺のキョトン顔を食らわせてやる。これなら嫌とは言えまい―――!
「セロ、ダメだぞ。戻りなさい!」
ですよねー・・・。
・・・・・
非道にもテーブルの上から排除されてしまったおれは、ふたたびグレンの膝の上に収まっていた。
どうせならガーベラのところがよかったのに。
そしたらきっと頭上には夢の詰まった光景があっただろうにさ。
男に密着しても嬉しくないんだよまったく・・・
ともあれ、むすっとしたおれをそのままに時間は流れ、気が付けば夕方に差し掛かっていた。
手にしていた教本を閉じ、ガーベラが二人に告げる
「では、今日はここまでにしましょう」
「はい」
「おわりー!」
ささっと後かたずけを済ませ、席を立つ三人。おれを床に降ろし、ガーベラは洗濯ものを取り込みに、グレンはレンリと午後の稽古に、クリスカは書斎へと行ってしまった。残されたおれは特にすることもなく床に座り込んでいる。
暇じゃのー・・・。
というわけで。
することもないので、少し今後のことについて考えてみた。
転生し裕福な軍人家系の次男として生まれ変わったいま、おれにはおそらく無数の将来がある。
イリシアやレンリは理解がある人たちだし、家は多分グレンが継ぐだろうしね。
そして、これからの努力次第ではその可能性はどんどん広がるだろう。
この世界は、おれがかつて過ごしていた世界ほど技術が進歩しているわけではないが、代わりに魔法というとても心躍るものがある。
あと数年もしたら、もっと自由に動けるようになるし、つつがなくコミュニケーションもとれるようになる。
そしたらおれは一体何をすべきだろうか。
前世でこれといった夢や目標はなかった。好きなことややりたいことなどはたくさんあったけど、どれも生活を支えたり、生涯をかけて極めたいほどではない。
魔法は確かに惹かれるが、興味はせいぜい趣味の範囲で収まっている。
ならいっそ、グレンと同じようにレンリの後を継いで軍人になるか?
聞けばこの世界の軍人は、主に魔獣と呼ばれる生物と戦うという。人と命の奪い合いをするのは滅多にないそうだ。我ながら甘い考えだとは思うが、それを聞いてから軍人に対する抵抗感はあまり感じなくなっていた。
前世でずっと経験していたからトレーニングは辛いと思っても嫌だとは思わないし、人並みに戦いというものに憧れたりもする。
どちらにせよ、おれにとってこれは長い期間をもってじっくりと考えなければならないことであった。
ということで、軽くですがセロが今後を考える回でした
特に章分けなどはしていませんが一応この回で一区切りになります
一度閑話を挟み、次の回からはセロが5歳に成長します
明日には投稿するのでしばしお待ちください