それは突然に
新作、始めました
『72対57』
これがおれ達が見る高校バスケ生活最後の結果だった。
深く沈んだ意識を引きずり戻すかのように、ブザーのつんざくような電子音が鳴り響く。
沈痛な面持ちの仲間たちと歓声を上げる相手選手。
深く吐き出した吐息とともに、ぐっしょりと濡れたユニフォームの裾から汗がしたたり落ちる。
小さくバウンドしたボールがおれの足元へ転がった。
タイマーの00:00という赤い表示が無言で終わりを告げていた。
「整列。得点どうり、礼!」
『『ありがとうございました』』
おれ達とは対照的に明るい表情で喜色を浮かべた相手校の選手たちと向かい合い、うなだれるように最後の挨拶を交わす。
それと同時に、エンドラインに並んでいた次の試合のチームがどかどかとコートへ入ってきた。
気合の入った掛け声とともにアップが始まり、俺たちは追いやられるようにベンチへと戻る。
荷物をまとめる仲間たちの表情は皆一様に暗く、湿ったタオルに顔をうずめて嗚咽を漏らす者もいた。
言葉もなくおれ達は肩をたたきあい、そして適当にタオルをひっつかみベンチを後にした。
流れ出る汗がしみ込んだユニフォームがやけに重かった。
「「・・・・」」
だれも、なにも発さない。
もうどうしようもないことを知っているから。
聞こえてくるのはどこか遠い他校の声援とこらえるようなすすり泣きだけ。
声を上げずに静かに唇を噛みしめている。
敗者のなけなしのプライドが涙腺をせき止め、ここで決壊するのを抑えていた。
保護者席の前に並んで挨拶を済ませ、重い足取りのまま控室へと歩き出す。
ふと振り返ると、すでにタイマーはリセットされていて、新たな時間を打ち始めていた。
あっさりと、淡々と動いていた。
――ああ、終わったんだな。
そうだ、終わったのだ。
・・・・・・
体育館を出ると、まずキャプテンが崩れ落ちた。
「う、うああああぁぁぁ!!!」
真っ赤にはらした両目から大粒の涙をいくつも流しながら、吠えるような泣き声をあげる。
口惜しさと悲しさと寂しさを全身から溢れさせ、顔を覆って漢泣きするキャプテン。
普段は楽観的で常に楽しむことを忘れない、雰囲気でもプレーでもチームを引っ張ってきてくれた。
そんなキャプテンが、今は何度もしゃくり上げながら涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしている。
それだけ掛けてきた想いが大きかったのだろう。
「ううっ・・・えっぐ」
「ひっく・・・う、うわああ!」
その姿につられて周りも一人また一人と耐え切れずに決壊する。
三年間のバスケ生活を終えた三年も、その背を懸命に追いかけてきた後輩たちも。
試合で活躍してきたやつも、ずっと応援で支えてきたやつも。
試合終了からため込んでいたいくつもの想いを叩きつけるように吐き出す。
試合間の雑然とした喧騒に混じる哀哭。
一つの区切りを終えた者たちと、これから戦いに向かう者たち。
それらを支える者たちと、見守ってきた者たち。
その流れが行きかい交じり合う場所で。
おれ達はひたすらに涙を流し続けた。
「ぜぇんぱいぃ!いままでありがどうござびまじだぁ!!」
親しかった後輩の一人が、鼻水塗れの顔で寄りすがってきた。
嗚咽と入り混じってまともに発音できていない。
これではいつもの人懐っこい笑顔も台無しだろう。
苦笑しつつ右手を差し出すと、両手でがっちりと握り返してくる。
「うん・・こっちこそありがとう。
これからはお前たちの代なんだ、がんばれよ」
「はい、がんばりばず・・!」
・・・去年はおれが差し出される側だったのに、ほんとあっというまだったな。
思い出とともに感慨が込み上げてくる。
弱小だった俺たちの高校は、今でも弱小だがそれなりにいいチームだったと思う。
たった六人だけの三年から、二年はやや増えて十一人、一年に至っては二十人近くも入ってきた。
上下間の仲もよく、楽しい部活として校内での評判も良かった。一回戦落ち程度だった俺たちがヤマがよかったとはいえ三回戦まで勝ち上がれたのは、このチームワークがあってこそのものだった。士気も意識も高いからこそここまで戦えたのだ。
そしてこれからのこの部は、後輩たちに引き継がれていくことになる。
彼らは中々に粒ぞろいの連中だ。来年はもっと上を目指せるだろうし、この雰囲気を大事にしながら部を盛り上げていってほしい。
そんな感じでひとしきりおれ達は肩を抱き合い固い握手を交わした。
仲間達には言葉にならないほどの感謝をしている。こいつらがいてくれたから、おれはこんなに素晴らしい思い出を作ることができた。何度も何度も「ありがとう」と繰り返す。それ以外の言葉が出てこないのだ。もちろん試合に負けたことは悔しいし、引退するのは悲しい。だが、それ以上に感謝の気持ちのほうが大きかった。
やがてそんな時間も終わりを迎える。
次の試合が始まるころには号泣する連中も落ちいてきて、徐々に更衣室へと着替えに戻る。
白い部屋の隅に、雑然と荷物がかたまっている。
質素な更衣室は、六人が着替えるには少し広かった。
おれ達は時折しゃくりあげながら、自分たちのバックをあさる。
中から遠征着を引っ張りだし、そしてユニフォームへと手を掛けた。
代々受け継がれてきた紺色のユニフォームは、40分間とめどなく流れる汗を受け止め続けてぐっしょりと重くなっていた。
――もうこれを着ることはないのだ。そう思うと一瞬だけ手が止まる。
ちょうど去年の同じ時期に先輩から受け取った5番のユニフォーム。
一年間ずっとこの番号を背負いコートを駆け抜けた。
いくつもの活躍をともにしてきた。同じくらいの失敗も。
未練と思い出に引かれながらも、しかしおれは袖口から腕を引き抜いた。
脱ぎ去るときに最後に一粒だけ瞼の端から流れたものは、きっとまだ残っていた汗だろう。
しばらくして着替えを終えたおれ達はそれぞれのバックを手に更衣室を出た。
その表情はどれもどこか吹っ切れたように晴れやかだった。
もう、汗は流れてこなかった。
集合での顧問の話の後、部の引継ぎを経て解散となる。
そうしてみんなで写真を撮るころには笑顔がちらほらと見え始めた。
・・・・・・
「お疲れ様」
「けいちゃん・・・」
会場校の最寄り駅へと向かう帰り道。おれの肩をぽんっとたたいてきたのは、同じ三年のけいちゃん。
同じガード枠として、スタメンの一人として、ともに切磋琢磨してきた大切な友人の一人だ。
「終わっちまったな」
「うん・・・あっという間だった」
やや目線を上にあげて彼はそっと呟いた。
過ぎ去った時間を惜しむようにおれも相槌を打つ。
間を漂うわずかな感傷。
「・・けいちゃんは今後どうするんだ?」
「・・・とりあえずは受験に集中しようとおもう」
そう尋ねると、けいちゃんはしばらく考え込んだ後にゆっくりと答えた。
「大学でもバスケは続ける?」
「いや・・わからんな。いろいろやりたいこともあるし」
「ああ、自転車で日本一周だっけ?」
「うん。それに俺の志望校バスケ強いから。ついていける気がしない・・・」
「だよねぇ・・・」
かくいうおれも、大学ではバスケはやらないつもりだった。
理由はまぁ・・・けいちゃんとだいたい同じだ。
「そういうお前はどうするんだ?」
「うーん・・・。おれも一応大学に進むつもりだけど・・・特にやりたいことはないんだよなぁ」
「なんか極めたい趣味とかもないのか?」
「うん・・。ゲームとかは好きだけど別に極めたいわけじゃないし・・・。
その点けいちゃんはいいよな、自転車っていう趣味があるわけだし」
「たしかにな。お前もはじめてみるか?」
「いや、遠慮するよ。だって高いんだろ?」
まえに少しだけカタログを見せてもらったことがあるが、普通に10万以上もするものなんて流石にハードルが高すぎる。
笑いながら断ると、けいちゃんはちょっと残念そうな表情を見せた。
「楽しいのに・・」
「いやいや、あんな高いもん買えないって」
「クロスなら5万くらいでも買えるやつとかあるぞ。メンテ用品なら俺の貸してやれるし」
珍しく食い下がってくるけいちゃん。
いつもなら一回笑って遠慮すれば話題が変わるんだが・・・。
―――――ああ、そうか。
そこまで考えて気が付いた。
引退したら本腰入れて受験勉強をしなければならない。
部活がなくなる分必然的にクラスの違うおれ達は会える機会はぐっと減ってしまう。
ただでさえおれ達は受験生なんだ。これまでどうり暇なときにゲーセンに行くなんてのも、もちろんできなくなる。
流石にそれだけで疎遠になったりはしないだろうが、趣味が共有できれば少なくとも休日のちょっとした息抜きくらいなら行きやすくなるだろう。
受験が終わるまではおれもゲームを封印するから、けいちゃんと遊びに行くとしたらサイクリングくらいしかない。いや、実際にサイクリングにいかずともたわいない雑談のタネくらいになればいいのだ。
不器用なやつだなと内心苦笑しながら答える。
「・・そうだな、考えてみるよ」
「おう!」
途端に嬉しそうな表情を浮かべるけいちゃん。
なんだかおかしくなってきて、おれ達はどちらともなしに笑い出す。
そろそろ駅が見えてくるころだ。
路地の先には絶え間ない車の波が覗いている。
次第に近づく活気と喧騒。
日の陰った路地の出口に近づくにつれ辺りの色彩が明るくなってくる。
アスファルトから石灰色のブロックへと変わった道に出て左に曲がると、正面に大通りの真上を横切る線路が現れた。
景色は先ほどまでの色見の少ない住宅街から一変して、カラフルな飲食店の外装や看板が多く目に付くようになる。
当然人通りも増え、周囲は環境音と合わせてとても賑やかだ。というよりもだいぶやかましい。
道の先の工事中のビルを覆う白い幕から機械音のざらついた響きが漏れ出ている。鉄でできた怪物が叫び声をあげてるみたいな音だ。
「あれ・・・あ、けいちゃん。ちょっと先行ってて」
「ん、どうした?」
「財布が見当たらないんだ。バックの中かもしれないから」
「はいよ、じゃ先歩いてるぞ」
「うん」
一旦立ち止まり、バックを地面におろす。
バッシュケースやらバスケ着入れやらでごちゃごちゃした中に手を突っ込みまさぐると、やがて使い慣れた感触が手に当たる。
「お、よかった。あったあった」
財布を引っ張り出しバックを背負いなおして、先を歩くけいちゃんを追いかけた。
―――その時。
彼――けいちゃんは見ていた。
振り返った先で、防音壁の横を小走りにこちらへとやってくる親友の姿と、
崩れ落ちる白い天幕と、それが囲んでいた鉄色の波を。
「ッ!!!???」
突然すぎる衝撃を超えた光景。
ありえない事件にたいして一介の高校生でしかない彼が無力であったのは仕方ないことであろう。
できることといえば、せめて届くはずもないその手を伸ばし、叫ぶことくらいしかなかった。
偶然でもなんでも、僅かな可能性にすがりながら。
奇跡を祈る。
そして―――
・・・・・・
―――そして。
結末はあっけないほど早く。
残酷なまでに変わらぬもので。
もはやどうしようもない運命の訪れだった。
「・・・っ、危ねえ!」
そう叫んだけいちゃんの目線の先を追いかけて。
上を見上げた俺の目に飛び込んできたのは。
いくつもの鉄色の塊の。
致死の質量を秘めた鈍い輝きで。
「え・・・・・・っ?」
次の瞬間。
おれは降り注ぐ鉄パイプの山に埋もれて死んだ。