プロローグ
可愛らしい人だ。
高校のオープンキャンパスの案内人に連れられて夏目ハヤトは学内を案内されていた。
所定のプログラムや授業見学が終わり帰宅する人もいる中、ハヤトは自由参加の学内案内を受けているのだ。
そしてこの学内案内は贅沢にも見学者一人に生徒一人のマンツーマン体制である。
だからハヤトは先程から一緒に行動する人と距離感を掴みあぐねてソワソワしていた。
説明しながら回っていた先輩になるであろうその人はふと足を止める。
そして振り返りハヤトの顔を下から覗き込む。
前髪に隠れた目を必死に見ようとするものだから、顔と顔の距離が近い。
可愛い顔の口から漏れる甘い吐息にハヤトの心臓は壊れそうである。
そしてついにその人は口を開く。
「……もしかしてキンチョーしてる?」
「ッ……」
見た目にそぐわぬ可愛らしい声にビクついてしまうハヤトだが、なんとか首を縦に振って意思を伝える。
それを見たその人はさらに質問を重ねる。
「自分の入学する学校だから?」
首を振って否定。
「事前の説明と違って急遽マンツーマンになったから?」
首を振って否定。
その人はどこか含むような雰囲気で、再度質問する。
「ーーじゃあ、わたしが可愛い女の子だから?」
「……はい」
今度は声に出して肯定した。
だって可愛くて仕方ないのだから。
だからハヤトは素直に答えたのだが、どこか照れながらもその人は「ぷっ」と吹き出した。
ハヤトには意味がわからなかったが、その笑う姿さえ愛おしい。
そして見惚れながら、噂は本当だったのだと思った。
噂というのは中学校で流行っているのもだった。
というのも、とある男子校が男子校じゃなくなったらしいというものだった。
県内でも一つしか存在しない男子校であり、偏差値も割と高い。だから認知度も高い。
名は私立間西高等学校。
来年、卒立五十年の節目を迎える老舗高校である。
そんな学校が数年前から共学化したというものだった。
長年続いた男子校が共学になるのは今のご時世珍しくないだろうし、認知度が高い学校ともなればその変化に生徒たちは敏感なはずだ。
すぐに広まるだろう。
しかし何故かそれは事実ではなく、噂という形で数年間流れってぱなしなのだ。
先生に聞いても、あやふやでむしろ先生が混乱している様子だった。
また卒業者に聞いて見ても、一様にこう言った。
「まずはオープンキャンパスで、自分の目で見てみな」
だから的確な答えがなく、噂の形で共学校だとされていたのだが……。
ハヤトは自らの目で、今日のオープンキャンパスを見てわかった。
ここは共学になったのだ、と。
眼前の可愛い人がまさにその証明だろう。
個人的には共学であって欲しかったので嬉しい限りだ。
目の前の笑顔を見ながら、ハヤトは来年の入学を決意していた。
「僕絶対にここ受験するんで、もし受かったらまた会ってくれますか?」
共学になったとは言え、元男子校。まだまだ女子の入学者は少ないだろう。
だからハヤトは自身の華やかな高校生活の先駆けとして、その人にそういった。
その人は笑顔で言う。
「わかった、いいよ! わたし、中条っていうから。絶対忘れちゃダメだよ?」
ウィンクに乗せた言葉に、頭が茹で上がるようだ。
しかしそうしてはいられない。
最後に一つだけ質問する。
「中条さん、下の名前も教えてもらってもいいですか?」
苗字だけでは物足りない。深い関係は名前を知ってからだ。
そんなハヤトの思惑を知ったか知らずか、その人は「うーん」と唸ったかと思うと、いたずらをする子供のようににひっと笑う。
「合格できたらぁ、ご褒美に教えてあ・げ・る♡」
「はい! 今日から猛勉強します!」
ハヤトは我ながらバカであると思いながらも、その日から猛勉強した。
県内の県立トップ5に敵うくらいの偏差値だ。適当に受験すると落ちてしまうかもしれない。
だから授業中の居眠りをやめ、自宅でも毎日遊ぶ時間を削って勉強に励んだ。
それから一年と半年、ハヤトは入学を終え、今では立派な二年生である。
初夏の暑さが顔をのぞかせ始めた今日この頃。
ハヤトのクラスでは体育の時間にさしかかろうとしていた。
しかしすぐさま衣服を着替えるわけにはいかない。
両隣のクラスと合同の体育では、それぞれ性別に分かれて着替えをすることになっているからだ。
ちょうどハヤトのクラスは男が着替える場所であり、適応しない生徒が場所を移って行く。
間違いがあってはいけないと、移動する生徒たちの点呼を代表者がして、終わると外に出る扉を開ける。
そしてーー、
「それじゃ、男の娘は行くよぅ?」
「ワタシたちオネエも行くわよ!」
……。…………。
私立間西高等学校。
ここはーー男子校である。