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 赤い旗が翻る。門から塔へ塔から塔へ、家々の窓から。朱に染まった風が吹いている。横断幕というにはあまりにも大きなそれは空に敷かれた絨毯のようにも見える。


 凱旋祭


「遙か昔にこの辺りを平定した凱旋記念の祭りなんだとか。まあ、名前のまんまっちゃまんまだな。それが本当かどうかは別にして」

「今の平和を歌っているってことね」

「まあ、平和ってなんだろうなって思うこともあるがね。このサラダは美味いな」

 シャジーチは祭りや町について語り、スーウェンが相槌を打っては卵パンを食べている。

「ハーンツ! このサラダにかかってるのはなんだ!」

 店主が笑いながらやってくる。この街に来てから何度かこういう遣り取りを見ているので三人は驚かない。まだ昼には遠い時間。シャジーチは混雑を嫌っていた。忙しい中での商談は上手くいかない。それは双方にとって損失だと思っている。

 ハーンツと呼ばれた男。シャジーチよりも幾分若く、髭だけは立派に揃えている。清潔感のある、燻製の樽を買った一人。

「酢と油と塩胡椒だな。どう混ぜるかは秘密」

「ま、当然だな」

「それより今回は樽に腸詰めも入ってたんだが、いいのか?」

「なんだ? 割り増しにして欲しいのか?」

「いや、ありがたいが、こういうのは誤解を生むだろう」

「誤解ってどんな」

「そりゃあ、俺がちょろまかしたとか、間違えて損しただとか」

「あー、まあ、そう、うん」

「親しき仲にも礼儀ありってあんたよく言うじゃないか」

「面白くねえだろ? ちょっとくらいいいことがねえとよ」

「不安になるからタネをばらすのは早くしてくれ」

「わかったわかった」

 二人はああだこうだと言い合いながらも笑顔だった。それぞれがそれぞれに礼を持って接していることを喜んでいた。シャジーチもハーンツがなにも言わずに受け取るならもうやらないだろう。こんな小話を続けるためだけにそうしたのだから。

 当然であること。親しいからこそ当然でないやりとりができる。当然でないやりとりでも楽しむことができる。

「腸詰めはどうだった、使えそうか?」

「ああ、味付けが近いからパンに挟むだけでも美味いだろうな。少し炙って温めてやるとよさそうだ。数がないのが残念だよ」

「そうか、半分に切れば倍で売れるぞ」

「それもそうだな。数が出ないと高くなる」

「売れ残るのが一番不味いからな」

「ああ」

「売れ残りそうだったら呼んでくれ。喜んで食わせて貰う」

「タダにはできんぞ」

 そう言って二人は笑い、ハーンツは厨房に戻った。

 遠くで号砲が鳴り、ラッパの音が響いた。凱旋が始まったのだろう。鎧を纏った帝が大通りを抜けて城に戻る。家々から紙吹雪が舞い、蹄の音が延々と続いていく。

「始まったか」

 シャジーチが音のほうを向いて言った。列の後ろのほうから露店やらへ散っていく商人達を思い浮かべる。スーウェンの皿はいくつか知り合いの露店で並べて貰っている。得意先周りに比べたら稼ぎは知れたものでしかないが、彼らの人脈に触れられるなら安いものだ。毎年露店を出せている商人という評判は侮れない。

「売れるかしらね」

 スーウェンがあまり気の乗らないような声で言った。商品としての良し悪しを語るなら良いだろう。だからこそ今までの客には売れていたのだ。しかし、場所が変われば人も変わる。好まれる色、形、時に匙の触れる音ですら品を定める。

「まあ心配しなさんな。お前さんは注文通りに作ったんだから売れなきゃ俺の商才がなかったってことさ。だから売れる。それよりも、だ。窯すら自由に作れるんなら好きなところに住める。この街なんかどうだ? 帝に気に入られるかもしれん」

 シャジーチの言葉は冗談めいていたが声にふざけたところはなかった。

 スーウェンは俯いた。力を表立って使うことはしたくない。それによってどんなことが起こるかなんてのはことさら考えつかないのだ。なにより、力を失う時を恐れていた。ある日突然なにもできない女として立っていることの怖さ。一人取り残される怖さを。

「不安で……」

 シャジーチは頷く。不安は常に付きまとうものだ。しかし、だからといって誰もが不安に立ち向かえるわけではない。たとえどんな力を持っていても。

「不安なのはわかる。だが、人がいるってのはそれだけで便利なもんだ。なにかの気紛れ、それこそお前さんは美人だから酒場の給仕で最低限やっていける。その気がありゃあ娼婦にだってなれる。下を見りゃあキリがないけどよ。今ならまだ備えることはできる。違うか? こんだけ人がいるんだ。お前さんに惚れる奴も少なくなかろうよ」

「でも」

 スーウェンの言葉にシャジーチは首を横に振る。

「じゃあ俺が店を持つ。そこではお前さんの皿しか売らない」

「それじゃあ旅が……」

「お前さんとあいつと、あいつじゃなくてもいい。誰か探してみるさ」

 シャジーチは孤独を癒せるのは雑踏だけだと理解していた。静寂の中、平穏の中で微睡んでいるだけでは誰にも出会うことはできない。スーウェンがシャジーチや男と出会ったことは全くの偶然でしかなく、天運と呼んでもいい。時は来たのだ。

「ここ以上に人の集まる場所を知らない。数え切れない人がいるから人は人を許せるのさ。数え切れない誰かの一人なら。目の前にいる旦那やカミさんなら許せないこともな。この街を薦めるのは別にお前さんが重いとか疎ましいとかそういうんじゃない。旅をしていくんならむしろどこへだって連れて行きたい。でもそれはお前さんの人生じゃねえって俺は思うんだよ。人生をやり直すならここだ。あの森じゃねえ」

 スーウェンは黙って俯いた。

 未来は闇の中で先は見えない。

 たとえ輝かしい未来だとしても、それは眩しすぎる。


「まあいいさ。ここには少し長くいる。その間に探してみてくれ」



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