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 老人の話を聞いている。

 以前にも同じ話を聞いたことがあるような気がする。

「ええ、そうですよね。そういえば話しましたかね、海のほうに住んでる方が――」

 以前にも同じように話したことがあるような気がする。

「こういうのはどうです?」

 前にもこんな皿を薦めたのではなかったか。


 老人達は明瞭に過去を語る。今まさにそれを成したのだと笑う。興味からの質問は世辞に聞こえるだろうか。何度も繰り返したような気がする。

 私はいつも同じ話をしてはいないか?

 なあ、ミハージィ。

「ありがとうございます」


「今回は一箱貰えんか、丁度孫が嫁にいくという話があってな」

「一箱ですか、うーん」

「不味いことでもあるのか?」

「いえ、他の方に持って行こうと思っていた物もありまして。買って頂くのは嬉しいのですが少し申し訳ないなと」

「一箱いくつなのかね」

「三十ほど」

「十七くれ」

「ええ、喜んで。いえ、ありがとうございます」

「なに、先に選ばせて貰えるんだ。これくらい気をまわさんと罰が当たるわい」

「そんなことはないですよ」



 何事もなく頭を下げて別れを告げる時、相手の喜ぶ顔に安堵の笑みを返しながらシャジーチは祈るように目を伏せた。この取引が双方に有益であったことを願い、この遣り取りが相手の願ったものであることを祈った。沢山の人間と話をすれば自然と似たような話を繰り返すことをシャジーチは経験として知っている。それは同じような話であって同じ話ではないし、自分はそれを感じていても相手は初めて話すことなのだという事実も知っている。それを思うからこそ、誰となにを話したか、どんなことがあったのかという細部にこそ気を配る性分になった。もとがそうだったと言われても言い返す言葉はないが。


 ゆっくりと扉を閉め、ミハージィを見る。肩の力を抜いて穏やかに笑みを交わす。

「やったね」

「ああ」

「でも、また名前聞けなかったね」

「「名前のない商売が一番上等な商売、」でしょ」

「さ、行こう。今は二人が待ってる。それに」

「「家の前で長話をしてはいけない」」

 シャジーチはそうだ、という表情を浮かべてくいと首を傾けて合図をした。ミハージィが先に、シャジーチはゆっくりと後を追う。


 二人は静かに待っていた。暖炉の反対側に飾られる人形の様な、自然さと火のない間の寒さを物語るような、誰かが不意に眺める時を待っているだけの人形。

「待たせたな」

 シャジーチの言葉に珍しく男が視線を返した。非難ではない。商談は上手くいったのか、そんな視線だ。

「ああ、半分は売れたよ」

 シャジーチは表情を変えずに言った。それは当然で、可もなく不可もなく適切だという風に見える。買ってくれたという事実だけでも満足だと言えるのだろうか。それとも、半分は売れるだろうという目算が当たっただけのことなのだろうか。

「半分は売れなかったの?」

 スーウェンは身を乗り出して聞いた。シャジーチが扱っている陶器はほとんどがスーウェンの作った物であるし、その売れ行きを気にするのは無理のないことだろう。

「いいや。全部は売らなかった。景気の良い話ではあったんだがね。次の人に持って行く分が無くなっちまう。売れるんならそれでいいと思うか?」

 スーウェンが首を傾げる。商品がすべて売れるにこしたことなどあるのかといった顔で。

「まあ、そうかもな。こういう旅商売ってのはさ、縁が切れたら終わりなんだよ。誰それにも持って行ってくれないか、とか、誰それから紹介されたんだが、とか、そういう繋がりがあってこそなんだよな。長いことやらないと見えないかもしれねえけどよ」

「縁、ねえ」

 スーウェンには縁のない言葉だった。天涯孤独の身にして商人の小間使い。実際にはそうでないとしても、今のところ縁と呼べるのはここにいる三人だけだ。

「例えばここで全部売っちまって他のお客さんのとこに顔だけ見せに行くなんてできないよな。まあ、土産なりもっていくなら一回二回見逃してくれるかもしれねえけどよ。人ってのは案外横に繋がってるもんさ、あんたからはもう買わねえって人がでたらその人だけじゃねえんだよな、その人の友達も買ってくれなくなるかもしれねえ。絶対じゃねえけどさ。で、全部売ったお客さんが次も全部買ってくれるかわかんねえよな。次の次も、その次もってなったらどうだ?」

「そうね、そんなにしょっちゅう割ったりしないだろうし」

「まあ、そんなところだ」

 そう言ってシャジーチは大きく息を吐いて肩の力を抜いた。言わんとすることとは違うかもしれないが問答するようなことでもないだろう。

「戻ろう。今日は終わりだ」

 シャジーチは言いながら天を仰いだ。今にも降りそうな雲がゆっくりと流れている。雨であれ雪であれ、冷え込むだろう。冷たい空気は商売に向かない。常に冷静に、しかし、相手の熱狂を誘うこと、それが商売の本質だ。商談を避けたいと思わせてはならない。雨が降れば商品も傷んで見える。店を構えればそんなこともないのだろうか。それでも、シャジーチは旅商売を辞める気にはなれなかった。

 どこかで出会うかも知れない。立ち止まっていたなら、会いに来てくれるだろうか。

 小さく首を振って馬を歩かせる。


 自ずから進んでこそ証明される。問い質す資格がある。



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