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泣き暮れに鳴く鳥もなく、通りには風が吹く。涙の流れ乾く頃になっても二人は戻ってこなかった。男の涙を見ながらスーウェンもそれについて思い、自らを憐れんでいるのだと思い当たる。憐れを感じるのはなんともばつが悪く、憐れな自分を他人の目で見つめることはことさらに惨めさを感じるものだ。いつしかスーウェンは涙を流し、男は乾いた頬を拭ってただ見つめている。かける言葉も、抱き留める腕もない。慰めに言葉を連ねても虚しく、スーウェンを追い詰めるだけなのだと分かっている。
寄り添うことも離れることもなく、二人の間を悲しみが流れている。
拾ってくれた誰かでさえ心根から信じることはできず、あるとき売られはしないかと小さな不安を抱かずにはいられない。
疎外感だけが二人を繋いでいる。どちらともに力を持ち、力を持ちながらにして生きる術を持たない。ただ平に生きることは難しくないにしても、それを人の生と呼ぶことができるだろうか。
草を食み水を飲み、火を起こしては眠るだけのことが。
ただ痛みを感じ、倒れるまで歩むことが。
人が人でなければ生まれなかったであろう苦しみ。考えることが、感じることが故に。
難しい。
運命に委ねて生きることが、見えざる自身に委ねるだけのことが。
誰かと寄り添い生きる幸福が。
スーウェンの頬が乾く頃、二人は戻ってきた。いつになく笑い、シャジーチは大きな革袋を重たそうに抱えて満更でもない。その金が自分達の代金でないことを心のどこかで願いながらスーウェンは口を開く。
「うまくいったみたいね」
震えの残る声にシャジーチは気付かない。
「ああ。まあ全部が儲けってわけじゃあないが良い値で買ってくれたよ」
銀貨を金庫に詰めながらいつも通りの調子で返事を返す。
「いつも誰でもこんななら楽なんだけどな」
言いながらシャジーチはミハージィの頭をごしごしやった。シャジーチなりに文句のない振る舞いをしたミハージィを褒め、喜んでいるのだろう。
「あと二件は回る予定なんだ。馬車の番をしっかり頼むよ」
シャジーチは無意識に金庫を見て言った。
金払いがいいからタダで帰してくれるなんて保証はどこにもない。関係のないふうに装いながら裏で盗賊と繋がっているなんて噂を聞くのも一度や二度ではないからだ。噂の真偽は定かでないにしても、用心するに越したことはない。
「頼りにしてるぜ、お二人さん」
シャジーチは言いながら手綱を受け取って後ろを確認した。荷物には問題なく、ミハージィも紐の緩みを確認している。
「よし、じゃあ次行くぜ」
馬車はゆっくりと動き出す。車輪が土と石畳でカタカタと音を立てている。
しばらく揺れた後、ミハージィはやっと荷物から目を話してスーウェンを見た。スーウェンの顔はいつになく赤く、目が潤んでいる。
「お姉ちゃん、泣いてたの?」
ミハージィの言葉にスーウェンは顔を袖で拭った。涙はもう残っていない。袖も乾いていた。浅く息を吐き、困ったような顔でミハージィのほうを向いた。
「そんな風に見える?」
ミハージィは少し口を尖らせて体を揺らした。そんな風に見えたからそう言ったのだ。こんな時にどう返せばいいのかわからない。
スーウェンは大きく息を吸い、自分が少女に対してどんな風に見えるかを思った。自分の言葉をあんな風に否定されたら良い気分はしない。自分だってそうだろう。遠い昔にそんな時もあったように感じる。
「ごめんなさい……ん、泣いてた。ごめんなさいね」
スーウェンは不安げにミハージィの顔を覗き込むようにして見た。ミハージィは悲しんだだろうか、怒りを感じただろうか。気遣いの言葉を蹴って返されたのだからそうであっても不思議ではない。
「うん。いいよ」
ミハージィは目を伏せ、一息唾を飲みそう言った。
「でも、どうして泣いてたの?」
今度はミハージィがスーウェンの顔を覗き込むようにして言った。小さく気遣う声。二人に聞こえないように顔を寄せた声。
スーウェンは困った顔で俯いた。なんと言えばいいのだろう。自分の不幸をミハージィに語りたいとは思えない。それを受け止めるには若すぎる。なにより、知って欲しくない。打ち明けてなにが変わるというのか、ミハージィにまで憐れみの眼差しを送られるのか? 仮にそうでなかったとしてもミハージィにこの気持ちの欠片でも渡したくはない。
「寂しかったの」
本当のことだ。それがどんな寂しさであるのかを語る必要はない。
「お姉ちゃんが?」
ミハージィにはそれが信じられなかった。森に独り、あれだけ長い間住んでいたのに。独りで生きていける年上の女性が寂しさで泣いていた。そんなことがあるだろうか。
「ええ。寂しかったの」
スーウェンは言いながら自分はまだ大人になれないのだなと思い目を伏せた。目の前の少女が少し大きく感じられる。いつからだろう、時間が止まってしまったのは。今ここにいるのは何歳の自分だろう。寂しさとは別の、虚しさ、無力感、なんと呼べばいいのか分からない気持ちの悪さが喉までせり上がってきていた。
「上手く言えないけどね」
スーウェンはどうにか吐き出し、口で浅く息をした。
ミハージィは少しだけ傍に寄って座り、スーウェンの左手を包むように握った。
ありがとう。そう言って堪えようとした涙を袖で拭った。




