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長い旅というのは傍から見るよりも汚らしく、疲れる。それは時に命の危険を感じさせるし、見たくもない人の側面を感じさせる。
人の側面。
時折それについて考えることはある。着飾ったそれを表と見るか裏と見るか。裏側を本質だと思うのならそれは絹のヴェールを被っている豚であると言えなくもない。ただ、絹のヴェールを被った豚はそれなりに可愛らしいかもしれないし、それが裏だとか表だとかそういう議論の無意味さなのかもしれない。糞尿に塗れた豚はやはり臭いだろうし、汚いと感じるだろう。それでも肉が美味いのなら飼う価値はある。肉が不味いなら? 土地を荒らすそんな豚を生かしておく理由はない。豚からすれば殺される理由なんてありはしないだろうが。どうあっても側面であるし、どうあっても正面であるというのは目を逸らしたくなる事実だ。少なくとも俺達は好ましくない隠れた面を側面だと思いたいんだ。
丘上から遠くに見る町。町と呼ぶには小さいが村と呼ぶには大きい。酒場の主人や風呂場の主人。宿の女将の顔を思い出す。給仕の女は本当にこんな顔だっただろうか、溜息と共に小さな懐かしさを吐き出してシャジーチは川を見た。それほど大きくはない、それでも川は町を生かすには十分なのだろう。誰もがその水を使い、川を大切にしている。町に張られた木製の用水路には苔が生え、所々に修繕の跡が見られる。賑わうでもなく寂れるでもない不思議な町。新しいなにかを見ることはなく、新しいことがあったとしても、それは他でありふれている。成長することもなく、ただ傷を埋めながら老いていく町。
火事であったり嵐であったり。大きな傷を負えばこの町は死んでしまうかもしれない。なぜそんな考えが浮かんだのかはシャジーチにもわからなかった。ただ、なんの気なしに流れる川を見てそう思った。この丘に立って町を憂う日が来るとは夢にも思わず、自分も歳を取ったのだろうと思いながら俯く。馬達は水を飲み、草を食む。ミハージィは相変わらず男の脚の間に座ってスーウェンと話している。あの男のなにをそんなに気に入っているのか今でもわからない。ただ、あの男に触れていられるということが信じられないし、そうしていられるということは神の配したものなのかもしれないとも思える。たといあの男が碌でもない男だったとしても、他ではありえないような出会いに運命を感じずにはいられない。それが一人娘のものであるのなら尚のことだろう。思ってはいても、眺めれば眺めるほどもどかしさが募る。何も感じない、何も思うところがないと言えば嘘になる。
それでも穏やかにそれを見ていようと思えるのは男の人柄だろうか。それともスーウェンがいるからだろうか。
あの男は不思議な男だ。飲まず食わず、しかし手伝えと言ったことは文句も言わずできる限りやっている。たまに飲め食えといえばしぶしぶながらそうする。何も望まず、何も思わず、ただミハージィの望むようにさせ、欲しいと思ったものを与えているようにも見える。与える、というのも少し違うか、あの男は池だ。水を飲みたいと思ったものが思い思いに掬っていく、そんな感じがする。
スーウェンは男のことをどう思っているのか。あの森で出会うことに運命を感じた、そう言われても否定はできないだろうな。俺ですらそうだ。あの男には神秘的な何かがある。あの痛みとは別の、男の周りだけ流れている空気が違う気がする。スーウェンは男に惹かれているのか? それは聞いてみないとわからないし、聞いてみたところで心の内が覗けるわけでもない。スーウェンにも力がある。人の持ち得ない力が。スーウェンはそれを力と思っていないが誰が見ても魅力的だ。影のある美人というのはそれだけで不思議な魅力がある。妻子を持って尚、魅力的だと感じるだけの力がある。加えて四精を操れるなんてのを見れば誰もがお近づきになりたいと思うだろうな。しかし、男はなんとも言わずはっきりとしない。やはり池だ。掬いたければ掬うがいい、飲みたければ飲むがいい、ただ、池の中には痛みが沈んでいる。想像を絶する痛みが。
スーウェンに比べればミハージィはまだ子供だ。無力で、何も持たない。もう少し育てば俺の商売を継ぐだろう。そういう意味ではそれなりの商家の娘と言えなくもない。しかし、男がそんなことに魅力を感じると思えない。
考えれば当然のことなのかもしれない。何も持たない娘が他の誰もが羨むであろう何かを持った二人を見ているのだから惹かれないわけがない。遠くから見ている分にはきれいな人だとか男前だとか、、そんな風に思って終わるだろうが。
シャジーチはそこまで考えて思い当たった。自分が惹かれている光に娘が抗えるわけがないのだ。それがどんなに手の届きそうな位置にあっても掴むことはできない。そんな諦めを娘はまだ知らないのだから。あるいは、掴みかけているのだろうかと思い、俯く。
自分が掴んだ光。掴んだと思っていた光。手から零れて見失った光。
他の誰かもそう思うのだろうか。そう感じるからこそ、娘を溺愛する父親がいるのだろうか。自分が見失った光を見失って欲しくないから。あるいは、掴み損ねた光を掴んで欲しいと思うからこそ。
シャジーチは大きく息を吸い、ゆっくりと長く吐いた。肩の力を抜き、遠くの空を眺める。いつ以来だろうか、頭の中が澄んでいる。考えが浮かび、すらすらと流れていく。涙すら流せそうな清々しさ。顔を拭う布が清潔であると感じることの素晴らしさ。こうやって考え、穏やかに澄んでいられるのは間違いなくスーウェンの恩恵だ。水に困らず、火に困らず、土を掘り返す手間もなく、風を気にすることもない。
これがなくなったら――。
シャジーチはスーウェンを追い立てた連中の気持ちを理解したような気がした。
危険なのだ。スーウェンに頼り切ることは危険だ。スーウェンが生きている間、集落は隆盛を極めるだろう。それこそ色々なすべてが恩恵を受け、彼女一人ですべてを管理できるほどに効率化されるだろう。なにもかもが大きく一つにまとめられ、スーウェンのさじ加減ですべてが変わってしまう。それだけならまだいい。スーウェンは死ぬのだ。どんなに長く生きようと人は死ぬ。死んだ後に残るのは彼女なしではなにもできない大きな集落だ。火を起こすことも水を汲むこともできない。土を捏ねる者はとっくにいなくなっているだろう。風のない場所に風車が立っているなんてことにもなりかねない。
そこまで考え、シャジーチは旅の準備を怠らないよう自らを戒めた。スーウェンがいるからといって物資の比率を変えることはしてはならない。それは遠くない未来に破滅をもたらすだろう。スーウェンが生きている限り続く無限の誘惑。
スーウェンが死なないとしたら? 異形の天才が永遠に生きるとしたら?
彼らは弱い自分達を知っていただけだ。無限の誘惑から逃れる術はない。




