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 夜は静かだった。毛布を掛けられ、ミハージィの隣に寝ている。暗闇の中でもそれくらいはわかった。はっきりしない頭を感じながら上体を起こし、暗闇に視線を泳がせる。

 暗闇。何も見えない。草の揺れる音が聞こえる。

 灯りを。そう思い小さな火を灯す。眩しさに顔を顰め、目を擦って欠伸をする。木造の家、見覚えのない家具。ここは森の外。本当に。


 慌てて火を消す。焼き付いた火が暗闇に揺れている。本当に森の外なら火を灯してはいけない。もっと自然にしなくては。暗闇の中で目を閉じる。息づかいだけが聞こえる。本当に森の外へ来たのだろうか。隣にミハージィがいるだけで、いつもと変わらない夜かもしれない。本当に?

 すぅすぅと鼻の鳴る音だけがそこにあるような無力感。息づかいと共に膨らみ、萎む。わけもなく涙が流れる。冷たい筋が顔に走る。穏やかで、どこか清々しい気持ち。眼の奥に溜まったものが流れでてくる。涙と、オモいなにか。

 目を開く。相変わらずなにも見えない。それでも、気分は軽かった。もしここがいつものベッドの上で、あるいはそうでなくて。もしも、ここが牢の中で、あるいは断頭台の上で、見世物のようになった私の夢だったとして。

 小さな火を灯して、慌てて消す。

 笑い声も歓声も聞こえない。

 ここはやはり暗闇で、森の外。

 

 どれだけの間そうしていたのかはわからない。暗闇を眺め、忍ぶ足音を聞いた。床板の小さな軋み、手探りに壁を撫でる音。扉が開き、閉じる。誰かが出て行った。


 追うべきだろうか。わからない。


 しかし、スーウェンはそれと同じように外に出た。忍び、探り、なにかを蹴飛ばしそうになりながら。それを思えばその誰かは中の様子を知っていたのだろう。スーウェンよりも遙かに滑らかに出て行ったのだから。

「起きてたのか」

 スーウェンが外に出たとき、誰が出てくるのかわかっていたかのように男が言った。暗闇の中、辛うじて影の見える星明かりに座っている。スーウェンは男の背に覆い被さりたい衝動を感じながら少し離れて隣に座った。

「疲れてないの?」


「なにもしてないからな」


「そうね」

 スーウェンは肩を竦めて言った。誰に見えるでもない。

「眠れなかったのか?」

 男はそれほど興味があるわけでもなさそうだった。単に聞かれたことを聞き返しただけ、相手の疑問を投げ返しただけなのだろう。

「ぐっすり寝たわ」

「そうか」

 良くもなく悪くもなく。スーウェンは男がそう答えることを知っていたような気がした。暗闇の中のやりとりは目を閉じて考え事をしているような気分になる。言葉と言葉の間を埋めるのは朧気な黒だけ。言葉を探すうちに迷ってしまう。なにを話していたのか、なにを話そうとしていたのか。俯いてもなにも見えないから、空を見上げる。

「きれいね」

 男はなにも言わない。

 なにがきれいなのかわからない。星がきれいだとは思えない。それについて付け加える言葉はない。男の返答はそんな風だろうか。スーウェンは自分の胸の中へ視線を移す。

 あるいは、遠くで輝いて見えるだけのものが美しいのかどうかわからない。神がどんな姿をしているのかわからないのと同じように。光の向こう側にあるものがなにかを知らないのだからなんとも言いようがない。太陽が燃えていると感じるのは熱いからだ。汗ばむような熱気や背筋を震わすような冷たさの中の温かさを感じるから。星は冷たく、月はいつも同じように影を持っている。夜の光は燃えてはいない。

 ただ暗闇の中の光をきれいだと思うのだろうか。熱さとはなんだろう。空から注ぐそれは。魂や心、あるいは、薪のように燃えるなにか。

 燃え尽きた太陽はどんな風に見えるだろう、白く散る灰のように見えるだろうか?

 スーウェンは思わず掌で火を掬い、眺めた。男はなにも言わず目を閉じる。

 火を消すことに負い目はなかった。人を気にして慌てることも、眩さをを恥じることも。


 暗闇に焼き付いた揺らめき、ただそれだけが残るのかもしれない。


 スーウェンは男のほうを見た。

 燻る灰のように、消えゆく光が痛みとして残っている、そんな風に思えた。光を放ち燃えていたいつかの面影を探している。そんな風であればいいのにと。灰の男、燃え殻の精。こんなことを言えば男は笑うだろうか。私の力が男を救えるなら……。

 月や星のような冷たい光、暗闇の中の光。暗闇の中にいるからこそ美しいと思える光。結局のところ、私は自分の不幸に酔っているのかもしれない。

 身勝手な希望を抱き、首を振って戒めることの繰り返し。

「誰かを好きになったことってある?」

 男は困ったように小さく鼻を鳴らした。


「やっぱり忘れて」

 男はなにも答えなかったし、なにも言わずに頷いたのだと思う。それとも、私が聞かなかっただけだろうか。聞きたくない、知りたくない答え。きっと私は疲れているのだろう。

「おやすみ」

 そう言って部屋へ戻り、毛布を被って丸くなっていた。何度も思い返しては自分を強く抱きしめ、寝返りを打っては溜息をつく。男に出会ったことを呪い、森を出たことを呪い、この夜を呪い、こんなことを考えてしまったことを呪ったことまでは憶えている。




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