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34.


34.



 木立の向こう側。馬車の荷台から見るかつての家はとても寂しく見える。

 特別片付けたわけでもない。少しの着替えくらいしか持ち出していないというのに。火の絶えて久しく見えるあなぐら。泥まみれの大樹の洞。人が住むには足りないものが多すぎる。かと思えば大きな水瓶は満たされている。近くに川もなく、井戸があるでもない。夜露を貯めるようなこともないというのに。

 遠ざかっていく洞を眺めながら暮らしを思い返す。まだそれほど離れてはいない。しかし、とても遠く感じる。何度冬を越しただろう。三度か四度、本当にそうだろうか。曖昧な記憶が同じ冬を重ねてはいないか、思い出のない冬があったかもしれない。

 私はどれだけ歳をとったのだろう。大人になれただろうか。父や母のように。今となっては輪郭すら朧気だ。二人とも痩せていたくらいにしか憶えていない。思い出だけが記憶のすべてなのだと思えてくる。パンを捏ねたことや畑を耕したこと、薪を割る父を見ていたこと。痛みや苦しみですら憶えてはいられない。

 いつかすべてを忘れて私が消えてしまったとき、大人になれるのかもしれない。


 スーウェンは視線を戻して男を見た。ミハージィに左手を預けて座っている。なにがそんなにもミハージィを惹きつけるのか考えている、そんな風に見える。相変わらず表情からはなにも見えない。男が今何を感じ、なにを考えているのかは全体を見て想像するしかない。視線は虚空を見ている。中空に漂う何かを追ってはいない。そこには何もなく、あるいは触れられる手先を見ているのかもしれない。ミハージィがどう触れるのか、何を感じ、なにを考えているのか。それとも、そんなことはなく呆けているだけだろうか。言葉をかけてしまえば男ですらそれに気付かず忘れてしまうような気がする。

 ミハージィは男の左手を包むように撫でるようにして触れている。指の輪郭から爪の先端へ、少しずつ擦るように、先端に人差し指を押しつけて痛みを感じるように。掌へ親指を押しつけて瞬く。物珍しさ、そこにしかない感覚。何を感じているのだろう。私やシャジーチの感じた痛みと同じものだろうか、私とシャジーチの感じたものは同じ痛みだろうか。私ではわからない。シャジーチでも。神のみぞ、いや、神はこんなことを考えたりはしないだろう。感じるわけもない。だとすればなんのために?

 スーウェンはふと火を起こしそうになった。それは彼女にとって神を感じずにはいられない力だったからだ。自身の力だとは思えず、かといって恐ろしく語られる悪魔の力だとも思えなかった。人々が連綿と続く営みの中で焚き続ける知恵の力。良くも悪くも。


 夢に落ちる瞬間、小さな火を見つめてしまう。


 スーウェンは思い出し、夢を見るのだと思った。

 少女の穏やかな夢を、触れられる男の夢を、眺めている女の夢を。

 そんな直感を求めていたわけではない。しかし、往々にしてそういった意識と乖離した閃きを人は信じたいと感じ、それは一つの答えなのだと信じてしまう。吹聴して回りたいとか、それについて語りたいとかそういうものでなく、ただ、魂に刻まれる。



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