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 トウモロコシの粉、塩、トウモロコシ。煮立つ鍋をゆっくりとかき混ぜる手が止まる。こうやって料理をつぎわけるのはいつ以来だろうと思い返す。きっと去年の今頃も同じように思っていたに違いない。スーウェンは背中に滲む温かさを感じて表情を緩めた。

 それぞれの器につぎわけて乾いたパン切れを乗せる。ゆっくりと沈み、ふやけ、溶けるように膨らむそれはいつ見ても心地の良いものだ。

 敷物の上に円を組むように座り、各々が一礼して匙を入れる。

 特別に豪勢な食事というわけでもない。特別に美味しいと思えるようなものでもないはずのそれがとても嬉しく感じられるのはなぜだろうか。スーウェンはスープの半分染みこんだパンを冷ましながら囓り、それぞれの表情を見た。

 男には相変わらず表情がなく、なんと思いながら食べているのかわからない。普段の食事も勧めなければ食べないあたり空腹ではないのかもしれない。

 シャジーチはスープにたっぷり浸したパンをいきなり頬張って思わず吐き出してしまった。その後は息を吹きかけたり少しずつ囓ったり工夫している。どことなく嬉しそうで、美味しいと思ってくれているような気分になれる。

 ミハージィは少なめのスープに息を吹きかけながらかき混ぜている。パンを頬張るようなことはせず、スプーンで持ち上げたスープに息を吹きかけ、湯気が出ないようになってからゆっくりと口に運ぶ。

「いや、うまい」

「褒めても何も出ませんよ」

「いやいや、人の作った飯ってのはうまいもんだよ」

「塩もあったし、トウモロコシがおいしいのに」

 スーウェンは謙遜する風でもなく答える。

「ま、そう言いなさんな。どう感じてるかわからんが旅する身としては火を起こすだけでも面倒なもんさ。なんでもかんでも燃やしちまうわけにもいかんしな」

「そう言われたら言い返せないのよね」

 スーウェンは浮いている炎を見て呟くように言った。

 火や水を好きに使えるというのはそれだけで大それたことなのだ。独りで生きているとそれがわからなくなる。木を切り、薪を割り、あるいは桶を担いで水を汲む。そういう生き方をしていたのだと忘れそうになる。そうして積み重なった薪と同じだけ私は恨まれ、焼かれてきたのだろう。今ならそれが理解できるような気がする。

「あなたもずるいと思う?」

 スーウェンは目を伏せ、やはり呟くように言った。

「なにが? ああ、火か。そうさなあ」

 シャジーチは頬張りかけたパンを器に戻して顎を撫でて考える。

「ずるいとかよりも自分なら、ってのが先かな。そりゃまあなんであいつだけって考えるヤツもいるだろうけどよ、できるできないって話なら色々あるしな。走ったり飛んだりさ。馬の走るのにはどう考えても勝てないし鳥みたいに飛んだりもできねえ。でもそこで本気でずるいとか嫌がらせしてやろうっては思わねえわけよ。ま、たまにいいねえ鳥は、とか言っちまうけどさ。初めてその火とか水とか見たときは風呂屋を始めるだけで金持ちになれるとか考えてたもんよ。薪もいらねえ水も汲まねえ、風呂場も自分で焼けちまう。場所だけあればやっていけるじゃねえか」

「商売人ね」

「だろ? まあ、だからなのかもな。別にずるいとは思わねえよ。すげーけどさ。それに馬とか鳥とか見てると偶に思うんだ、こいつらも大変だなって。まあ、馬に大変なことさせてるのは俺なんだけど。馬が本当に大変かはわからねえけどさ、蹴り殺されない程度には仲良くやっていけてるよな。まあ、なんだ、仲良くやってるならいいんじゃねえの?」

「仲良く、ね」

「そそ、火点けて貰って料理もやってもらってなんでお前はそんな簡単に火を点けられるんだとか水汲みやらねえのはなんだなんて言うヤツには飯はやれねえよ」

 そこまで言ってシャジーチもスーウェンの心情を察したのか寂しそうに続けた。

「でもまあ、そういうヤツもいたんだろうな。だろ?」

 スーウェンは目を伏せてなにも言わなかった。

 彼らの気持ちはわからない。こうやって考えることに意味はないのだ。私は追われ、彼らは薪を割り、水を汲んでいるのだろう。

「そうさな、本気で風呂屋をやるなら浮いた薪代やら水代で飯でも振る舞ってやんなよ。独り贅沢すりゃあ誰だって恨まれる。風呂に入って飯まで食える。そこまでしてやったら仲良くなれるさ。そんで早いとこいい旦那を見つけるんだな。美人が独り身だと女は怖いぜ。女の腐ったやつなんて言葉もあるしな。ふて腐れた女はなにするかわかんねえからよ」

「ふて腐れた女ね。わかる気がする」

 昔を振り返り、恨みを晴らすにはと思いを巡らせていたことを思い出す。心底憎んだからこそ、そうならなかったのかもしれない。彼らの全てを真っ直ぐ憎んでいたから。あのまま心を腐らせていたら彼らは灰になるだけでは済まなかっただろう。

 彼らだけを憎んでいたなら、暴力を肯定していたなら、彼ら以上の化け物が生まれていただろう。村を焼き、森で生き、人を糧にする邪悪な老婆が。

「まあ、もう忘れたいんだろ? だからついてくるってんだろ?」

 スーウェンは虚空に小さく頷き、シャジーチの目を向いてもう一度頷いた。

「難しいのはわかってるけどよ。忘れたいなら考えないことさ。首を振って息を吐いて、それでもダメなら叫ぶんだよ。他のことが考えられないくらいにな」

 シャジーチはそう言って寂しげに目を伏せた。スーウェンもそれについては何も言わなかった。忘れたいことは考えない。首を振って息を吐いて、それでもダメなら叫ぶことにした男が目の前にいるのだと思った。


「さ、湿っぽいのはナシ。飯喰って明日に備えないとな」


 当たり障りのない会話に夜が過ぎていく。


 いつか、忘れられるだろうか。



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