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住処の洞から少し離れた別の洞でシャジーチは樽を下ろしては息をついていた。息は白く、じわりと汗が滲む。何度繰り返しても樽が軽くなることはない。木箱の藁を荷台に分け、スーウェンの焼いた皿や壺を丁寧に梱包していく。何度見ても見事なものだ。継ぎ目なく流れる線、まるで釉薬の生きているかのごとく自在な文様。
一頻り眺め、溜息をついては箱へ収めていく。
緩やかな空気の流れ、滲む汗の上を撫でる冷たさにシャジーチは震える。最後の樽を転がし、体を温める。洞の中で汗を拭い、四枚目の上着を羽織る。
空を見上げる。
汗をかき、息を切らし、澄んだ意識に染みこむ冷たさに涙を流す。心地よい疲れがシャジーチを満たしている。悔やみきれない過去も不安を感じる明日もない。ただ疲れて息を切らしている今だけがある。
枝々から漏れる日だまりを探し座り込む。日の当たる場所は暖かい。土は冷え切り固くとも日の温もりを奪いはしない。
シャジーチはこめかみに右の拳で杖をつき目を閉じる。すぅすぅと鳴る息の音を眺める。穏やかに膨らみ、萎む、繰り返し。背筋に走る穏やかな痺れ。
「あらあら」
「寝てるね」
ミハージィはゆっくりと近付き、空いている方の膝をとんとんと叩いた。シャジーチはゆっくりと目を開けて視線を泳がせる。
「ああ、来たのか」
そう言って大きな欠伸をしながら体を伸ばした。目の周りを軽く拭って立ち上がる。背中は日を浴びた熱さを感じながらも体は冷えている。そこに体があるのを確かめるように撫で回す。そんな仕草をミハージィは見真似ていた。
「親子ね」
「ああ」
シャジーチは気づき、一人誇らしく思う。娘が自分の後を歩いているのだと思える数少ない瞬間、他の誰でもない。
「いい出来だった」
シャジーチは荷台の木箱を横目で見て言った。あの皿だけでもスーウェンを匿っただけの値打ちはある。それだけの関係だと思いたくはない、しかし、そう思わせる品々だ。
「そのことなんだけど」
スーウェンは伏し目がちに言った。
シャジーチもいつかはこの言葉を聞くと思っていた。微笑みながら頷き、別段驚くでもなく返事を返す。
「半々でどうだ?」
売り込みも仕入れも自分がやっている。五分は破格の取引だろう。欲をかいて三七としても三あれば分の良い品だ。
「旅に出たいの」
「旅?」
「そう」
「どこへ」
「ここじゃないところ」
シャジーチは口を歪めて右下の方を見た。そこに何があるわけでもない。難しいことを考える時の癖だ。わざとらしく表情を作って戯けてしまう。重苦しい空気でないならそれで大抵はどうにかなるものだ。
「簡単じゃないぞ」
「ええ」
「ついてくるのか?」
「慣れるまでは」
「そうか」
シャジーチの表情が消える。視線を落として真っ直ぐを見ている。色々な物事が頭の中で積み重なっていくのが見える。明日の荷造り、次の町への道のり。次の取引、そしてこれから先。積み重なるものが見えなくなり、最後の成功を掴んだ手が止まる。
「まあ、飯でも食いながらゆっくり話そう。燻製のいいのがある」
「それは楽しみね」
「酒は飲むのか?」
シャジーチは男を見て言った。男は首を横に振って一言答えた。
「荷物は明日積み直して明後日の朝出発する」
「ありがとう」
「遅かれ早かれこうなるとは思ってたさ。歩合の話が先だと思ってはいたが」
「期待はずれ?」
「期待以上さ。寂しくはあるがね」
シャジーチは言いながらミハージィの頭を撫でた。
「仲良くしてくれよ」
「よろしくね」
ミハージィが頷き、男の方を見る。男にはついてくる理由がない。ついさっき知り合った程度の仲でしかないのだから。なんと言えば男と一緒にいられるだろう。言葉を探しながらシャジーチの顔を恐る恐る見上げる。
シャジーチは細く長い息を吐きだして頷く。
「あんたも来るよな。次の町までくらいは」
男はなんと答えたらいいのかわからず視線を落とした。望まれた答えはなにか、望まれない選択はなにか。自分の欲求を見つけられないまま視線を上げ、小さく頷く。
「お願い」
スーウェンの言葉にもう一度頷き、シャジーチに向かって頭を垂れる。
「ま、気が向いたら仕事を受けてくれ、贅沢しなけりゃ困らない程度には稼いでる」
シャジーチが馬車へと歩きだす。
「さ、行こう。こいつらにも休みがいる」




