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見慣れた森の風景。来訪の度にこの森の神秘を感じる。生きているものが、生きているもの達が、これほどに変わらず整然としているのはなぜだろう。時折羽ばたく鳥達ですら、いつかここで見たように感じられる。それとも、どの森も、どの道も同じなのだろうか。整然と木立が並び、道を辿るように枯れ葉と草の線が入り乱れている。
シャジーチは馬車に揺られながら空を見た。ささくれ皮の樹の幹、申し合わせたように譲り合う枝々。灰色の雲、微かな蒼。それらはやはりどこかで見たことのある空で、世界というものは全ての連続なのかもしれないと思い当たった。
遙か昔、あるいは昨日、これから先。年を食った商人が森の中で空を見上げ、自分の過去を憐れみながら世界を感じている。彼らは答えを見つけただろうか。納得できる何かを見つけ、前に進むことができたのだろうか。心の中に常にある日々は懐かしく、煤を被ったように暈けてしまっている。どれだけ払おうとも拭い去れない煤。求めれば求めるほど煤に埋もれ、輪郭を失う。
あの痛みのように。
シャジーチは無意識にそう思った。自我の外側で感じる直感に似た確信。一方、意識はかたかたとなる車輪の音に連れられ煤に埋もれていく。自分がこんなことを考え始める遙か以前、人並みに幸福だったのだと感じられる思い出の中へ。
キナー
女の子よ
抱いてもいいか
ええ
どうしたんだ
なんでもない
独りで悩むなよ
ええ
夕方までには戻る
わかったわ
気をつけてね
ああ、行ってくるよ
そしていつも帰ってくる。
揺りかごと手紙。キナーのいない場所。ミハージィを抱いて方々へ尋ね回る惨めな自分。一体なにを間違えたのだろう。なにか大事なことを見落としたのだろうか。旅の合間に一目惚れしたとでもいうのだろうか。誰が、誰に?
人の心はわからない。キナーは笑っていた。確かに悩む素振りもあった。それでも、できる限り助けようとしてきたし、助けてくれる関係を保っていたはずだった。
裏切り
キナーの言葉。裏切りと言うからには背信なのだろう。そして、それは良心に照らすなら悪心であると明らかなことだ。少なくともキナーはそう感じていたはずだ。彼女は賢い。言葉を違えるほど愚かだとは思えない。そして誠実だった。
どこから、どこまでも誠実だった。
キナーの心を奪った何者か、あるいは心変わりせざるを得ない事情。商売は今ほどでないにしても上手く回っていた。旅の合間に借金をこさえるほど羽目を外したこともない。
キナーは違ったのだろうか。知らないところで首の回らぬほどのしがらみを作っていたのだろうか。どこまで考え想像しようともキナーを恨んだり憎んだりする気にはなれない。他の全てを受け入れよう、ただ、傍に居て欲しかった。自分の傍に、ミハージィの傍に。
他の誰かを憎めればこんな気持ちにならずに済むのかもしれない。しかし、キナーの心を抗いがたく曲げてしまうほどの男を考えると恨む気にもなれない。自分の不甲斐なさ、相手を思えば思うほど悪態をつくしかない卑屈な自分を想像してしまう。そんな風にはなりたくない。なんとも惨めで、憐れだ。
ミハージィ
娘の隣にあるときくらいは一人前の父親でいたい。精一杯の虚勢を張るために、いつか虚勢でなくなるように。
思いながらシャジーチは振り返った。そこには森しかなく、積まれた荷物が揺れている。理由もなく娘の顔を見たい、抱きしめたいと思う。不安。娘はどんな父親として見ているのだろう。多少なり誇れると思ってくれているだろうか。
体の力が抜け、視線が下がる。かたかたという音が無限に鳴っている。
力ない無心、気付けば、洞の傍へ来ていた。




