六十四
前回は凛の家に向かおうとしたところで終わりましたが、都合によりそれは無しにしました。
最後の最後で本当に申し訳ありません。
(凛を好きだと自覚してから、凛を廊下で見つけると、目で追うようになった。
朝、登校中に聞く音楽の音量を、少しだけ下げて向かう。
お昼休みにあいつが来るまで弁当に手を付けなくなった。
放課後、いつもよりゆっくり帰り支度をして、少しだけ長く学校に居てしまう。
別れ際、背を向けた後に振り返ってしまい、物足りなさを感じる。)
藍那は自分の中で変化があるのが分かっていた。そしてそれが全く気持ち悪くない。むしろ心地良ささえ感じていた。
今日はバイトらしく、17時頃にバイト先へ向かい働く。
20時になりそうなところで、嶺二が来店して来た。最初の頃のキツい香水の匂いは無くなったが、制服を脱げばただのヤンキーの様な風貌の嶺二。
「いらっしゃい」
「どーも。相変わらず愛想の無い接客だ事」
「放っておけ。何にする?」
「いつものでいいよ」
「ん」
藍那はナポリタンを厨房にいる店長に任せ、アイスコーヒーを作り始める。
嶺二は転校してこちらに住む様になってからはたまに藍那の店に夕飯を食べに来る様になった。いつもナポリタンとアイスコーヒー、デザートにケーキを食べていくので、いつものやつで通じてしまう様になった。
「で、凛くんとは付き合ったのかな?藍那ちゃんは」
「ん?まだだが」
「はぁ!?まだ!?何してんの?」
「いや、タイミングってものが...それにちょっと緊張しちゃって...」
「アノ藍那チャンが緊張ぅ...?」
「失礼な、私だって振られるかもしれないという恐怖はあるぞ...」
藍那はプクッと小さく頰を膨らませながらグラスに氷を入れていく。
「いや、絶対ありえないでし。凛くんが君を振るなんて」
「...分からないだろ。待たせ過ぎたかもしれない、あまりに相手にしなさすぎてあっちが幼馴染としての好きに変わっているかも...」
「弱気な藍那ちゃんキモ過ぎなんですけど...。絶対大丈夫だからさっさと告りなよ」
「とりあえず!私は私のタイミングで行く。それでダメだったら...その...あきら...諦めるぅ...」
藍那は自分で言って悲しくなったのか若干涙目になって来た。
出会った当初は氷の女王、鉄の心を持った女戦士みたいな印象だった藍那が、恋をしたと分かった途端にここまで揺らぐとは想像もしなかった嶺二は、もう見てて面白かった。
「ま、タイミングは大事だわなぁ」
嶺二は藍那に言うでも無く独り言としてそう呟いた。
バイトも終わり、結局閉店時間までいた嶺二は藍那を家まで送る事にした。
しばらく歩いて、もうすぐ藍那の家の近くまで来たところで藍那が急に立ち止まった。
「どしたぁ?」
「................」
藍那はジッと一点を見つめている。嶺二も視線の先を見ると、若い女性と話す凛の姿があった。
若いと言っても学生には見えず、綺麗なお姉さんだった。
「あー...こりゃまたタイムリーっつーか、なんつーか」
「................」
藍那はそーっと視線を外し、ゆっくり一歩一歩離れていき最後はダッシュしてその場から逃げるように離れた。
とりあえず嶺二も藍那に着いていき、気が済んだのか疲れたのかは分からないがある程度走って立ち止まった。
息切れが凄いので、とりあえず話しかけるのはやめておいた。
「はぁ...!はぁ...!うっ...!っはぁ...」
「................」
嶺二はすぐそこに公園を見つけたので、膝に手を置いて肩で呼吸をする藍那をベンチに座らせた。
「...だ...いじょうぶか?」
「................」
「まぁ...なんだ、ただのお友達かもしれねぇじゃん!ほら、今まで興味なかったから知らなかっただけで、実は凛くん女友達多かったのかも...」
「...あんな綺麗な女友達がいてたまるか」
「いや、別にいたって良いだろ綺麗な女友達は...。まだ彼女って決まったわけじゃねぇだろが」
「そうだな、もしかしたらお嫁さんかもな。ははっはははっ...ははははははははははははは」
「拗らせてんなぁ...」
嶺二はポリポリと頭を掻いて、藍那の隣に座った。
しばらく放っておいたら、藍那の肩が震え始めたことに気付いた。一瞬で冷や汗が出てきて、まさかと思い顔を覗き込んだら、藍那は大量の大粒の涙を流していた。
「どうしよぉ...れーじ...。わたしまだ...ひぐっ...!りんにすきって...いえてないよぉ...!!」
「あ...うん...」
「どーしていつも...きづくのがおくれるんだろう...?なんでもっと...はやく...、じぶんのきもちを...!り...りかいしなかったんだろ...!」
背中はピンとしてる癖に、顔を手で覆って隠そうとしないくせに、次から次へと大粒の涙を頰に伝せていく。
「うっ...!んくっ...!あ...あぁ...!うぁあああああああああああああああああああああ...!!!」
やがて堰を切ったように藍那は声を上げて泣いた。
嶺二はそんな藍那を隣で見つめていた。そして溜息を一つだけ吐いて藍那の目の前にしゃがんで両膝に丁寧に置かれた小さな手を自身の手で覆った。
「藍那、こっち向け」
「...グスッ...!うっ...!あぁ...!」
「何度も言うがまだ決まったわけじゃねぇ、だから泣くのをやめろ。うぜぇ」
泣いてる相手に対してここまで酷い事を言える者がいるだろうか。いや、居まい。
「俺は凛と出会ってまだ全然あいつを理解してねぇし、仲良くもねぇ。だからずっと近くであいつを見てきたあんたに聞くぞ?あいつは、あんたにあんだけ好きだ好きだ言っておきながら他の女と付き合う様なクソ野郎なんか?」
「................(フリフリ)」
藍那は大きく首を横に振って否定した。
「あんたはもう、一度凛を好きだって認めたんだ。で、幸せにするって言ったんだろ?」
「................(コクリ)」
「なら、是が非でも凛を奪って幸せにしなきゃな?」
「...そ、そんなことして...いいの?」
「ったりめぇだろ。じゃなきゃ不倫だ浮気だなんて言葉はこの世に存在しねぇ」
ひっどい説得するだが、藍那は吹っ切れた様な顔をした。
「そうか...私はまだちゃんと振られてない。あいつに好きって伝えてないぞ!」
「おう!!何処の馬の骨だか知らねーが、お前の男に手ぇ出したんだぜ?野放しにしておくかぁ!?」
「しない!完膚無きまでに叩き潰し木っ端微塵に...」
「やり過ぎやわ」
調子を取り戻した事を確信した嶺二は、藍那を凛の家に連れて行く事にした。
「行くぞ、凛くんのところへ」
「え、今からか...?」
「当たり前だろ、とりあえずあの女が誰なのか確かめに行かにゃ」
「そ、そうか...。そうだな...!」
そうして二人は凛の家に向かった。
「え?あの人兄ちゃんの彼女だけど?」
「「........へ?」」
「何か、兄ちゃんが家に忘れてった物を届けに来てくれたらしいよ。そんな事より、何で二人が一緒にいんの?」
取り越し苦労も甚だしい結果となった。
「ま、普通に考えてそうだわな」
「嶺二だってちょっとはそう思っただろうが!」
「思うか!あー疲れた、俺帰る。あ、そうだ凛くん、藍那ちゃんがお話あるんだってさ、しっかり聞いてあげな〜」
「あ、おい!嶺二!」
「聞こえませーん」
嶺二は藍那の呼びかけを完全に無視してさっさと帰ってしまった。
そして続く沈黙、凛は藍那の話を待って家に入ろうとしない。
「藍那ちゃん?何?話って」
「あー...えっとですね...」
(やばい...!いざ告白となると凄い緊張してきた!というか今日するなんて思ってなかったから...。ここは態勢を立て直してまた後日...)
何でもないと言って家に帰ろうとした藍那は、凛の方を向いた。が、ジッと見つめ返してくる凛の顔を見て思いとどまった。
(いや...何度目の『また今度』だ?今さっき後悔したばかりだろ。もう、『また今度』は無しだ)
大きく息を吸い込んで吐き、パァンっと両手で頰を叩いて気合を入れる。
急にそんな事を目の前で行われたので凛は少し驚いていた。
俯いていた顔をもう一度上げて、凛の目を真っ直ぐ見つめた。
「凛!」
「ん?」
「あの...あのな...!?」
「うん?」
「...あの...そのな...?えっとな...?」
「うん、聞いてるよ」
凛はそう言って藍那の頭を優しく撫でた。
(ああ...大きな手だ。私は何度この手を振りほどいたんだろう...?勿体ない)
今までうざったいと感じていただけの凛の手が、今はどうしようもなく愛おしく、もっと撫でて欲しいと思ってしまう。
「凛...私は、幾度となく失敗していた」
「...なにを?」
「お前の好意を蔑ろにし、色々な人から何度目も大丈夫かと聞かれたのに全て無視して自分の気持ちに向き合うこともしなかった」
「うん」
「で、先日向き合ったところ...お、...お前が...す、好き...だということに...気付きまして...だな」
「................」
「こ、今後はもう...凛を...幼馴染とは、見れなくなってしまう...」
「................」
「も、もし凛が...!今の関係、幼馴染としての関係を続けたいと言うのなら...悪いが私は...それに賛同しかねる...。だって私は...狂おしい程お前が好きになってしまっている...!」
藍那は震える手で自分の頭の上に乗っていた凛の手を両手でギュッと握りしめて、その手越しに凛の目を見た。
その目は涙を溜めていて、また泣き出しそうになっていた。
「お前の意見を...聞かせて...欲しい!」
「...えっと...」
凛はようやく言葉を発し、一度口を噤み、小さく溜息を吐いた。
藍那は凛の一挙手一投足にビクッと体を震わせる。
「そうだよね...藍那ちゃんはそういう人だった...僕としたことが忘れてた」
「凛...?」
「藍那ちゃん、僕も藍那ちゃんが好き、大好きだよ。それは小さな頃からずっと変わらない」
「................」
「今だって、両思いになってる事が信じられなくて、夢なんじゃないかって思ってるし、すっごく藍那ちゃんを抱きしめたいよ」
「...そ、そか」
藍那は一度俯いてから、ピョンっと凛の懐に移動して、キュッと抱きついた。
「あ、藍那ちゃん...?」
「い、今までいっぱい...待たせたからな...!これからは、私が先導してやるぞ...!」
「藍那ちゃん...。ありがとう」
凛はそう呟いて、藍那を抱きしめた。優しくはないが、苦しくもなく、但し離れないようにという気持ちが伝わってくる。
(あったかい...。心臓ドキドキしてる。凛も、ドキドキするんだ...)
抱きしめられて分かる温もりと、凛の鼓動の音。心地よくて、布団の中だったら眠ってしまいそうだと一人で考えて笑ってしまう。
「藍那ちゃん、顔...上げて欲しい」
「ん?」
言われて藍那は何の疑いもなく顔を上げた。すると、凛の顔が近くまで来ていて、そっとキスをされた。
唇の柔らかさが分かった頃に凛は離れた。
「........っ!?」
「ごめんね、これとあともう一つは先導を許さない」
「あともう一つ...?」
「それはもっと先のお楽しみ」
凛は意地悪っぽく笑ってそう言った。
しばらく抱き合っていたが、そろそろ遅くなると藍那の母親が心配するので帰ることにした。
もちろん凛はいつも通り藍那を送り届けた。いつもと違うのは、手を繋いで歩幅を揃えて、心なしか歩く速度が遅いくらいだった。
「凛、実は話はもう一つあるんだ」
「何?」
「私、海外の大学へ通うことにしたんだ」
「え...?」
「私が将来やりたい事をやるには、その大学に行く事が一番の近道なんだ」
「................」
「だから、高校を卒業したらすぐにあっちの大学に行って、勉強しなければいけない」
「そっか...じゃあ、今一緒に居られるのは二年も無いんだね...」
「そうなる...」
藍那はとても気まずそうに言った。
本当はこの話をするのは嫌だった。この話をしたら、凛は寂しそうな顔をする、悲しませてしまうと思ったからだ。
藍那は不安げに凛の顔を見上げた。すると、凛は優しく微笑み返してきた。
「僕は藍那ちゃんの気持ちを尊重するよ。藍那ちゃんのやりたい事を応援する」
「........!...ほんとか?良いのか?もしその学校に通える事になったら、四年まるまる会えなくなってしまうんだぞ?」
「うん、分かってる。すっごい辛いかも知んない。でも、それで藍那ちゃんが僕に気を使って自分の道を歩けなくなるのは、もっと辛い」
「................」
「藍那ちゃんは今まで通りで良い。真っ直ぐ前を見据えて、自分のやりたい事に真剣になって、周りなんて置いてくくらいのスピードで走ってて良い」
「凛...」
「置いてかれてもすぐに追いつくから、立ち止まったら、転んだら、僕が手を引いてあげる。それでいつか僕が藍那ちゃんに追いついたら次は...僕と一緒に歩こう」
凛の言葉は、いつだって藍那の心に響く。本当に心の底から願って伝えられる人の言葉は、こうも他と違うのかと改めて藍那は実感した。
「だから行ってきな?僕も負けない」
「...凛、ありがとう!!」
藍那はそう言って凛に抱きついた。嬉しくて嬉しくて、また泣いてしまいそうになった。
「待っていろ、絶対今より綺麗になって、今よりもっと大きくなって、お前を世界一幸せにしてみせる!!だからお前は、私を世界一幸せにしてみせろ」
「もちろん...!」
二人はより一層強く抱きしめ合った。
それから一年と数ヶ月が経ち、予定通り藍那は海外の大学へ通い、凛は国内だが今住んでいる場所からは遠く離れた大学へ進学した。
時たま来る紫音と嶺二のご飯の誘いは乗ったり乗らなかったりだが、基本的に行けたら行っている。
不定期に来る藍那の連絡は、大変そうだが楽しそうにやっている様で、あちらで出来た友達と撮った写真は、綺麗な作り笑顔だった。
四年もあった筈の時間はあっという間に流れ、高校生までの時の流れが人生の半分と言われているのを嫌でも実感した。
凛と藍那は互いの大学を卒業し、職に就いてすぐに結婚したそうだ。
それからしばらく経って、那月の所に写真と一緒に手紙が送られてきた。
「那月〜藍那ちゃんから手紙」
「あ?うん、ありがと」
「写真も一緒みたいだね。見してよ」
「はいよ」
槐が同封されていた写真達を見ている間に、那月は手紙を読んでいった。
恐ろしい程のスピードで大人になっていった藍那達。それを一番近くで見ていた那月達にとってそれはとても感慨深かった。溢れ出そうな涙を堪えて、那月は手紙を読み終えると、槐が一枚の写真を嬉しそうに見つめていた。
「何見てるの?」
「この写真、私すっごい好き」
「ふっ、あいつら...」
那月は槐が見ていた写真を覗いて笑った。
そこには一本の樹をバックに、手を繋いでいる二人がいた。二人の片方の手にはまだ指を咥えてあどけない表情をしている二人の子供もいる。
「あいつら...面白い事してくれる」
「本当だね」
槐は嬉しそうに笑った。
これにてお終い。
長かったですね、自分の今までの作品の中で一番。
読者の皆様を振り回しまくり、時にはもう打ち切ってしまおうかと考えてしまいましたが、踏み留まりこうして完結させる事ができたのも、ひとえに皆様が読んでくださっている、期待して下さっているという妄想のおかげです。ありがとう私の脳内、今日もハッピーです。
もう多くは語りませんが、質問は受けます。
また次の作品を出すやもしれません、その時になったらまた、よろしくお願い致します。それまで皆様どうかお元気で。




