六十三
ある土曜日の夜。夕飯も食べ終えた凛は、部屋にある自分のテレビを見ていると、携帯が鳴った。画面を見てみると、紫音からだった。
「もしもし?」
『あ、もしもし〜?凛くん?今暇?』
「まぁ...」
『良かった、今凛くんの家の近くにある公園に来てるんだ。今から来れる?』
「え、どして?」
『良いから!待ってるね〜』
ブツッと切れた通話の後、凛は仕方なく面倒臭そうに準備して外へ出かけた。
家の近くといえば、よく藍那と遊んでいた公園がある。そこは遊具という遊具はブランコと滑り台くらいしかなく、敷地もそんなに広くない公園だが、たまに待ち合わせで使うくらいだった。
少し歩くと、ブランコがキィキィと金具を擦らせる音を出している。紫音が一人でブランコに乗って楽しんでいるところだった。
高校生が一人でブランコを漕いでいるところがこれほど恐怖感を湧き立たせるとは想像もしていなかった。
「あ、来た来た。おーい」
「何してんの」
「凛くんに会いに来た」
「迷惑なんだけど」
「そう言わずに。ほら、凛くんも座って座って」
隣の空いているブランコを指差して座る事を促した。
凛は言われるがまま、漕ぐことなく座り込む。
「何か話しがあったんじゃないの?」
「んー?んー...まぁそうなんだけどさ〜」
呼び出したのは話があるからだろうと踏んだ凛は、手っ取り早くその話を切り出させようと誘導するが、紫音は少し躊躇った様な態度をとる。
「あーあ、やっぱダメだぁ〜。全っ然上手くいく想像がつかな〜い!」
「........は?」
「いやさぁ〜今から告白しようと思ってるんだ〜私」
「................」
「でもダメだ。どんなにイメージしても凛くんが私でオッケーしてくれる未来が想像出来ない」
「................」
紫音は夜空を仰ぎ見て、星空を眺める。まだ鈴虫も鳴いていない静かな夜に、紫音の諦めの声だけがその場に響く。
「こんなに好きなのに、諦めなきゃいけない事ってあるんだぁ」
紫音の声はハキハキしていて、全く悲しんでいる様には聞こえない上、笑顔を絶やしていない為に感情が読めない。
「どうしても、藍那ちゃんじゃなきゃダメ?」
「藍那ちゃんが良い」
今まで喋らず見ているだけの凛が、その質問にだけは答えた。
「貶すわけじゃないけど、藍那ちゃんって冷たいじゃん。凛くんが居なくても大丈夫って普通に言いそうだけど?」
「うん、言うね」
「じゃあ、凛くんが居ないと嫌っていう人じゃダメなの?」
紫音は寂しそうに言った。その顔にはもう先程までの作り笑顔はなくなっている。
「藍那ちゃんは...あの人は、とても強い人だ。でもそれは、すっごく頑張ってる時だけなんだ。一人になる事を誰よりも嫌がるし、寂しがる。でもそれを、『頑張って』押し殺して、慣れようとして、自分の感情に蓋をする」
凛は嬉しそうに、憧れの人を想う様に夜空を見つめながら呟く。
「確かに藍那ちゃんは僕を必要だと簡単には言ってくれないし、この先死ぬまで、言うか言わないかは分からないくらいだ。でもそれで良い、あの人の近くに居なきゃ、大事な時に一番近くに居てあげたい」
「................」
「僕は、『僕が居ないと嫌だ』って言ってくれる人よりも、『僕が居てあげたい』って思える人が良い」
凛は真っ直ぐに紫音を見つめてそう言った。紫音はそんな凛の目を見つめ返した後、微笑みながら下を向いて涙を一滴零した。
「凛くん、私まだ凛くんに気持ちを伝えてなかったね」
「うん」
「凛くん、好きです。凛くんがどれだけ藍那ちゃんを大切に思っているかどうかを知った今でも...。私を彼女にしてくれるかなぁ...?」
「...ごめん、僕好きな人がいる。ずっと好きで、一番好きな人がいる」
「うん...」
「だから、紫音とは付き合えない」
凛は濁すことなくそう伝えた。
その後、凛と紫音は公園を後にした。夜道を女の子一人で歩かせて帰るのは忍びないと思って送ろうとしたが、
「嶺二が来るから大丈夫だよ」
そう言った紫音の目は赤くなっていた。
凛が一人歩いていると、前の方に嶺二が向こう側から歩いてきて、一定の距離間を保って立ち止まった。
「こんばんわ」
「...紫音ならこの先に...」
「分かってる。今すぐ迎えに行くよ」
「................」
そう言いつつ、まだ歩き出そうとしない。凛は先にその場を離れようと嶺二の横を通り過ぎようとした。
だが、その時嶺二が話しかけて来たので、思わず立ち止まってしまった。
「紫音じゃダメだったのか?」
「................」
「藍那ちゃんじゃなきゃ、あんたは満足出来ねぇのか」
「...そうだよ」
「紫音は、随分あんたを気に入ってた、しかも長い間...」
「どれだけ僕を想っていても、僕には藍那ちゃんがいた。それが選ばなかった理由。紫音も結局、今まで告白して来た藍那ちゃん以外の不特定多数の内の一人だったよ」
「あんた...よくもそんな酷いことを...!」
「本当に酷いのは、仕方なく選んだ相手にグダグダと空っぽな好意を積み重ねるだけの期間を、一緒に過ごすことだと思うけど」
「それでもチャンスがあるんなら、あいつはそれに賭けたはずだ!」
「ありもしない未来を想像するのは勝手だけど、現実が変わらない時点で時間の無駄だと気付くべきだ」
凛は冷たい表情と声でそう言って、さっさと歩いて帰ってしまった。
嶺二はまだ何か言いたげだったが、紫音の元へ急ぐことにした。
(不特定多数の内の一人...我ながら酷い事を言う)
凛はそんな事を思って家路をゆっくりと歩いた。
紫音の告白から数日が経ったある日の夜。
藍那は、いつも通りバイトから上がって帰ろうとしたところで、見知った顔を見つけた。
(紫音だ...)
物憂げな表情で誰を待っている様子。
しばらく見つめていると、紫音が藍那に気がついてこちらへ歩いて来た。
「藍那ちゃん、良かった。バイト終わりだよね?」
「ああ、そうだけど。誰か待ってたのか?」
「藍那ちゃんを待ってました」
「私を?」
「ちょっと話そっか」
紫音が待っていたのは藍那だったらしく、さらに話があるとバイト近くのファミレスに寄った。
とりあえずデザートを頼んだ二人はデザートを食べていく。そして、紫音の話が始まった。
「私、凛くんに告白しました」
「........っ!...そか」
「結果、聞きたい?」
「別に...」
「嘘下手だね、いつも上手く隠すのに」
「人を嘘つきみたいに」
「だって実際そうじゃん」
紫音は意地悪く言いながら、パフェのアイスを突く。
藍那はその言葉に反発しなかった。
「振られたよ。そりゃもうあっさりと」
「................」
「可哀想って思った?頑張れって、次があるよって思った?ま、どんな言葉であれ藍那ちゃんから言われたら全部皮肉に聞こえるんだろうね」
「まだ何も言ってないだろ。言うつもりもないが」
「じゃあ是非そのままで」
藍那はお冷やを一口だけ飲んで、一応重大ニュースを受け止めた。
「そうか、告白したのか。凛に」
「うん。する前から、振られてる感じだったけどね」
「何だそれ」
「彼の藍那ちゃんへの愛は、そこまでだったって事。甘く見てたわけじゃないけど、ちょっとやそっとの横槍なんて爪楊枝並みの威力なんだろうなぁ」
「知らん」
藍那は冷たくそう言い放った。
振られた紫音を慰める事なく、いつもの様に冷たい表情のまま。
「本当今でも信じられない。こんなに冷たくて、孤高って言葉が似合う藍那ちゃんが、誰よりも独りになる事を怖がるようには見えないよ」
「おい待て、誰が言ってたんだそれ」
「もちろん凛くんだよ。私を振る時そう言ってた」
「余計な事を...」
藍那はとりあえず一発殴っておく事を心に誓った。
「というかお前、そんな事を私に伝えてどうするつもりだったんだ?」
「んー?特に何も。ただ、中学高校と“一応„学校一美少女と謳われた私が振られたんだから、それに臆して藍那ちゃんから告白する事は避けるかなぁ〜って少し期待したりして」
「なるほどな」
藍那はデザートであるアイスの最後の一口をパクッと食べて飲み込んだ後、紫音を見つめた。
「悪いが、私には時間が無くなった」
「はぃ?」
「やりたい事が出来たんだ」
「それは凛くんと関係あるの?」
「まぁ、行く行くはって感じだな」
「...で、だから何よ。まさか、だから凛くんには告白しないって事言い出すんじゃ...」
「それこそまさかだ」
藍那は窓の外を見つめて、しっかりとした声で紫音に伝えた。
「あいつの為に私はどうしたら良いか考えた。結局それが私の為になると思ったから。そしたら意外と簡単に答えが出た。だから...」
「................」
「あいつを迎えに行く、もう随分と待たせた。いい加減にしないとあいつが離れていってしまうからな」
「何言ってんのか分かんないけど、凛くんを幸せに出来るのかどうかハッキリして欲しい」
「無論だ。あいつを世界一幸せにしてやる」
「はぁ...。散々今まで好きじゃない、幼馴染だとかほざいてた癖に...」
藍那はデザートを食べ終え、自分の分のお金をテーブルに置いた後身支度をし始めた。
「さてと、迎えに行きますか」
「迎えにって...凛くんのところ行く気?」
「ああ、今日行くつもりは無かったが、気が変わった。お前のせいかもな」
藍那はそう言って微笑んだ後、ファミレスを後にして凛の家に向かった。
次の話で最後にしようかなと思っております。




