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夏の樹  作者: 粥
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六十二

春の気持ちの良い風を受けて、私たちは二年生になった。

花粉症では無い私は思いっきり春の匂いを楽しみながら学校へ向かう。聴いている曲もつい爽やかな曲調のものにしてしまう。


校門を通る際に先生から新しいクラス表を渡され、教室を目指す。

教室は4階にあり、屋上の手前の階だった。つまりそれは朝一階からほぼ最上階まで毎日上がっていかなければならないということだ。


(面倒くさ...)


上記の事を初日から行い、自分の教室のドアを開けた。するとそこには凛がいた。

凛もこちらに気づき、微笑みかけて私を迎える。


「おはよ、藍那ちゃん」

「ああ、同じクラスだったのか」

「うん。よろしくね」

「ああ...」


私の席は凛の目の前だった。

しばらくすると新しい担任が入ってきて、この後の流れをつらつらと喋っていく。あの先生確か一年の時私のクラスでは数学の先生だったな。


始業式が終わってからはすぐに下校となった。まぁこんなものだろう。

私はそそくさと帰ろうとしたが、凛が一緒に帰ろうといってきた。


「早く終わってよかったね」

「そうだな」

「藍那ちゃんこの後何か予定あるの?」

「いや、別に無いな。凛は?」

「僕も特に」

「そうか」


そんな他愛ない話をしていると、後ろから凛が誰かに叩かれた。しかも結構勢い良く。


「わっ!」


後ろを振り返ってみると、紫音がいた。紫音も下校途中なのか制服姿だ。


「驚いた?ていうか痛かったかな?ごめん」

「謝るくらいならやらないでほしい」

「あはは〜、あっ!藍那ちゃんだ。ども〜」

「...ども」


溢れ出る陽のオーラに押されて、私の陰がいつもより色濃く出てしまう。


「二人とも今帰り?」

「ああ」

「だったらさ、二人ともちょっと付き合ってよ」

「「は?」」

「気になってるパンケーキ屋さんがあるんだけど、一人で行くのもアレだな〜って感じだから、一緒に行こ!」


最初は口答えをしていた私だが、もう口答えをするより、言う通りにした方が幾分か楽なのではと感じ始め、泣く泣く一緒にパンケーキを食べに行くことにした。


「藍那ちゃんこういうところ来るの?」

「あ?来ねぇよ」

「藍那ちゃん口が悪いよ」


店に来てパンケーキを待っている間に紫音がそんな事を尋ねてきたが、もう甘ったるい香りと周りの女達の凛と紫苑に対する視線がウザすぎて口調が悪くなっていく。


「ごめん、藍那ちゃんこういう女子っぽいところ好きじゃないんだ。後人混み」

「そうだったの?言ってくれたら良かったのに...」

「言ったわ!!無理やり連れて来やがって...」

「でもすっごい美味しいって有名なんだよ?気になるでしょ??」

「ならない」


私は頬杖を突いて貧乏揺すりしながら頼んだものを待つ。

ただフライパンに生地乗せて焼くだけの粉物にどんだけ時間かけてんだこの店。


しばらくするとパンケーキがやって来たので一応口に入れていく。これが時間かけたおかげなのか、ただ単純にお腹が空いていたのかは分からないが美味しかったのは確かだった。


「ちょっと、僕トイレ行ってくる」

「行ってらっしゃ〜い」


凛がいなくなって、私と紫音だけのテーブルで、紫音は私の方を見つめて来た。


「...何だ、ジロジロ見て」

「藍那ちゃん、クリスマスの時私と凛くんがキスしてるところ見てたでしょ?」

「................ぶっ!」


急に紫音から言われたので、飲んでいた水を吹き出しそうになった。


「何だ急に...!」

「いやぁ〜あの時実は藍那ちゃんの事見えてたからさ〜」

「ああ...そう」


やはりな...。そう思いながら水を飲み直す。


「で、聞きたいんだけどさ...実際のところどうなの?」

「何が」

「凛君のことどう思ってる?もちろん幼馴染としてとか友達としてどう思ってるかなんて聞いてないよ。ひとりの男の子としてって意味」

「................」


真っ直ぐ見つめて聞いてくる紫音。明らかに冗談とか世間話程度じゃ無いと言うことが分かる。


「私の学校では凛くんの噂はまだ来てないし、嶺二が言うには凛君にアタックしてる人はいないみたいだし、実質私のライバルは藍那ちゃんだけなんだよね」

「へぇ...」

「だから、唯一のライバルが今どう思ってるのかなぁ〜って気になっちゃってさ」


飄々と聞いてくる紫音。余程の自信があるのか表情が崩れない。

まぁ確かに(あいつ)が、如実に好意を示しているのは私だけらしいし、そら警戒するわな。

とりあえず私は、今自分の中にある考えを紫音に伝えた。


「今、考えているところだ。この先、あいつの気持ちを無視し続けるか、受け止めるか」

「へぇ、私としては無視するどころか拒んでくれるとありがたいな〜」

「...それは........」

「出来ないって?そうでしょうね〜私だって今までずっとあったものがいきなり無くなるのは怖いもん」


紫音は淡々とそんな事を言ってくる。


凛の気持ちを利用するのは簡単だ。だけど私は幼馴染を、凛をそういう風に使いたくない。


しばらくしてようやく凛が帰って来たので、私たちは店を出た。

紫音とはすぐに別れ、すぐに私と凛も二人だけになった。


「紫音と何の話してたの」

「別に、他愛無い話」

「ほんとに?なんか落ち込んでる様に見えるけど」

「そんな事ない」


凛には私が落ち込んでる様に見えたらしく、心配そうな顔をして私を見つめる。

思わず立ち止まり、私は凛の綺麗な顔を見つめる。私からジッと見つめる事はあまり無いので、凛は緊張した様に珍しそうにこちらを見つめ返した。


「................?」

「凛、一度聞きたかったんだが何故私を好きになったんだ?私はお前に何かしたか?」


無神経な質問だと自分でも思う。でも聞いてみたい、凛が私を好きになったのは何故なのか。


「小さい頃ね、僕は自分の名前が嫌いだったんだ。よくからかわれた」

「はぁ」

「保育園で女っぽい〜って馬鹿にされてて、泣く事しか出来なかった僕を藍那ちゃんが庇ってくれたんだ。『人の名前を笑うなっ!!』って。その後反抗して来た男の子たちをぶん殴って怒られてたなぁ」

「忘れた」

「その後お兄さんが来て帰っちゃったけど、どうしても藍那ちゃんが悪くないって事を教えたくて藍那ちゃんの家行って弁護したけどね」


凛は遠くを見ながら呟く様に、私に言うでもなく独り言の様に続けた。


「あの時の藍那ちゃんの大きな背中は忘れられないなぁ」

「保育園児の背中なんざ大きくないわ」

「んーん、立派だった。だから同時に、強くなろうと思った。もう、この人の背中を見ることがないようにって」


凛は嬉しそうにそう言った。

凛からそんな風に思われていたのは知らなかった。


そしてそれを聞いて私は、ほんの少しだけ自分の中で答えが出たような気がした。

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