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夏の樹  作者: 粥
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六十一

冬休みが終わって二ヶ月、槐からしっかり考えて答えを出してくれと頼まれてずっと考えているが、まだ答えは出ていなかった。

というか、テストとか色々あって考える時間がそんなに無いというのが実である。


そんな藍那の苦悩を知らない凛は、今日も藍那と一緒に帰ろうとクラスへやって来た。


「藍那ちゃん、一緒に帰ろ」

「あ、ああ...」


凛について考えようとしていた頃に話しかけられて少し驚いた。

冬の凍てつく寒さはほとんどなくなり、外は春の暖かさを感じさせる。自然とセーターだけ、ブレザーだけの装いになってしまう。


「もう結構あったかくなってきたね」

「そうだな」

「もうそろそろ二年生になるね、僕たちも。三年生もそろそろ卒業だし」

「おー、そうだな」

「藍那ちゃん?大丈夫?」


あからさまな空返事が多くて、流石の凛も不審に思い、藍那の顔を覗き込んだ。心配そうに眉間にシワも寄っている。


「...っ!何が...?」

「さっきからずっとボーッとしてるけど」

「そんなことない」

「そう?眠いの?」

「別に...あ、いや眠いな」

「そうなの?」

「あぁ」


咄嗟に意味の分からない嘘をついて、ボーッとしてしまった言い訳にする。

歩く速度を上げる良い理由になったので気にしないことにした。



その後帰ってすぐに寝てしまい、起きたのは21時ごろの事だった。

携帯を見ると母親から連絡があって、夜勤だからご飯を一人で食べて下さいという連絡が来ている。


(そうか...夜勤だったか)


既に辺りは真っ暗で、ボサボサになってしまった髪の毛を指で梳かしながらリビングの方へ向かうと、風呂場の方から物音がしていることに気づいた。

まさか不審者?と疑っていると、風呂場のドアが開く音がした。リビングへ歩いてくる音がしたので、藍那は台所の包丁を静かに手に取る。


「あれ?藍那ちゃん、おはよ」

「........凛...」

「あれ?ご飯作ろうとしてる?僕が作っておいたから大丈夫だよ?」


凛は不思議そうな顔をして首を傾げている。

藍那は安心して包丁を元あった場所へ戻した。そして一つの疑問を投げかけた。


「凛、こんな所で何してんの」

「藍那ちゃんのお母さんから連絡あってね、『連絡したけど返事が無い』って言って僕に連絡来たんだ。心配だから確かめに来た」

「あー...で?何で風呂にいたんだ?」

「お風呂洗っておいたよ。ご飯食べよ?」

「お前は私の妻か」


凛が作っておいたというご飯を食べ終わった頃には22時を過ぎてしまった。


「藍那ちゃん、眠い?」

「いや、流石にがっつり寝たからもう眠くない」

「昼夜逆転してるかもね」

「マズイな...」

「とりあえずお風呂はいってきたら?」

「ん」


風呂場でサッパリした後、リビングに戻ると凛がテレビを見ていた。


「お先」

「あ、うん」


凛はテレビから目を離し、藍那の方を向いて微笑む。

そして何か言いたげな顔をしていたので尋ねてみた。


「なんだ?何か付いてるか?」

「んーん、ただ前みたいに裸を見なくて済んだなぁって」

「前...?あ...アレか」


藍那は前回凛を家に泊めた時、お風呂に入ってる最中に凛に頼みごとをした。その際に裸を惜しげもなく晒し、凛に気を使わせた前科がある。凛は今回はそうならなかった事を嬉しそうに語った。


「まぁなんか...その節はどうも」

「いいえ」


凛の隣に座って体育座りで藍那もテレビを見つめる。面白くもなく、つまらないわけでも無い。そんな微妙な番組を、bgm代わりに流しているだけの時間。


藍那はクリスマスの話を凛にしてみた。


「ねぇ、凛」

「ん?」

「クリスマス...紫音と一緒にいたろ」

「え?あ...うん」

「出掛けたのか」

「うん」


凛は藍那の質問に淡々と、しかし気まずそうに答えていく。


「楽しかったのか」

「いや...分かんない。でも藍那ちゃんの時とは違った感じだったなぁ」

「キスしたろ」

「........っ!」

「紫音と」


藍那は凛の方を見つめる。組んだ腕に顔の下半分を埋めながら、少しだけ憂いを帯びた目で。

そんな藍那の質問に、凛は気まずそうに答えた。


「...したよ」

「うん...見てた」

「え!?あの時いたの!?」


凛は少し焦ったが、気を取り直した。


「そっか...いたんだ」

「バイト終わりで見せつけられた。驚いた」


そう言う藍那はどこか寂しげで、テレビの方を見ている筈なのに何も見ていないように思えた。


「そっか...でも、アレは咄嗟にされて避けられなかったて言うか...」

「別にどうだって構わないけどさ、もし好きな人とかに見られてたらどうすんの」

「えぇ........」


凛は信じられないと言った顔をして藍那を見つめてくる。藍那はそんな凛の反応に意外そうな顔をした。


「どうした?何か言いたげだな」

「藍那ちゃん、僕意外とあの現場を藍那ちゃんに見られて凄い焦ってるんだけど...。なんでか分かる?」

「幼馴染に気まずい所を見られたから?」

「はぁ〜...」


凛は大きな溜息を吐いて、その後理由を言おうと口を開いた所を藍那は自身の手で阻む。そして凛の方を見ずに藍那は俯いたまま呟いた。


「言わないで」

「................」

「後もう少しなんだ...もうちょっとで答えを出せそうだから...」

「答えって...なに...」

「今は言えない」

「え...?」

「とりあえず、今日は帰って。ご飯ありがと」


藍那はそう言って凛をリビングにおいたまま自室へ戻った。凛は呆然と藍那の部屋のドアを見つめる。


(この気持ちの正体を知るにはまだ時間がいる。それを口にするのも。だから今は、待ってもらうしか無いんだよ)


藍那は閉めたドアにもたれかかったままズルズルと床に座り込み、顔を伏せた。


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