五十七
今日は文化祭当日、なので土曜でも学校に向かっていた。
土日のどちらかは休もうとしていたが槐に、
「今日行くから、ちゃんと学校にいてね」
と言われ、泣く泣く両方とも参加する運びとなった。
そう決めた後に先生から、文化祭どちらかでも休んだ生徒は振替休日に宿題を出す罰がある事を聞き、何にしろ休まない方が良いという事に気付いた。
もう良い加減暑くはなく、ワイシャツ一枚じゃ心許ないので腰にカーディガンを巻いて登校した。
学校に着くと、まだ準備が完成していなかったクラスが急いで作業していたり、昨日のうちに終わらせていたクラスが早く来過ぎて怠そうにしているのを横目に、藍那は自分の教室へ向かった。
すると、教室にはもう嶺二が来ていた。
「おはよぉさん、藍那ちゃん」
「ん。早いんだね」
「んー?まぁ初めての文化祭だし、気合い入れたって良いかなぁって思って」
「ふーん、多分空回りすると思うよ」
空気が抜けたゴムボールの様なテンションの藍那を無視して、文化祭は幕を開けた。
藍那のクラスの出し物はお化け屋敷で、藍那はセットの裏から手を出すという簡単なお仕事だった。
(早く終わんないかな...)
そんな話をしていると、聞き覚えのある声が聞こえて来た。
「凛くん、ちょっ...早いよ」
「早くしてくんない?」
どうやら凛がやって来たようで、聞いたことのない女子の声もした。下の名前で呼んでる辺り親しさを感じた。
一緒に来ていたのは紫音だが、顔も覚えていない藍那は知らない女性だと思った。というか顔を見たところで紫音かどうかも分からないだろう。
(全力でやるか)
藍那は凛が驚いたところを見たかったので、本気で驚かす準備をして凛が目の前に来たところで手を出した。
「................」
急に自分の前に現れた細い腕に驚くどころか足を止めてマジマジと見つめている。
「ど、どうしたの...?」
「...藍那ちゃんだ」
「........!!」
藍那はバレた瞬間手を引っ込めようとしたが、凛の大きな手でそれは阻止された。
「待って、藍那ちゃん...でしょ?」
「................」
腕しか見えないので、腕が出て来ているセットの向こうに届く様に凛は聞いた。
すると、藍那は悔しそうに凛の問いに応じた。
「何で分かった...」
「左手の小指にホクロがあるんだよ。第一関節のとこ、あと肌の色、藍那ちゃん割りと白いから」
「気持ち悪っ!」
「藍那ちゃん、脅かす側はやらないと思ってた。というかサボってると思った」
「どうしても午前中変わって欲しいって言われたんだよ。本心からやりたいなんて思ってるわけないだろ」
「そか」
「早く行け、他の客が来るだろ」
「うん、そうだ。後で綿あめとか出店一緒に回ろ?」
「分かった分かった、分かったから行け」
凛は藍那の言う通りにさっさとお化け屋敷を出て、一緒にいた紫音とは別れた。
「おい」
「藍那ちゃん」
藍那がお化け屋敷から出て来たので凛はすぐに駆け寄った。
「綿あめ買うぞ」
「奢ってあげる」
二人は綿あめ屋さんで綿あめを買うと、生徒以外立ち入り禁止の渡り廊下で食べることにした。
「藍那ちゃん落とさない様にね」
「落とすか」
藍那が横でマフマフと幸せそうに綿あめを食べているのを楽しそうに見守る。
「そういえば、お前さっき誰と一緒に来てたんだ?」
「ん?あぁ...小坂って人」
「小坂って...小坂 紫音か?」
「うん、多分弟から聞いたんだろうね。一緒に文化祭回ろうって連絡が来た」
「へぇ、意外だな。断るかと思った」
「断ったけど、会っちゃったから...」
「あっそ」
藍那は興味無さそうに返事をしながら綿あめを食べきった。
すると、藍那の携帯が鳴った。
電話に出ると、槐からだった。
「もしもしお姉ちゃん?」
『藍那ちゃん?槐だけど、今から那月と大和連れてそっち行って良い?』
「うん、良いよ〜。車停めるところないから電車出来た方が良いかも」
『あ、大丈夫大丈夫。今実家にいるから歩いて行くよ』
「りょうかーい、じゃまたね〜」
そう言って藍那は電話を切った。
「お姉さん?来るの?」
「ああ、もうすぐだろ」
「そっかぁ〜じゃあ僕どこで時間潰そうかな...」
「なんだ、お前も一緒に回るんじゃないのか」
「いや、流石に親戚同士の付き合いで僕混ざる訳にはいかないよ」
「そうか」
藍那は納得して凛を入れて回るのを諦めた。だが、凛はそんな藍那の耳元まで顔を近づけて囁いた。
「だから...終わったら帰って来てね?」
「........?あぁ、構わないが」
藍那は凛が何故そんな言い方をしたのか、その真意に気付かず藍那は無難に返事をした。
しばらくして槐たちが来たという連絡を受けた藍那は凛と別れた。
待ち合わせの場所に行くと、槐と那月と大和が三人で藍那を待っていた。
相変わらず絵になる二人である。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん」
「お」
「藍那ちゃ〜ん」
「お待たせ〜大和もね」
「うん!」
大和の頭を撫でると、大和は藍那の足の間に立って両手を繋いで来た。
その後槐たちと文化祭を楽しんだ後、藍那は自分の教室へ向かって渡り廊下を歩いていた。
渡り廊下は屋根がなく、真上には青空が広がっている。
すると、渡り廊下のドアの横で一人の生徒が座り込んでいた。
「お、藍那ちゃんだ」
「嶺二くん、何してんの」
「んー?まぁ休憩かなぁ。藍那ちゃんは教室戻る途中かい?」
「まぁね。一緒に戻る?」
「ん、そうしようかな」
藍那と嶺二が二人で教室に戻っていると、凛が二人の前から歩いて来て藍那に気付いたが、その横に嶺二がいる事に気付くと冷たい視線を刺してきた。
「藍那ちゃん、お姉さんたちの案内終わったらすぐ帰って来るって言った」
「だから今帰って来ただろ」
「何でそいつと一緒なの」
「あー...何か勘違いしてるならアレだけど、さっきそこでたまたま会っただけだぞ?」
「あっそ」
凛は藍那を連れて行こうと手を掴むと、嶺二がもう片方の手を掴んでそれを阻んだ。
「なに?」
「いや、随分身勝手な事してるなぁって思って」
「どういう意味」
「そのままの意味だけど?彼氏でもないのに何で藍那ちゃんを束縛してんだ?お前」
嶺二のその言葉に凛はイラっときたらしく、藍那の手を握る力が強くなった。
すると、ずっと黙っていた藍那が口を開いた。
「お前たち...」
呼ばれた二人は藍那の方を向いた。そして藍那の人を殺す様な鋭い視線を浴びて緊迫した。
「凛に限らず嶺二も手を離せ。お前たちの言い合いに私を巻き込むな...!」
藍那は心底苛立っているようで、女子とは思えないくらい低い声が出た。
二人は冷や汗をかきながら手を離し、藍那の前に立ち塞がっていたので、別れて道を開けた。
「二人とも頭を冷やせ。凛は帰りに迎えに来たら殴る、今日は一人で帰れ」
「え...そんな」
「何だ?最後に何か言いたいか?」
「何でもない...」
今口答えをしたら一生口を聞いてくれない予感を察知し、凛は口を紡いだ。
嶺二は初めて藍那が怒るところを見て恐怖より驚きが勝っていた。
その後二人は藍那が去った後、一言だけ謝って各々の教室へ帰っていった。
もう書き溜めは無いので、通常通り書いたら投稿という流れになります
またいつかお会いしましょう




