五十四
夏休みも終わり新学期。
9月となって日中は未だ太陽が燦々と人々を照らし付けているが、夕方、夜にかけて涼しさを取り戻して来た。
藍那は授業が終わったので、そのまま直接バイト先へ向かった。
凛はその横で楽しそうに付いて来ていた。
「凛、私バイト行くから一緒に来ても意味無いぞ?」
「分かってる。バイト先まで送らせてよ」
「........?まぁ好きにしろ」
凛の行動に疑問を抱きつつ、まぁいつもの事かとスルーして気にせずバイト先へ歩みを進めた。
バイト先の喫茶店に着いて、そこで凛と別れた。
「じゃ」
「うん、頑張ってね」
凛は藍那が店に入った所を見届けてから自分の家へ帰った。
店内で堂々とお見送りしてもらったので、もちろん店長や他の店員に凛のことを見られていた。
「長谷さん!今の人彼氏ですか!?」
「すっごいカッコ良かったね〜」
「落ち着いて下さい。ただの幼馴染です」
「ただの幼馴染がわざわざバイト先まで見送るぅ!?」
「知らないですよ、それは本人に聞いて下さい」
藍那は冷淡に湧き上がる質問たちをいなしていった。
バイトをこなして行き、そろそろラストオーダーの時間と言ったところで、一人の若い藍那と同い年くらいの青年が来店して来た。
アッシュグレーの髪色で、チェーンタイプの垂れ下がりピアスをキラキラ揺らしながら、少し申し訳無さそうにでも何処か怠そうにして店長に質問していた。
「あーすんません、もうラスト締め切ってます?」
「いえ、ギリギリOKですよ」
「あー、あざます」
その青年は少しメニューを見た後、ナポリタンとケーキとコーヒーを頼んだ。
香水の香りが強く、カウンター越しでも漂ってくる。藍那は如実に嫌そうな顔をしてカウンターでコーヒーを淹れた。
それに気付いた青年が
「ごめんなぁ?匂いキツいよねぇ?ちょっと付け過ぎたんだ」
「そうですか...」
顔に出ていたのかと反省しつつ、藍那はコーヒーをその青年の目の前に置いた。
青年は砂糖もミルクも入れず、ブラックでそのコーヒーを飲んだ。
(ブラック飲めるのか...意外)
藍那は目の前で青年が美味しそうにブラックを飲んでいることに驚いた。
見た目的に飲めなさそうな風貌だったので意外だった。
「ブラックは飲めないって思ったろ?」
「........!」
「俺人の表情とかで何思ってるか分かんだ〜。しししっ、あんたは分かりやすいなぁ」
「...そうですか」
「いつもそんな無愛想な顔して接客してんの?何も言われない?」
「あなたが初めてですね」
「そかそか、顔で得してるタイプだね」
青年は妙に鼻に着く言い方をしてくる。藍那はイライラし始めたので、キッチンの方へ逃げた。
閉店時間となり、あの青年もお会計をしていた。
レジを請け負った店員が、藍那に耳打ちしに来た。
「長谷さんがコーヒー淹れたお客さんいたじゃん?あの人から伝言」
「何でしょう」
「『煽ったわけじゃないんだ、ごめんな?言い方悪くて。コーヒー美味しかったです』だって」
「そうですか」
「何かあったんですか?」
「特に何も」
藍那は一応謝意を受け取ってバイトを終えた。
着替えて店から出ると、店の前で凛が待っていた。
「帰ったんじゃなかったのか?」
「色々あって、藍那ちゃん待つ事にした。家まで送るよ」
「???この時間まで何してたんだ?というか、なんか疲れてないか...?」
「んー...まぁ今言った色々が疲れになったのかも」
「深く聞くつもりはないけど、さっさと帰るぞ。もう疲れた」
「うん」
藍那は凛に家まで送ってもらい、その日はバイトの疲れを取る為に早く眠りについた。
次の日、藍那が学校に行くと何やら教室が騒がしかった。何の騒ぎか一瞬だけ気にしてからすぐにどうでも良くなって藍那は自席で頬杖をついて授業が始まるのを待った。
すると、露華が話しかけて来た。
「藍那おはよ」
「おはよ」
「聞いた?今日転校生が来るんだって」
「へぇ」
「珍しいよねこの時期に。なんかね、凄いヤンキーみたいな人らしいよ」
「へぇ」
「興味ない?」
「もちろん」
藍那はそう言って話を終わらせた。その後は露華と普通に世間話や夏休みについて話を弾ませた。
先生が入って来て、全員着席したところでその転校生の紹介に入った。
「えーまぁみんな知っての通り転校生が来た。入って〜」
そう言われて前のドアから転校生が教室に入って来た。すると藍那の知っている顔がそこにはあった。
「今日からこの学校に入りました。小坂 嶺二でっす。みなさんどうぞ宜しくお願いします」
「小坂くんは地方出身らしいから、家近い奴は色々案内してやれ〜。小坂くんあそこの席どうぞ」
「はーい」
小坂 嶺二と名乗ったその男子は、昨日藍那のバイト先に来たグレーアッシュの青年だった。
が、藍那はそれを思い出すのに随分掛かっているようでまだ胸でつっかえている。
(見た事あるなこいつ...)
そんな風にジーッと見つめていると、藍那の視線に気付いた嶺二が、ニコッと笑って手を振った。
「お〜昨日の店員さんだぁ〜。こんな偶然あんだね、同い年同じ学校同じクラスだったんだぁ」
嶺二はそう言って自分の席である藍那の隣に座った。
そして藍那はその嶺二の一言で思い出せたようで、スッキリした表情になった。
「昨日はごめんなぁ?言い方悪くて。怒ったから裏方行ったんじゃろ?」
「別に怒ってないですけど...」
「まぁ何はともあれ、宜しくな?」
「...はぃ」
藍那はもう既に少し面倒そうな予感を察知していた。




