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夏の樹  作者: 粥
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五十二

凛は部屋に戻ってテレビを見つめていても、先程の藍那の姿が頭から離れずにいた。

しばらくすると、風呂から上がった藍那がタオルで髪を拭きながら帰ってきた。


「ふぅ〜良い湯だった」

「...お、おかえり...」


凛は真っ直ぐ藍那の顔を見れずにいた。

藍那は薄い半袖のTシャツに吸汗性の良さそうな素材のショートパンツという刺激の強い格好だった。


「どした?顔赤いぞ?」

「...そうかな?そんな事ないよ」

「あ、まさか私の裸見てそうなってるのか?」

「え...!いや...あ、違う!...わけじゃないけど...」

「へぇ、凛はそういうの気にしないもんだと思ってた」

「気にしないわけないじゃん...。まして藍那ちゃんの...」

「ま、私は別に凛に見られた所で大した話じゃないからな。気にしなくて良い」


そう言ってまた藍那は凛の頭を荒く撫でた。

すると、凛はその言葉が何故か妙に気に入らなくて、藍那の手首を掴み、ベッドに押し倒した。


「........」

「何だ?何怒ってる」


藍那は焦った様な素振りを見せず、冷静に凛の目を見つめている。


「藍那ちゃんは...今日みたいに男を簡単に家に上げるの?」

「は?」

「例えば今日家に来たのが僕じゃなくても同じ事をする?」

「凛以外の男はまずうちに来ないだろ。何言ってるんだ」

「そうじゃなくて...」


凛は空いている片方の手を藍那の頬に添えた。風呂上がりで火照った頬はまだ熱を帯びていて、藍那も心なしか顔が赤い。ただそれは風呂上がりで(ほとぼ)りが冷めていないだけで、この状況によるものではない事を凛はすぐに理解した。


「藍那ちゃん、僕のことどう思ってる?ただの友達?幼馴染?それとも他人?」

「他人とは思ってない。その選択肢で言うなら、幼馴染だ」

「ただの?」

「それはそうだろ。特別な幼馴染なんて居ない」

「僕は藍那ちゃんが...好きだよ」


凛は少し躊躇うようにそう言った。

凛は知っている。それを言えば、藍那は先程言った幼馴染としての関係を無くそうとしてくる事を。


ただの他人、凛を他の男子と同じ様な目で見て、その上で拒絶する。そう確信していたから、いつまでもその思いの丈を軽い言葉の様に告げてきた。『幼馴染』として、『友達として』などと金魚のフンの様な枕詞。

今、その余計な物を全て取り除き、正真正銘真っ直ぐな想いを藍那に伝えた。


後悔と覚悟の入り混じった目を藍那の目に合わせると、藍那は困った様な顔も、焦った様な表情もする事なく、嘲笑する様に凛に返事を返す。


「あっそ」

「................?」

「何を真剣な顔で言うかと思ったら...。そんな改まって言う事か?」

「藍那ちゃん...僕は...」

「というか手、痛いから離せ」


藍那に言われて凛はすぐに手を離した。藍那の手首は赤くなっていて、うっすら凛の手形が残っている。


「あと凛」

「な、何...?」

「私はお前が幼馴染だったから泊まらせたんだ。他の奴なら彼氏以外では絶対あり得ない。これがさっきの凛の問いの答えだ」

「あ...そう...」

「そんな事より、ベッドに寝る?布団が良いか?私はどっちでも良いが」

「あ...お布団にしようかな...」

「分かった。敷くからそこをどけ」


そう言って藍那は何ごともなかったかの様に布団を敷き始めた。

凛は大きな溜息を吐きながら敷かれた布団に倒れ込み、枕に顔を埋めた。


「はぁーーーーーーー...」

「何だ?随分疲れてるな」

「別に...そんな事ないよ...」

「ま、疲れたならさっさと寝ろ。明日には癒えてるさ」


藍那は見当違いも甚だしい助言をして自分のベッドに寝転んだ。

その夜は二人とも余計な会話をせずにそのまま眠りに就いた。


(いつの間にあんな力が強くなってたんだなぁ...)


藍那は凛の寝息が聞こえた頃にそんな事を思っていた。

いつの日からか自分の身長を大きく越して、顔も身体も男らしくなり、簡単に押さえ込まれるくらい力関係も傾いた事に藍那は驚いた。


「成長って怖いなぁ...」


藍那はぐっすり寝ている凛の寝顔を眺めながら小さくそう呟いた。

先程よりかは静まった雨音を聴きながら、藍那も眠りについた。




陽の光がカーテンから差し込み、藍那の顔を照らし付けてくるので、藍那は眉間に皺を寄せながらベッドから起き上がった。


「おはよ、藍那ちゃん」

「...んぅ...」


まだ寝起きで眠そうな藍那。そんな藍那の髪の毛はボサボサで、凛は寝癖を手櫛(てぐし)で直してあげた。


「藍那ちゃん、台所勝手に借りちゃった。朝ごはん出来てるから一緒に食べよ」

「ああ...」

「でもその前に顔洗って来ようね」

「んむ...」


藍那は洗面所で顔を冷水で洗い、完全に覚醒させてからリビングへ戻った。

テーブルの上には目玉焼きとお味噌汁とご飯、そして昨日の夕飯の残り物が並べられていた。


「こんなしっかりした朝ごはんは久しぶりだ」

「藍那ちゃんはよく朝ごはん抜いて登校してくるもんね」

「いただきます」

「召し上がれ」


二人で朝ごはんを食べ終わったら、凛はお昼頃に長谷家を出て行った。


「じゃあ、昨夜と今日はありがとう。助かったよ」

「ん、まぁ退屈だったらまた来れば?」

「ふふっ、うん、そうする」

「じゃっ」

「うん、バイバイ。あ、そうだ。夏祭り、当日の16時には迎えに行くね」

「ご飯は全部凛の奢りだからな」

「...覚悟しとく」


凛は強張った笑みを浮かべて家に帰った。

藍那は外の暑さが嫌になり、凛の姿がまだ見えてる状態で家の中に入り、冷房の恩恵にすがった。

しばらくして母親が帰ってきたので、昨夜の話をしながら仕事の愚痴を聞いてあげた。

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