五十一
卒アルを見終わって、家にあるゲームで二人して遊んでいると、急に豪雨と雷が同時に襲って来た。
ベランダに洗濯物を干してあったので、凛に手伝って貰いながら急いで取り込んだ。
「びっくりした...急に何だ?」
「ゲリラ豪雨っていうより台風みたい。まぁ夏だし」
「今日台風だったのか。天気予報見ておけばよかった」
雨は治ることを知らず、バケツをひっくり返す強さを保ったまま夜になった。
「これ...洪水とか浸水しないよなぁ...」
「お母さんは大丈夫?」
「あ、そうだお母さん。連絡するか」
藍那は携帯で最初に電話を掛けた。だが仕事中だったのか出なくて、次にメールを送った。
「返信来た?」
「まだ」
藍那は携帯をベッドに放り投げて、台所にある冷蔵庫を覗いた。
幸いスーパーへ買いに行くほど食材は足りてなかった訳ではないので、冷蔵庫の中にある食材だけで夕飯を賄うことにした。
部屋に戻り、部屋にあるテレビで天気予報を見ている凛にどうするか尋ねた。
「凛、帰れるか?」
「んー...傘持ってくるの忘れちゃったから貸してくれればって感じかな」
「...そうか」
藍那は今一度窓から外を見た。
横殴りの雨は強く窓を叩き、強く吹く風がその雨をより一層激しくしている。滝の様に窓を伝う雨水は、排水溝へ溢れそうなくらい入っていく。
恐らく傘一本じゃ防ぎきれないし、何だったら意味を成さないだろう。
「泊まっていけば?」
「え...」
「いや、今日どうしても家に帰りたいとか、明日用事があるとかなら別に良いんだけどな。この雨の中傘一本貸して出て行けって言うのも...心苦しいというか」
「あぁ...そういう...」
凛は、小学校の時はよく藍那の家に泊まっていた。それは小さかったから女の子の家に泊まれていたし、その時は那月もまだ家に居たので気にする事はなかった。
だが今はお互い良い年齢で、思春期真っ盛りの男女が同じ屋根の下に寝るというのはなかなか抵抗があった。
(と言ってもこの中帰るのも正直辛い...)
凛は色々考えを巡らせた結果、その日は泊まることにした。
「じゃあ、泊まって行こうかな...?」
「ん、分かった。さてと...じゃあ風呂洗っておくか」
そう言って藍那はお風呂場へ向かった。
(...お母さん帰って来るし...大丈夫だよね?)
藍那が風呂を洗っている間、部屋でテレビを見ていた凛。その時、後ろのベッドから着信音が鳴った。
(藍那ちゃんの携帯か...)
先程藍那が放り投げた携帯から着信音が鳴っていた。画面には『お母さん』と表記されていた。
先程の藍那の電話に折り返して電話して来てくれたらしい。
(出た方がいいよね。ついでに今日泊まる事も自分の口で言った方がいいし...)
携帯を取り、通話ボタンを押すと、藍那の母親が藍那だと思って話して来た。
『あ!藍那?お母さんだけど、どうかした?』
「あ、えっと...藍那ちゃんじゃないんですけど」
『あれ!?誰?ごめんなさい私間違えて...』
「あ、いえ!合ってます。藍那ちゃんの携帯です。えっと、覚えてますか?美山 凛です。藍那ちゃんとは保育園の頃から一緒の...幼馴染の...」
『あ〜凛くん!?あービックリしたぁ〜!え、今家にいるの?』
「その事なんですけど...今凄い雨で、藍那ちゃんの気遣いで今日お泊まりさせて頂く事になったのですが、よろしいでしょうか?」
『あーいいよいいよ!全然大丈夫。この雨じゃしょうがないよ。そっかそっか、じゃあ藍那一人にならなくて大丈夫だね』
「え...?それはどういう...」
『この台風で電車が止まっちゃってさ〜。タクシーかバスで帰ろうとしてるんだけど無理そうだから、もうどっかのホテルに泊まることにしたの。藍那一人にしちゃうなぁと思ってたけど、凛くんいるなら大丈夫だね〜』
「え、いや...こっちはお母さんが帰って来ると思って...」
『あ、ごめんなさい。...ごめん今ホテルのチェックイン中なんだよね。じゃあ藍那にはそう言っておいて、よろしく!』
「あの!ちょっ...!...切れた」
凛は流石にマズイと思ってお風呂を洗い終わった藍那に電話の内容を伝えた。
「ふ〜んお母さん帰ってこないんだ。じゃあ夕飯は二人分だけで良いんだな」
「え...良いの?二人だけなんだよ?」
「ん?ああ、何がダメなんだ?」
藍那は不思議そうな顔をした後、台所でお米を研ぎ始めた。
(今日二人だけで過ごすことに何の危機感も感じてないって事...?)
凛の複雑な気持ちが心の中で膨らんだ。
藍那は学校では凛には素っ気ない態度を取る。それは中学の時の二の舞にならない様にする為でもある。
だが、二人きりになるとまるで保育園の頃にタイムスリップしたかの様に対応は激変する。それこそ、男女の壁を感じさせないほどに。
凛にはそれが面白くなかった。
「藍那ちゃんは...何も思わないの?」
「ぁあ?ごめん聞こえなかった。なんて言った?」
米を研ぐ水の音で凛の質問はかき消された。何かを言ったのは気付いた藍那は、水を止めてもう一度聞き直した。
だが、凛はその質問をもう一度する事をやめた。
「んーん、何でもない」
「そうか?凛、暇なら野菜切ってくれないか?」
「あ、うん。ごめんごめん、僕も手伝うべきだった」
そうして二人で作った料理を、二人で一緒に食べた。思っていた以上に時間はあっという間に流れていった。
「凛、風呂」
「僕が先に入って良いの?」
「ああ、一応客人だからな」
言われるがまま凛はお風呂へ先に入った。お風呂だというのに、この後同じ部屋で寝るという重圧に、全くリラックス出来なかった。
風呂から上がり、藍那に次に入る様に促した。
「藍那ちゃん、入って良いよ」
「ああ」
藍那も下着を持ってお風呂場へ向かった。
(凄い普通に下着の場所を知ってしまった...)
凛はもう藍那の行動一つ一つが気になって仕方がなかった。
部屋で深呼吸して気持ちを落ち着かせていると、お風呂場にたまたま付けて来たネックレスを置いて来てしまった事を思い出した。
(流石にもう湯船に入ってるよね...)
藍那がお風呂場へ向かってそこそこ経ってから思い出したので、藍那は既に脱衣所には居ないだろうと踏んで、さっさと取りに向かった。
案の定脱衣所には藍那はいなくて、安堵しながらネックレスを探した。
すると、磨りガラスのドア越しに凛の存在に気付いた藍那が、お風呂場から話しかけて来た。
「どした?覗きか?」
「違うよ...。ネックレスを取りに来たの」
「あー今日付けてたもんな」
お風呂故に響く藍那の声は、先程の凛と違ってリラックスした柔らかい声だった。
(あ、あった)
ネックレスを見つけた凛はそのまま脱衣所から出て行こうとしたその時、藍那が引き止めた。
「あ!凛!まだいるか?」
「う、うん。いるよ?どうしたの?」
「悪いんだけど、そこら辺に洗顔フォーム無いか?中に持って入るの忘れてた」
「洗顔フォーム...?あ、これかな?青いやつ?」
「あーそうそうそれだ」
凛は洗面所の棚に藍那の言っている洗顔フォームを見つけ、お風呂場のドア付近に置こうとした。
その時、藍那が普通にドアを開けて受け取りに来た。
「それそれ、悪いな」
「................」
藍那はもちろん全裸だった。しかしそれを隠そうともせず凛から洗顔フォームを受け取ろうと手を伸ばしている。
足先から顔まで信じられないと言った顔で見つめる凛を、不思議そうに首を傾けて見つめ返す藍那。
しばらく見つめ合ったところで、藍那はようやく凛の気持ちを汲んだ。
「あ、なるほど。悪い悪い、裸は見たくなかったか」
藍那は凛から洗顔フォームを取り上げると、すぐにドアを閉めた。
凛はしばらく放心状態で動けなかったが、ハッと我に帰り部屋へ戻った。
連続投稿すみません




