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夏の樹  作者: 粥
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「おにーちゃん、いっしょにいたきれーなおんなのひとだれ〜?」

「んー?あの人は大和さんっていうお兄ちゃんの...知り合い?クラスメイト?何だろうね?」

「やまとさん?は、おともだちじゃないの?」

「お友達では、ないと思うよ」

「おともだちじゃないのに、あいなをむかえにきたの?」

「んー...何でだろね?お兄ちゃんも分からん」

「おにーちゃんもわかんないことあるの?」

「あるよー、分からない事の方が多いね」

「すごいねー」

「何が?」


そんな会話をしながら家に着いた。

藍那を下ろし、ドアの鍵を開けて部屋に入る。母親はもちろん帰って来てなくて、二人だけでは寂しい部屋を俺より先に入った藍那が先行して歩いて行く。


雨が窓を叩く音が響いていて、寂しさを一層引き立てる。きっと、藍那がいなかったら俺は静かに寂しがるのだろう。


「おにーちゃん、てぇあらわなきゃなんだよ」

「ん、ごめんごめん今洗う」


藍那に諭されて俺は洗面所で手を洗った。

藍那は人見知りで、気の許した相手以外とは全く喋ろうとしない。さらに気の許した相手は、知り合ってからだいぶ経ってからでないと許さないので、仲良くなるには時間がかかる。

家では割と元気なんだけどなぁ。


藍那は今、テレビの前に座って教育番組を見ている。

俺はとりあえずまだ買い物とかに出かける時間ではないので窓際に座って外の雨を見ていた。

すると、藍那が俺の足の上に座って来た。


「どした?もうテレビ終わったのか?」

「んーん、おわってないけど、あいなここがいい」

「そか、ちょっと待って一旦立って」


このままだと長時間座った場合俺の足が痺れかねないので、座布団を持ってきて俺の足に挟まる様に座らせた。


「おかーさんはまだかえってこない?」

「まだまだだね。良い子にして待ってれば、すぐかもな」

「じゃあ、あいないーこになる」

「ん、頑張れ」


藍那の頭を優しく撫でると、藍那は嬉しそう笑って俺に寄っかかった。


窓に張り付いて下へと伝って落ちて行く雫を見つめながらゆっくりしていると、いつのまにか寝てしまっていた様で、気付けば藍那が俺の頰を小さな手でペチペチと叩いていた。


「おにーちゃん、おなかすいた」

「ん...おぉ...もうそんな時間か...」

「おひさまいない」

「ん、んじゃ飯を...作るかっ!」

「きゃー」


膝の上に乗っていた藍那を座布団が敷いてある所に転がした。

藍那は楽しそうに笑いながら転がっていった。


「今日は...野菜炒めかな」


冷蔵庫の中を見るとそれが作れるラインナップだった。だが、野菜だけではお腹が空いてしまうと思い、スーパーで足りないお肉を買いに行くことにした。


「藍那〜スーパー行くぞ〜」

「すーぱー!」

「合羽着ろ、長靴履けな?」

「きる〜!はく〜!」


藍那に雨合羽と長靴を履かせて、俺は傘を持って外へ出た。

もう雨は大して降ってはないが、小雨程度には降っていた。


スーパーへは歩いていける程度の距離で、藍那と手を繋ぎながら歩いて行く。

スーパーに着くと、キュッキュッという濡れた靴底がスーパーの床に擦れる音を響かせながら藍那が野菜コーナーを走って行く。


「藍那、離れると迷子になる」

「ん!」


藍那はすぐに戻ってきて、差し出した手を素直に握りしめた。

手を繋ぎながらお肉コーナーに向かう。豚肉が欲しかったので、手に取ろうとしたが、藍那にどれが豚肉かを教える為にちょっとしたクイズとして聞いてみた。


「藍那、どれが豚肉だ?」

「ぶたにく...どれだろ?」

「当たったらアイス買ってあげる」

「ほんとっ!?」


藍那はパァッと顔を明るくした。藍那はアイスが大好きなのだ。

でもやっぱり豚肉を選ぶのは難しいらしく、悩んでいた。


「んー...これ!」


藍那がビシッと指差した肉は牛肉だった。ちょうど豚肉コーナーと牛肉コーナーの境界線で、ギリギリ牛肉側を選んでいた。

なので俺はわざと豚肉の方のパックを手に取った。


「藍那はこれが豚肉だと思った?」

「え...あいながえらんだのちが...」

「せいか〜い。凄いなぁ藍那、豚肉を見事当てたね」

「え...ぅ...うん!そだよ!あいなあてたの!」

「うんうん、凄いな藍那」


俺は藍那の頭を撫でてあげる。

約束通り、アイスを買ってあげることにした。


家に帰って野菜炒めとご飯と味噌汁を作って藍那に食べさせた。

夜9時程になると、玄関から物音がした。母親が帰ってきたのだ。


「おかーさんだ!」

「迎え行きな」

「うん!」


藍那は嬉しそうに玄関の方へ走っていった。


「おかーさんっ!おかえり!」

「お〜ただいまぁ藍那、良い子にして待ってたかな?」

「あいな、いーこだったよ」

「そっか〜偉い偉い、ご飯食べた?」

「たべたー」

「何食べた?」

「おやさいとーおにくがはいってるしょっぱいやつー」

「肉野菜炒めか〜美味しかった?」

「うん」


藍那と会話をしながら母親が居間に入ってきた。母は看護師で、いない父のために俺たち兄妹の為に朝から夜遅くまで働いてくれている。

だから早く高校を卒業して働くのが俺の目標になっている。


「ただいま、野菜炒めにしたんだって?」

「うん、気分じゃなかった?」

「そんなわがまま言わないよ、ありがと」

「ん、仕事お疲れ様。藍那と俺はもう風呂入ったから」

「そか、入れてくれたのね」

「おかーさんとはいるぅ!って愚図ったけどね」

「振られちゃったんだ〜?」

「そ、寂しいもんだなぁ...」

「あははははっ!ジジィ」


母親は楽しそうに笑った。


彼女が、泣いたところを見たのは随分昔のことだ。

あの時俺は、いくつだっただろう。

あの時俺は、何かしてあげられたんじゃないか。

あの時、父親がいなくなった時、藍那がまだ生まれてなかった時、俺がまだ...何も守れなかった時。

彼女は、母は、俺を優しくそれでいて離さぬように俺を抱きしめた。

泣きながら、震えながら、離れないでと言葉にしなくとも分かるよ。


(馬鹿だなぁ...)


だから、時に無理して笑わなくても良いんだ。

仕事の話とか、人間関係とか、分からないだろうと馬鹿にしながらでもいいから、話して欲しい。

抱え込むのは、もうやめてくれ。

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