四十六
「おはよーございます」
「あら、おはよ〜今日は早いのねぇ」
「学校が早く終わって暇だったんで来ました」
「そっか、早く来てくれる分には有難いわ」
藍那は今家と学校のちょうど中間部に位置している純喫茶店で働いている。
店長は30代くらいの女性で、優しい笑顔が特徴の人だった。
「今新しいケーキ発注してるの、試作品が届いたから食べてみてくれない?」
「わーい」
藍那は店長に渡されたケーキをフォークで掬って食べた。もちろん味良し、さらに見た目も女子受けしそうなデザインだったので、藍那はそのケーキを気に入った。
「美味しいです。早速店の前のボードに書いて宣伝しましょう」
「あ、そうだそれだ。藍那ちゃん書いてきて〜」
「はーい」
藍那は店長に言われた通り、店の前にある店頭ボードに先程のケーキについての広告を書いた。
その途中、後ろからお尻をポンっと蹴られた。
振り返ると、そこには見覚えのある自分とよく似た顔の男性が立っていた。
「よっ、バイト頑張ってるみたいで」
「お兄ちゃん...」
お尻を蹴ったのは兄の那月だった。
「こっち来てたんだ」
「槐が藍那に会いたいって言うから連れて来たけど、バイト中だったみたいだな」
「うん、21時には上がれると思うんだけど...。ていうかそのお姉ちゃんは?」
「家で大和と一緒に母さんと留守番。俺はお前の様子見に」
「そか。よし出来た、何か飲んで行けば?」
「んー、そうする」
「美味しいケーキあるよ、これ」
「さっきから書いてたのそれか」
那月と藍那は二人で店内に入り、那月はコーヒーを飲んで行くことにした。あとケーキも。
那月がお茶をしていると、携帯が鳴った。
「もしもし?」
『あ!おとーさん!』
「大和か?どした?」
『今藍那ちゃんのとこ〜?』
「そだよ」
『今からね〜おかーさんと行こーかなぁ〜って話してたの〜』
「んー了解。じゃあ待ってる」
電話を終えると、藍那が那月の前に立っていた。空いてるテーブルを拭きに来たようだ。
「どしたの?」
「今から槐たちが来るらしい」
「おー。それは楽しみ」
しばらくすると、大和を連れた槐が来店して来た。
「いらっしゃい」
「藍那ちゃん喫茶店の店員似合うね」
「そうかなぁ...?可愛い?」
「可愛いよ」
「えへへ」
藍那は小さい頃のような純粋な笑顔を槐に見せた。
「お待たせ」
「そんな待ってないよ。大和、こっちおいで」
「んー」
藍那にコーヒーと大和が飲む為のオレンジジュースと、もう夕飯時くらいの時間になったので三人はそれぞれご飯を頼んだ。
「そういえば、宗介が古谷さんと温泉旅行に行ってきたらしい」
「へぇ〜、子供もそろそろかな?」
「どうだろうね?二人ともそんなに子供欲しいって言ってなかったし。何だったらいらないって言ってた」
「そっか、でも親御さんに子供作らないのか〜って言われそう...。秋穂ちゃんの親って厳しそう」
「別にそんな事は無いんじゃない?それに何より本人たちの気持ちが大事だし、欲しくもないもの求める必要もないでしょ」
「二人を否定する気は無いけど、好きな人との子供欲しいって思わないのかなぁ?」
「あの二人は...なんか、ずっとあの二人のままな気がするんだよね。お互いしか見てないっていうか...そんな感じ」
「そうかな...?」
「高校生ながらに半同棲みたいな事してたし、付き合った後も前もそんなに変わりなかったし、実は俺たちより大分先輩みたいなところあるのかも」
那月なりの受け取り方は随分下手になっていた。
那月たちはご飯を食べ終えた後、店を出て実家に行くことにした。
ちょうどそれくらいに藍那のバイトも終わったので、一緒に帰ることにした。
帰っている途中、藍那の携帯に連絡があった。差出人は凛だった。
『バイト終わった?迎えに行かなくて平気?』
『別に良い』
藍那は淡々としたメールを返した。それを横目で見ていた槐が茶々を入れた。
「彼氏?」
「全然。ただの幼馴染」
「それにしては随分過保護なメールだったね」
「うざったいだけだよ。お母さんよりお母さんみたい」
「大事にされてるってことじゃん、良かったね」
「放っておいて欲しい...」
槐はそういう藍那の頭を優しく撫でて、前を歩く那月と大和を見るように促した。
「いつか藍那ちゃんにもああいう日が来るよ」
「........」
「すっごい大事で、すっごい大好きな人が出来る日が来るよ」
「そーかなぁ...?」
「そーだよ」
「私はお姉ちゃんみたいになれないから...」
「私みたいになんかならなくて良いよぉ、藍那ちゃんは藍那ちゃんらしくいな?」
「私らしくね...それが分からないんですー」
藍那は少しずつ夏の準備をしていく夜空を仰ぎ見た。




