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夏の樹  作者: 粥
35/64

三十五

「お前って、意外と積極的だよな...」

「........」


現在宗介は体育館にある用具入れのマットの上で秋穂に押し倒されていた。


どうしてこうなったかというと、話はたった数分前に遡る。



「赤石、悪いんだけど用具入れにある◯◯◯持って来てくれるか?」

「りょーかいでーす」


宗介は先輩から頼まれた練習道具を体育倉庫に取りに行くと、丁度秋穂もそこにいた。


「あれ?お前も何か取りに来たのか?」

「ネット」

「あーなるほどな」


そんな会話をしつつ二人で目的の物を取り出していると、宗介の頭の頭上でグラグラと揺れて危険な段ボールがあった。宗介は気付いてなさそうだ。


そして程なくしてその段ボールが落ちて来て、宗介の頭に直撃しそうになった。


「危ない」

「あ?」


まったく緊迫感のない通常時クラスのボリュームの声を上げて秋穂は宗介を庇った。

幸い大して重いものが入ってなかったのか頭を小突かれた程度の痛みしか来なかったが、代わりに宗介を押し倒している様な体勢になった。


そして冒頭に戻る。


「........」

「た、助けてくれたんだよな?俺これから色々されちゃうわけじゃねぇよな?」


秋穂はジッと宗介の目を見つめて動かない。


「........」

「ねぇどうして黙ってるの!?お願いやめて!まだ心の準備が...!!」

「うるさい」

「押し倒される女子の気持ちになってやってみたんだけど似てた?」

「知らない」

「あそ、まぁ助けてくれてありがとな。頭痛くねぇ?」

「痛くない」


宗介はそう言いながらたんこぶとか出来てないか秋穂の頭をさする。

秋穂は赤面する顔を自身の茶髪で隠した。


「さてと、そろそろ遅いとか言われそうだからさっさとどいてくれや」

「........(コクリ)」


二人は用具入れ倉庫から出てその後普通に練習を再開した。



部活も終わって、二人はまた一緒に帰っていた。


「いやぁ〜今日も疲れた〜今日の晩飯なんだろな〜」

「........」


そんな話をしていると、宗介の電話が急に鳴り始めた。


「おかんだ、もしもし?」

『あ、もしもし?宗介?今日うち外食なんやわぁ』

「あそぉ」

『ほんでもう店行っとるからぁ、もうお前どこぞで飯食うて来て』

「はぁっ!?急にそんな...」

『ほんなら〜』

「あ、おい!...切られた...」


電話のツーっ、ツーっという音だけが夜道に響く。

急にそんな事を言われてもどうしようかと悩んでいると、秋穂が一つ提案を持ちかけた。


「ご飯無いの?」

「んー何か親達が外食したみてぇで俺一人どこぞで飯食いに行かねぇといけねぇみたい」

「ふーん」

「どうすっかなぁ〜牛丼屋でも行くか〜安いし」

「うち来れば?」

「は?」

「うちでご飯食べれば?」


いきなりの提案に宗介は驚いたが、すぐにその提案に乗った。


「良いのか?」

「........(コクリ)」

「じゃあ...お邪魔しまーす」


結局宗介は秋穂の家で夕飯を食べることにした。


宗介が連れて来られたのは高層マンションのロビーだった。


「お前って...お金持ちなん?」

「別に」

「部屋何階?」

「7階」

「金持ちだろ!この立派なマンションで7階は金持ちだろ!」

「早く入ろ」


二人はエレベーターに乗って秋穂の部屋に入って行った。


「うーわ!広っ!窓でか!夜景綺麗!すげー!!」

「慣れたらそうでもない」

「いや慣れるとか無いだろこれ...」


周りに高い建物がないので抜きん出て秋穂のマンションは高かった。


「すげぇなぁ〜俺これしばらく窓から離れられないわ」


そう言って宗介は大きな窓の前に座り込んだ。

秋穂はそんな宗介を放っておいて自分の部屋で制服を着替えた。

戻って来てもまだ宗介は窓の外の景色を見続けていた。


(夜景好きなのかな...)


秋穂はそんな事を思いながら宗介に声を掛けた。


「宗介、ご飯食べよ?」

「うわっ!びっくりしたぁ...」

「私も」


秋穂は宗介の耳元で囁くように伝えたので宗介はそれにびっくりして跳ねた。そして更にそんな宗介にも秋穂はびっくりしていた。


「夕飯か、そうかそうだった。そのために来たんだった」

「何が良い?」


そう言って秋穂は冷凍室を開けた。

中にはたくさんの冷凍食品があって、この中から選べという事らしい。


「えーっと...あれ?お前が作ってくれるんじゃないの?」

「作れない」

「ほっほ〜こいつは想定外」


宗介は顎に手を当てた。

どうやら宗介は秋穂が今日の夕飯を作ってくれると思っていたらしい。

宗介は一応冷蔵庫の方や野菜室の方を見てみた。

すると、


「え、冷凍食品以外なんもねぇの!?」

「........(コクリ)」


何と冷凍室以外はほとんど空っぽで、野菜室に至っては何も入っていないという始末だった。


「お前毎食冷凍食品?」

「........(コクリ)」

「一人暮らししてからずっと?」

「........?........(コクリ)」

「わぁお...」


秋穂は何かおかしいのか?という表情で宗介を見つめている。

冷凍食品をバカにするわけではないが流石に栄養が偏るのでは?と考えた宗介は、今日の夕飯は自分の手作りを振る舞うことにした。


「つっても材料ねぇから一旦買って来なきゃだな。この辺スーパーある?」

「ちょっと行ったところに」

「じゃあちょっくら買ってくっから、お前待ってろ」

「........(コクリ)」


財布を持って宗介はスーパーへ向かった。

秋穂はその間ぼーっとテレビを見た。


しばらくして宗介が帰ってきた。


「ただいま〜買って来たぜ」

「おかえり」


秋穂はトテトテと玄関に小走りで向かい、宗介を出迎えた。


「新婚か!」

「........?」

「いやなんでもねぇ」


宗介はツッコミを入れてみたが理解してくれなかったのでそのまま流した。


「材料を見てわかると思うが、今日はカレーだ!」

「カレー」

「作り置きして明日も食べられるし、何だったら二日目の方が美味い!」

「へー」


流石にお米はあったので、それでご飯を炊いたり、野菜を向いたり、サラダを作ったりしてるうちに1時間近く経ってしまい、時刻は20時を回ったところで本日の夕飯は出来上がった。


「うっし!お待たせ〜宗介特性超絶ハイパーグレイトカレー出来上がり!」

「........(パチパチ)」


やたら長い料理名だが、美味しそうなカレーに秋穂は拍手を送った。


「いただきます」

「おう!召し上がれ!」


気になる一口目、宗介は秋穂の感想を待った。

粗食して、心配そうに見つめる宗介にいつもの無表情で感想を述べた。


「おいしぃ...と思う」

「マジでっ!?ふぅーーーー!!」

「うるさい」


そうすけは不安げな表情から一気に笑顔を取り戻した。

宗介も食べ始めて自分でも納得いったのか美味しい美味しいと言いながら食べていた。


「久し振りに作ったけど上手くいくもんだなぁ」

「そうなんだ」

「おう、家じゃおかんがほとんど作ってる。手伝ったりも一応するけどな、1から作ったのは久しぶり」


二人で談笑しながら食べていき、最後に買って来たアイスをデザートで食べて宗介は帰った。

帰り際、秋穂は宗介を送った。


「今日はありがとな!一緒に飯食ってくれて」

「作ったのは宗介」

「まぁそうだけどさ、誰かと飯食うって良いじゃんか?」

「...分かんない」


秋穂は家に帰っても学校にいても一人なので、宗介のその言葉に共感することは無かった。

そして宗介は秋穂の冷凍食品ばかり食べる癖を直したいが為に、ある提案を持ちかけた。


「なぁ秋穂、お前いつも冷凍食品ばっかっつってたよな?」

「........(コクリ)」

「じゃあさ、出来る限り俺が飯作ってやろうか?」

「........?」

「曜日とか決めてさ、毎日でも良いけどそれじゃプライベートとか踏み込まれて嫌だろうし、週一でも良いからお前に手作りの飯を食ってもらいてぇんだ」

「どうして?」

「冷凍食品ばっかじゃ栄養偏るだろ?それに、飯って一人で食っても旨くねぇだろ?」

「........」


秋穂は暫く考えて、宗介の提案を承諾した。


「分かった。じゃあ一日空ける感じで」

「作った次の日は冷凍食品で、その次の日にまた俺が作りに来る感じな?おっけ了解!」

「よろしく」

「おう!ありがとな!めっちゃ美味い飯作れるように頑張るし、お前が笑顔んなれるように頑張るわ!」

「...頑張って」

「じゃ、送るのはここまでで良いや。じゃあな!早く寝ろよ!」

「気を付けて」


そう言って二人は各自家に帰った。


一人で部屋に戻ると、二人分のお皿が台所の水切り籠の中に入っていた。

それを見ると、さっきまで宗介がいて騒がしかったのが懐かしく思えた。


(宗介が、ご飯を作りに来てくれる...)


秋穂は久しぶりに大きな窓の前に立ち、外の夜景を覗いてみた。

見慣れた筈なのに、見飽きた筈なのに、夜景はいつもより綺麗に見えて、慣れた筈なのに、一人でいる事を少しだけ辛く思う。


(二時間半もいた筈なのに...)


秋穂は初めて、『二時間半』を短いと感じた。

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