三十二
今日は大晦日。
私は今那月の家にやってきていた。
ただ、藍那ちゃんもお母さんもいない。
「二人ともどうしていないの?」
「二人とも婆ちゃんの家に行ってる、冬休みに一度来いって言われてたらしくて。まぁ、俺は行かないって言ったけど」
「どして?」
「........から...」
「え?何?聞こえない」
「槐と...一緒に居たかった...からです...」
「........」
私の彼氏がとても可愛いです。
つまり今日は二人きりなのである。
「槐、今日泊まってって...?」
「う、うん...」
今日は何だか、いつもと違う那月に見えた。
ご飯を食べようと冷蔵庫を覗いていると、那月が話しかけて来た。
「あ、槐。今日は外でご飯を食べよう」
「外で?」
「うん、嫌?」
「んーん、良いけど。じゃあ銀行寄らせて、お金おろさなきゃ」
「大丈夫、奢る」
そして私は、那月に連れられて海の見えるレストランに連れて来られた。
結構静かで趣があって、もっとちゃんとした格好で来れば良かったと後悔してしまうくらいだった。
「予約してたの?」
「一応ね。今更だけどごめんね?急に連れて来ちゃって」
「んーん、嬉しいよ?ありがと」
「ほんと?良かった...。ここ美味しいから、期待してて」
「うんっ」
那月の言う通りご飯はとても美味しかった。
何故かワインの誘いを受けたが、丁重に断った。
ご飯を食べ終わって、少し歩こうと言って那月と私は誰もいない夜道を歩いて行った。
「こっち来て」
「........?」
那月が私の手を取って連れて来た場所は、街を一望出来る建物だった。
「これって、クリスマスの時の埋め合わせ?」
「うん、行こうって言ったし」
「そか〜」
私は柵にもたれ掛かって夜景を楽しんだ。
冷たいはずの風は、何故かそんなに冷たいと感じることが無かった。何でだろうと考えてみても答えが出なさそうだから、考えることはやめた。
横を見てみると、マフラーに顔を埋めている那月がいた。
寒そうにしているのが、少し可笑しかった。
「槐、ありがとね」
「ん?何が?」
「俺と仲良くしてくれて、あとその...付き合って来れて...」
「あ...そう...。え?どしたの急に?」
那月が急にそんな事を言い出すものだから、私も少し照れてしまう。
「俺、槐が話しかけて来なかったら、ずっとあの教室に一人だった気がする」
「だろうね」
「バイトも同じ学校の人がいる所なんてまず考えなかったし、藍那の迎えに誰かと一緒に行こうなんて申し訳なくて出来なかった」
「うん」
「だから、こうやって槐の手を引いて夜景の見える場所に来たり、藍那の運動会まで付き合わせて、クリスマスやさっきみたいなレストランを予約したり、家にいるのが当たり前みたいな、そんな関係が築けるとは思ってなかった」
「...那月」
「いつまで続くか分からない関係だけど、いつか何かの食い違いで別れてしまうのが怖いけど、だからって別れた方が楽なんて思えなくて...」
なんだか別れ話を切り出されているようでドキドキしてきてしまう。
「そんな事を一人で考えてても、結局は槐の顔を見てしまったら全部忘れられるんだ...」
那月はマフラーに埋めていた顔を上げて、白い息を微かに吐きながら真冬の空を見上げた。
「ずっとこのままが良いなぁ...ずっと...っ!?」
「........っ!」
多分私はきっと今にも泣きそうな顔になっていただろう。
頰を涙が伝っていたかもしれない。
でもそんな事分からないくらいに、那月を強く抱きしめていた。
「絶対なんて、この世に無いけど...!この先どうなるか分かんないから、適当な事なんて言いたくないけど...!私はずっと那月の側にいるから!」
「槐...」
「少なくともそう思ってる!自分だけが一方的に好きだと思ってると思わないで!私だって好きだもん...」
「...ほんと?」
「うん...!!」
「そかぁ...良かった...」
気付けば那月も泣いてた。
絶対にこっちに顔を向けてはくれなかったけど、きっと泣き止むまでこのままだ。
その間、ずっと抱き合ってた。さっきまで寒くなかっただけなのに、いつのまにか暖かかった。でもこれは理由が分かる。
周りに誰もいなくて良かったと思う。
あの後帰って、同じ布団で手を繋ぎながら寝た。




