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夏の樹  作者: 粥
29/64

二十九

「槐、この問題なんだけど...」

「んー?」


冬休み直前の期末テストなので、俺たちは授業中に勉強していた。ついでに今は自習時間だった。

槐の方が少しだけ勉強が出来るので、俺は槐に教えてもらう形になっていた。


「あーここね、難しいと思いきや意外と簡単だよ」

「どうやるの?」

「まず電流が...」


説明をする槐の顔を、至近距離でつい見てしまう。


(綺麗だなぁ...)


まばたきをする度に長い睫毛が強調されて、薄桃色の唇はついキスをしたくなる。そんな事を思ってしまうくらいあまりにも魅力的だった。


「ってなるの。分かった?」

「...っ!ああ...うん、ありがと」

「........?どうかした?」

「いや...何でもないよ」

「そう?」


勉強を教えてくれているのに、当の聞いてる本人は邪な気持ちでいっぱいだと知ったら流石に引かれるよな。


「そうだ那月」

「ん?」

「クリスマス...空いてる?」

「うん、空けておいたよ。槐と一緒にいようかなって思ってたから」

「そか、じゃあどっか行こ?」

「ん、良いよ」


そんな約束をしてテストに臨んだ。

結果は良好で、お互い勉強した甲斐あって補習の教科は無かったし、通知表の結果も概ね良好だった。


クリスマス当日の夜、俺は槐の家に向かった。

インターホンを押すとすぐに家から出て来てくれた。


「やっ」

「よ、行こう?」

「ん」


俺たち真冬には珍しく水族館ヘ向かった。

ナイトアクアリウムだとか言うものらしく、夜の魚たちを見る事ができる。

通常営業時間では岩場に隠れていたりする魚たちが、この時間だと活発に動いているのは物珍しさがあった。


「みんな可愛い」

「そだね、アレとか昼間が見られないんだって」

「そか、じゃあ夜行性なんだね」


時間はたっぷり有ったのでゆっくりと見ていった。

十分楽しんだので、次は夕飯を食べるために水族館から出た。


「楽しめた?今更だけど、冬の水族館って寒かったよね...?」

「...ん?あぁ、大丈夫。楽しめたよすっごく」

「ほんと...?それなら良かったんだけど」

「うん、それよりご飯食べよ、お腹空いてるでしょ?」

「ん、良いところ知ってるからそこ行こう」

「行こー」


俺は前々から調べておいた美味しいと有名なご飯屋さんへ連れて行った。


槐は美味しい美味しいと言って食べてくれた。でも何だろ、何か変な感じがする。

ご飯も食べ終わって、最後に夜景を見に行くことにした。用意していたクリスマスプレゼントもそこで渡したい。


「槐、夜景見に行かない?この近くに綺麗な夜景が見える場所があるらしい」


そう言って誘うと槐は口元を抑えていた。すると急に咳き込み始めた。


「...けほっ!ごほっ...!」

「槐?槐...!?」


その後槐は倒れた。クリスマスデートは中断して、槐を家まで送った。


場所は移り変わって槐の部屋。俺は看病の為少しの間居させてもらう事にした。


「ごめんね、今朝から少し体調悪くて...」

「体調が悪かったなら言ってくれればいいのに。そしたらあんな連れ回さなかったし、そもそも家から出さなかった...」

「うん...ごめんね。だって楽しみだったんだもん...那月とクリスマスに遊びに行くの」

「ありがたいけど、無理させてまで遊びたくは無かった」

「うん...ごめん...」


俺はベッドに寝込む槐の頰を撫でる。


「辛いよね、ごめんね...。もっと早く気付けばよかったね...」

「んーん、私も余計な心配掛けさせた...」

「槐、もっと話して欲しい、伝えて欲しい。付き合ってるなら」

「うん、ごめん...。でも楽しかったなぁ、水族館」

「うん、また行こうね」

「ご飯も美味しかった」

「そうでしょ?」

「夜景...行けなくてごめんね」

「また次があるよ」

「ごめん...ね...っ!」


槐は涙を流し始めた。


「泣かないで?また行こ?」

「絶対、約束」

「うん、約束」


そう言って槐は俺に向かって小指を突き出した。子供の頃にやった指切りげんまんだ。嘘ついたら針飲むやつ。


「早く元気になってね」

「うん、すぐ治す」


槐は涙を止めて鼻声でそう言った。


帰ろうと思ったのだが、槐が寂しそうな顔で見てくる。


「槐」

「ん...?んむっ...!?」


俺は思わず槐にキスをした。

記念すべき初キスが合意の上では無かったが、あまりにも愛おしくてしてしまった。


「は...は...初チューだったのに...」

「そうなんだ、光栄だな」

「もっとちゃんとしたかった...。風邪引いてるのにぃ...」

「治ったらもっかいしよ?気が済むまで付き合うよ」

「うぅ...これも絶対、約束」

「ん、約束」


俺と槐はまた指切りげんまんで約束して帰った。


今が冬でよかったと帰り道思った。


(顔火照ってるの...藍那達には見せたくないな)


冷たい冬の夜風が俺の頰を撫ぜた。

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