二十六
「梨沙さん」
「あ、槐...と、君は...」
「私の彼氏です。長谷くん」
「どうも」
「へぇーこの子がいつも惚気て来る子か〜」
「そ、そんな惚気てませんよ!」
今日はどちらもバイトが無い日で、藍那のお迎えも無いので俺は大和さんに連れられて一度来たことのあるバスケコートのある大きな公園に来ていた。
「随分とまぁイケメンを手に入れたじゃん」
「あげませんよ」
「そう言われると欲しくなるねぇ」
「ダメですっ!」
「お〜怖。今日は楽しんで行ってね?」
「あ、はい...」
梨沙さん、と呼ばれた女性は大和さんの話し方からして年上だ。年上はちょっと苦手、露出度の高い服を普通に着てるから尚のこと苦手意識が出てしまう。
「大和さん、俺先ずは大和さんのプレー見てるよ」
「あ、そう?じゃあベンチ座っててね」
大和さんはそう言ってコートの中へ入って行った。学校や家では落ち着いた雰囲気の大和さんが今のところ唯一嬉々としているところが見られるので、俺としてはとても嬉しい。
ただ、当たり前のように男だらけの中にいるから怪我しないか不安だった。
笛が鳴って、試合が始まる。大和さんは一気に真剣な表情になる。
かっこいい...。
「槐、彼氏出来たんだってな?おめでと」
「ありがとう」
「あのベンチに座ってる奴か?良いところ見せなきゃな?」
「そうだね」
「ま、勝たせる気はねぇけどな!」
「あっそ...!」
大和さんはサポート的な立ち位置にいるのかと思いきや、普通に前線で動いている。怪我しないかハラハラしながら見ている。
点を決めたり決められたり、なかなか点差の付かない釣り合いの取れた試合は見ていて面白かった。
しばらく見ていると、俺はあることに気づいた。
(パンツ見えそう...)
制服のままやっていて、スカートなんか気にせずに楽しんでいる大和さん。
お陰で見えるか見えないかの瀬戸際が何度も続く。流石に気になってしまい、別の意味でもハラハラする。
ハーフタイムが来て、すぐ大和さんの所に行った。
「はぁ〜やっぱ点差付けら...わぁ!?」
「大和さんちょっと来て」
「ちょっ!長谷くんどしたの?」
大和さんの腕を強引に引っ張り、まだ汗ダラダラの大和さんを二人きりの場所に連れて来た。
「ちょっ...長谷くん私汗を...」
「大和さんこれ腰に巻いて」
「カーディガン?何で?」
「その...さっきからバスケ楽しんでるのは良いんだけど...あの...パンツが...ちょいちょい見えそうっていうか...」
俺は多分今めちゃくちゃ顔が赤いんだろうな。そんな事よりも好きな人のパンツが衆目に晒されるのが嫌だった。
「あー...そういうことか。ごめんごめん、今日はカーディガン忘れちゃったからね。ありがたく使わせて貰おうかな」
「あと、タオル」
「あぁ、ありがと〜」
大和さんは汗を拭いた後、何故か嬉しそうに俺の顔を覗き込んでいる。
「...何さ」
「いや?長谷くんでもそういうの気にするんだ〜って思って」
「気にするよ...好きな人だし...どうでも良い人ならこんな必死にならないよ...」
「ふふふっ!ありがと、嬉しいよ?」
「...あそ!」
俺は大和さんの首にかかっているタオルで、大和さんの頭をワシャワシャと拭いた。
「わぁっ!?何〜びっくりするじゃん...か...」
「........」
いつの間にかすぐ目の前に大和さんの綺麗な顔が俺の目の前に来ていた。お互いあまりの近さに言葉を失ってしまう。
「...長谷くん?」
「あ...」
大和さんの唇に、自分の唇を重ねそうになったところで俺はギリギリでやめて、頰に唇を押し付ける様にキスをした。
「ん〜...」
「...っぷはぁっ!今はやばいと思った」
「そ、そか...。うん、そだね。みんないるし、試合も途中だし...」
「うん...」
俺は大和さんの顔を両手で包み込み、おでことおでこを合わせた。
「楽しいのは分かるけど、羽目を外しすぎない様に」
「うん」
「あと、怪我しないでね?」
「うん」
「気を付けて、ちゃんと見てるからね」
「うん!」
俺はそう言って大和さんを試合に送り出した。その後も大和さんは試合中怪我には気を付けたプレーをしてくれたのでよかった。
すると、終了10分前になって大和さんの方のチームの一人が怪我をしてしまって続行出来なくなってしまった。
どうするかとなっていると、大和さんが嬉しそうに俺の方へ歩いて来る。
まさか出ろってわけじゃな...
「一緒にやろっ?」
ってわけだった。
抵抗したが、周りもその気だったので、ラスト10分だけならと出ることにした。
「槐の彼氏!よろしく!」
「あ、はい...」
「なんだぁ?気弱そうじゃんか、大丈夫か」
「長谷くんはやる時はやる人だから」
「槐が言うなら間違いねぇな、期待してるぜ」
「う...」
俺は期待されるのと注目されるのは嫌いだ。今どっちも味わってるからめちゃくちゃ緊張してるし、帰りたい。
10分とはいえ辛いな。
試合が再開すると、大和さんが俺の近くにきてくれた。
「ごめんね、無理やりで」
「別に、他に誰も居なかったし良いよ」
「私のサポート的な役割にするから。パス貰ったら私に頂戴」
「うん」
みんなすごく上手くて、外から見るのと中でやるのとではやっぱり全然違う事を思い知らされる。
「槐っ!」
「はいよっ!」
大和さんは上手いのでやっぱり警戒されている。たまに二人付かれてる事がある。
「長谷くん!」
「お、おぉ...」
急にパスが来てどうしようかと悩んでいる間に敵からボールを取られた。そしてそのまま点を取られてしまった。
「ご、ごめん」
「良いよ良いよ、次がんばろ!」
大和さんは不甲斐ない俺を励ましてくれた。
俺は少しだけ遠くから試合を観察してみた。
(体育でバスケ部がやってた事を見様見真似でやってみるか...)
経験ではあっちが確実に有利。なら、自分に出来る事は、彼らにどうやりやすい様にプレーさせるか。
(よしっ)
もう一度同じチームの人からボールを渡された。
俺がドリブルしながら少し進むと、やはり敵チームがボールを取りに来る。
手と足を広げて先へ進めない様に守備の構えを取る。
俺は、その後ろに仲間を見つけたので、相手の足の間からボールをワンバウンドさせてパスした。
「なっ!?」
「........」
相手は突然の大胆なプレーに驚いてボールを取れず、俺のパスを成功させた。
「ナイスっ!」
ボールを受け取った仲間の選手が、そのままゴールを決めた。
俺の周りに大和さんたちが集まった。
「やるじゃん長谷くん!」
「今のはびっくりしたぜ彼氏!」
「彼氏くんやる〜」
「ナイスパス」
俺の肩を叩きながら褒めちぎってくれるみんな。流石にちょっと嬉しい。
試合を進めるうちに調子の出て来た俺は、ボールを何回か回される様になった。
「彼氏っ!」
「はい」
俺はボールを受け取った瞬間そのボールをノールックでバックパスした。
何故なら後ろには、俺の好きな大和さんが居るって分かってたから。
「おっ!ナイスパス!」
「決められるよね?」
「もちっ!」
前の方にパスコースが無いと瞬時に判断した大和さんがすぐに俺の後ろへ回ってくれたので、それに気付いた俺もパスを出せた。
今のは初心者でも分かるくらい良い連携だったと思う。
あっという間に10分が過ぎて、試合はこちらの勝ちで終了した。
「お疲れー!凄かったなぁあのバックパス」
「ジノビリみたいだったよ!」
「ジノ...?誰ですかそれ」
色々褒めちぎられた後夜遅いので、俺たちはコートを後にした。
帰り道、俺は大和さんを送っていった。
「いやぁ〜楽しかったね!長谷くんはどうだった?」
「楽しかったよ、もちろん」
「そっか〜良かった良かった。ほら、長谷くん団体行動苦手だったから、ちょっと不安だったんだよね」
「うん、俺も苦手だったけど、でも楽しめたし。案外悪く無いのかもね、誰かと何かをするのって」
「また今度一緒にやろうね、長谷くん!」
「........」
そう言ってニコッと笑う大和さんの顔を見て、少し思っていたことを大和さんに伝えてみた。
「大和さんって、いつもみんなから槐って呼ばれてるんだ?」
「え...?うん、そうだけど?」
「そか...。...あのさ」
「ん?」
「俺も...槐...って、呼んで良い...?」
「え...?」
「俺のことも...那月でいいから...。そういうのって...ダメかなぁ...?」
顔を俯かせながらそう言うと、大和さんが俺の首に腕を回して抱きついて来てくれた。
「ダメじゃない」
「...うん」
「じゃあ、これからは那月って、呼ぶね?」
「うん、俺も...槐って呼ぶ」
「うん、お願い」
その後は、槐と手を繋いで帰った。




