二十五
「むふーっ!」
「頑張れ〜藍那〜」
「頑張ってね〜」
「カメラカメラ」
今日は藍那の保育園で運動会が開催されていた。今日は日曜日なので、私も長谷くんもお母さんも全員で藍那ちゃんの応援に来た。
当の本人はとてもやる気に満ちた顔をしている。
「藍那ちゃん運動出来るの?」
「まぁまぁ?でも動くのは好きだよ」
「やる気に満ちてるのも良いけど、怪我だけはしないでほしいな」
「気を付けてねとは言っておいたけど...」
今まで保護者の気分を味わったことが無かったので、いざ実際なってみるとここまで不安になるとは思わなかった。
「子を持つ親の気持ちが少し分かる気がする。ハラハラするよ」
「奇遇だね、俺も」
「私も」
「あんたは乗っかるな子持ち30代」
「もうすぐアラフォーだよキツ〜」
そんな愚痴をお母さんがこぼしていると、藍那ちゃんの出し物になっていた。
「あ、藍那だ!」
「藍那ちゃん可愛いね〜。一番可愛いんじゃないかな」
「過言じゃないな」
もれなく親ばかモードのみんなで藍那ちゃんの出し物を見ていく。
お母さんがちゃんとカメラに収めていたので、見たいときにまた見よう。
午前の出し物が終わり、お昼休憩。
四人でレジャーシートを敷いた上に座ってお弁当を食べる。
「今日は槐ちゃんが手伝ってくれたんだ〜」
「台所に二人していたのは一緒に作ってたからなんだ?」
「そだよ、美味しいと良いな」
「いただきまーす!」
「「「いただきます」」」
藍那ちゃんの号令を筆頭に、みんなで食べ始める。唐揚げとか、卵焼きとか、月並みなものしか作っていないが、果たして感想は...?
「うん、美味しい」
「おいしーっ!!」
「良かったぁ...」
弁当を食べ終わって、午後の部。
ここからは運動会の定番「駆けっこ」や、保護者参加型の出し物があった。
まずは藍那ちゃんの駆けっこを見る事になった。
「藍那ちゃん頑張って」
「頑張れ〜!藍那ー!!」
よーい、どんっ!という先生の声と共に藍那ちゃんたちが走り出す。
藍那ちゃんは足が速いのか他の子供達をぐんぐん抜いていく。
そして最後の一人というところで、先頭にいた子が転んで藍那ちゃんが一位に躍り出た。
だが、一位になった藍那ちゃんはゴール直前で急に立ち止まった。
保護者たちが急に立ち止まった藍那ちゃんを不思議そうに見ている。もちろん私たちも。
「藍那...?」
「どした?」
藍那ちゃんは振り向いて、先程転んだ子の方へ走った。
そして手を差し伸べた。
「だいじょうぶ?」
「...うん」
「あともうちょっとだから、がんばろ?」
「うん...!」
何あのイケメン...。
藍那ちゃんはその子と手を繋いで一緒にゴールテープを切った。
結果は同率最下位だが、きっとそれ以上の大切なものを彼女は見つけた。
帰って来た藍那ちゃんに、私たち含め周りの保護者たちは賞賛の拍手を送った。
「かっこよかったよ、藍那」
「さすが私の娘」
「イケメンだったね」
この歳になると、大切なものを見失いがちになってしまうので、こういう場面を見るのは懐かしく、目頭が熱くなってしまう。
競技は進んでいき、保護者参加型の出し物になった。
内容は借り物競走みたいなものなのだが、一部お父さんお母さんが子供の手を引っ張って宙ぶらりんの状態にして運ぶ箇所がある。保護者はその場所で待機することになっている。
ただし、知っての通り長谷家にはお父さんがいないので、私と長谷くんが出ることになった。
「槐ちゃん行ってきて」
「え...でも」
「良いから、ね?」
「はい」
私は長谷くんと一緒に決められた位置について、藍那ちゃんを待つ。
先生の合図と共に子供達が走り出す。先程藍那ちゃんの足に速さが分かったので、流石にここでも上位にいる。
「藍那〜もうちょっとだ頑張れ〜!」
「藍那ちゃん転ばないようにね!」
「おにーちゃん!おねーちゃん!」
藍那ちゃんは満面の笑みで私達の元へ走って来た。私たちはその藍那ちゃんの手を握って上に引き上げ、猫の前足掴んだかのようにびろーんと伸びた藍那ちゃんを運んだ。
この夫婦感たるや。
ようやく全ての競技が終わり、保護者は園児と共に帰って行った。
「たのしかったー!」
「良かったねぇ、今日は美味しいもの食べに行こうか」
「いいの!?やったー!」
「もちろん大和さんも行くよ」
「え?あ...うん...何かいつも奢って貰ってばかりな気がする」
「大丈夫よ、最近那月もお金自分で稼ぐようになったし」
「うん、大和さんのおかげ」
「そう...ですか?」
「そうです」
結局また四人でご飯を食べる事になった。
その日食べたものはステーキだった。




