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夏の樹  作者: 粥
22/64

二十二

色々あった文化祭から一夜明けて、月曜日。土日に文化祭があったので振替休日として今日明日が休みになった。

鈴虫が鳴く夜20時、私はベッドの上に横たわって考えた。


もちろん内容は長谷くんの事だ。


昨日の長谷くんは女の子に告白されてる最中に、同じく男の子に告白されてる私の所に来た。あの時はまるで助けを求めているようにも、私への告白を打ち切ろうとしてるようにも見えた。

そして告白を断ったと言った時の安堵の表情。


「梨沙さんとこ行こ」


私は誰かに相談しないとダメだと考えてバスケをしに行った。

夜道を歩き、公園へ行くとやはりみんないた。その中に梨沙さんもいた。


「梨沙さん、お久しぶりです」

「あれ?槐じゃん、久しぶり」

「ちょっと相談したいことがあります」

「ほぉ、移動しよっか。あんま大っぴらに言える内容じゃなさそうだし」


流石梨沙さん、私の表情だけで周りに聞かれたくない話だと察してくれた。

みんなから離れた所のベンチに二人きりで座り込んで話した。すぐ隣に立っている外灯が暗い夜の中で安心を与えてくれている気がする。


「で?どしたの?」

「実は、私...のことを好きな人がいたんです」

「そんなんいて当然でしょ?」

「いえ、それが何の関係もない人物なら良かったんですけど...」

「あ〜男友達がそうなっちゃったパターンね」

「はい...」


梨沙さんは私の話を聞いてタバコを吸い始めた。


「ふーっ...。その子ってさ、この前小さい女の子連れて槐とバスケしてた子?」

「え?あ、はい。見てたんですか?」

「たまたま目に入って、あんたが楽しそうで珍しかっただけだよ。そっか〜やっぱあの子の事か」

「どう...しましょうって、思ってて」

「どうしようか〜。どうしたいかが分かってないんだもんね」

「はい」

「つか、どーしてそれが分かったの?」

「それ?」

「どーして彼が槐を好きだって分かるような状況になったのかって事」

「あー、それは...」


私は後夜祭の時の状況を包み隠さず梨沙さんに話した。梨沙さんはちゃんと聞いてくれて、煙を一度吐くと納得したように頷いた。


「なるほどね〜それは分かりやすいかもね」

「まぁ、だから分かったんですけど」

「彼もそうなんだけど、槐も分かりやすいよね」

「え、私ですか?」


急に私の話になって驚いた。


「今の話聞いてると、槐もその男の子が好きなように聞こえるけど?」

「そ...そう...ですか?」

「ま、告白して来たやつに友達馬鹿にされたら確かに怒るだろうから、どうかは分かんないけど。家にも何度も行って泊まってて、親にも特に反対されてなくて、自分の事好きかもしれなくて別に困ってもないなら、付き合っちゃえば?カッコよかったし良いと思うよ?」

「カッコいいですけど...何かそういうのって軽いっていうか...」

「恋愛の価値観は人それぞれだけど、大体は最初に感じた印象だよね」

「最初の印象?」

「この人と何か仲良くなりたいなぁ〜とか、何か気になるなぁ〜とか」

「そんな抽象的な、曖昧なものじゃないんじゃ...」

「曖昧なものだよ、物理的に、ちゃんと物として存在してるわけじゃないもん、心とか感情って」

「........」

「そんな分かりやすい物じゃないし、不安定なものだよ。そこから先は誰も知らないし分からない、って考えると死ぬ事と似てるかもね」

「死って...」

「だからみんな怖いし、体験してる人にアドバイスを求める。槐は怖がってるのかもね、その人が自分の思った通りの考えを持ってないかもしれない事に。それとも...」

「........?」

「自分以外の女の子でも、その子の魅力に気付けること、そして告白された事によって彼が、自分以外の知らない誰かに自分以上の信頼と愛情を注ぐ事を無意識に嫌がってたのかも知れないね」

「そ...そん...な...」

「私の知ってる槐は、気の無い男友達にここまで悩んであげる子じゃないって思ってたけどね?」

「........」


小さい頃、四苦八苦したパズルがあった。

そのパズルの中にあるたった一つのピースが、それ以上の進行を妨げる。私はそれに苛立って、他の同じ様な形をしたピースを()めた。完成した頃、パズルの絵はめちゃくちゃだった。見本通りにもならない、だけどこれで良いんだと思っていた。これは私が作ったパズルだと、完成させなきゃいけないわけじゃない、形にさえなっていればとそう思っていた。


でも、そうじゃない。


彼は、長谷 那月はそうじゃない。

私の中のパズルの空いた部分には、彼しか嵌らないのだ。完成させなければいけない、例えそれが無理矢理でも、エゴだったとしても、形にさえなっていれば良いなんて思えない。


「分かった...様な気がします」

「ん〜良かったね」

「ありがとうございます梨沙さん、私は急用を思い出したのでここら辺で」

「落ち着いたらバスケしようね〜」

「はい、必ず」


私は、長谷くんの家に走って行った。

走る事数分、一度も歩かず、立ち止まらずに行けたので、夜も涼しくなってきたとはいえ少し汗をかいてしまった。

肩で呼吸をして、息をマシになるまで整えて長谷くんの家のインターホンを押した。

だが、誰も出ない。


(留守か...)


そう思って帰ろうとしたら、長谷くんがビニール袋を持って立っていた。


「...大和さん?」

「長谷くん...良かった、ちょっと話したいことがあるんだけど」

「そか...。と、とりあえず上がってよ」

「うん」


長谷くんは私を家に上げて、お茶を出してくれた。

家には藍那ちゃんもお母さんもいなかった。


「誰もいないの?」

「出かけてる。今は俺一人」

「そか」

「で、何?話って」


私はお茶を一口飲んで、深呼吸をして長谷くんの目を真っ直ぐに見つめた。


「あの...私、昨日の長谷くんの事が忘れられなくて、さっき先輩に相談しに行ったの」

「うん...」

「それで分かった、私は、あなたが好きだ」

「........」


長谷くんは一瞬目を見開いたが、またいつもの表情に戻った。


「それは...友達として?」

「もちろん違う、異性として。長谷くんと色々な事をしたいし、藍那ちゃんみたいな子供を長谷くんと育てたいってくらいの気持ち」

「...そか」

「私は、多分最初から長谷くんにこの気持ちを抱いていたんだと思う。気付かなかっただけで」

「うん...」

「それで、昨日ようやく確信した。私は長谷くんが好きだって」

「分かった、分かったから...あんま何度も言わないで。恥ずかしい...」


長谷くんは顔を赤くして手で必死に隠そうとした。

私は長谷くんの目の前にしゃがんで、長谷くんの腕を退かして長谷くんの頬を撫でた。


「昨日の女の子でも長谷くんの魅力に気付いちゃった。長谷くんがもしあの子の告白を受けていたら、私の元に走って来てくれなかったら、私は気付いたとしてもこうして気持ちは伝えられなかったんだと思う」

「........」

「不謹慎だけど、あの子の告白を断ってくれてよかった、私の所に来てくれてありがとう。私と、付き合って下さい」

「........」


長谷くんは顔を赤らめたまま、長い沈黙を続けた。

そして頰に添えていた私の手に自分の手を重ねた。


「大和さん、大和さんはさっき俺を好きだという事に気付いたって言ってたよね」

「うん、言った」

「俺は、ずっと前から大和さんを好きだったよ」

「え...」


衝撃の事実過ぎて私は後ろに倒れそうになった。


「根暗ぼっちで、これと言って特徴の無い俺に、笑いかけて、話しかけてくれる大和さんが好きだよ」

「........」

「じゃなきゃ泊めたりしないし、家に自分から招いたりなんてしないでしょ」

「そ、そうなの...かな...?」

「大和さん、もし俺がすげぇ危ないやつで、強姦されてたらどうすんの?」

「そんな事しない...!って、思ってました...」

「大和さんだって凄いモテてるし、俺なんかと喋ってたり、家に何度も来たりしてると、いずれ軽い女って思われて誘ってくる奴もいるかもしれないって思って、結構焦ってた」

「そんなの、絶対行かないし...」

「俺だけ?」

「長谷くんだけだし」

「そか、俺だけか...」

「長谷く...きゃっ!?」


長谷くんはいきなりギュッと私の事を抱きしめた。力強く、でも苦しく無い程度に優しく。


「良かったぁ、超嬉しい...!」

「...私もだよ...」


長谷くんが胸元で満面の笑みを浮かべてる。これ程までに感情を素直にさらけ出している長谷くんは珍しかった。

私はそれがとても愛おしくて、尊くて、思わず抱き返した。


「今日から、彼氏彼女だね」

「うん...よろしくね...?」

「ああ」


そして私たちは、何の合図も無く一回きりのキスをした。

まだまだ続きます。

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