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夏の樹  作者: 粥
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十四

夕方頃、バイトも無く家でゆっくりしていると、長谷くんから電話がかかって来た。

だが電話を取ると、長谷くんではない誰かが喋った。


「もしもし?」

「もしもし?おねーちゃん?あいなだよ?」

「あれ?藍那ちゃん?電話してくれたの?」

「うん、あのね〜おにーちゃんがね、きょうのはなびたいかいいっしょにいこーって」

「あー、そっか今日だったね。うん行こっか。藍那ちゃんも一緒なんだよね?」

「あいなもいくよ〜」

「ん、分かった。じゃあ楽しみにしとくね。待ち合わせ場所はそっちの家に30分前くらいに行くって伝えてくれる?」

「わかった〜ばいば〜い」


元気な声で電話を切られた後、私は着替え始めた。

浴衣なんて持ってないので、白いシャツにスキニーパンツで長谷くんの家に向かった。

インターホンを鳴らすと、長谷くんが出て来た。


「いらっしゃい」

「誘ってくれてありがとう」

「誘ったのは藍那だけど、今日は楽しんでね」

「うん。あ...」


長谷くんの服を見ると、私と似たような格好をしていた。


「?...あ、服か」

「似てる」

「着替えるか、嫌だろ?お揃いみたいになって」

「別に?大丈夫だけど」

「そか、じゃあいっか」


とりあえずまだ時間があるので家の中に入れて貰った。

すると、藍那ちゃんが居間で長谷くんのお母さんに浴衣を着つけられていた。


「あ!おねーちゃん!」

「こんばんわ、藍那ちゃん」


藍那ちゃんは可愛い花柄の浴衣を着ていて、私に見せて来てくれた。


「みて〜ゆかたきたのー」

「うんうん、似合ってるよ。可愛いね」

「えへへぇ〜」


小さな頭を撫でながら、私は藍那ちゃんを褒めるととても喜んでくれた。


「いらっしゃい、槐ちゃん」

「こんばんわ、今日は御誘い頂きありがとうございます」

「固いなぁ〜もっと柔らかくていいのにぃ〜。でも今日は楽しもうね」

「はい」


程なくして、私たちは近くの湖に向かった。この地域では湖に花火を上げる。

湖に映る花火と空に咲く花火のどちらも同時に楽しめると評判で、地元民以外の人も足を運んでいる。この前テレビで特集されたとか言ってたな。


結構早い時間に来たはずなのに、もう人でいっぱいで、私は若干迷いそうで不安だった。


「藍那、手」

「うん」


藍那ちゃんは100%迷子になると踏んだ長谷くんのお母さんは藍那ちゃんの手を握った。

どうしよ、私も手繋いでもらおうかな。


「大和さん、大丈夫?今からちょっと人多いとこ入るけど」

「だ、大丈夫...だと思う」

「そう?」


長谷くんは不安そうにしながらも、私のために歩くスピードを落としてくれている。何かあったら携帯で連絡すればいいんだけど、逸れると面倒だしな...。


ある程度ひらけた場所を目指す事数分、ようやくその場所を見つけたところで、私は転びそうになった。

前のめりになってしまって、地面に先に手をつこうと伸ばしたところ、長谷くんがお腹に手を回して支えてくれた。


「はい、お疲れ様」

「お...おぉ」

「大丈夫?汚れてない?」

「おかげさまで、ありがと」

「ん」


長谷くんが耳元で私に無事の確認を取る。その声と一緒に耳にかかる吐息が、私の心拍数を上げる。

体勢を立て直して、藍那ちゃんと長谷くんのお母さんの所に行く間に冷静を取り戻すのに必死だった。


花火が上がり始めて、みんなカメラとか視線を上に上げている。今だけは感じる事も一緒なのかと考えると少し面白い。


花火の方を見ていると、長谷くんが私の耳元に顔を持って来て話しかけて来た。


「見えてる?」

「うん、だいじょう...ぶ」


私は長谷くんの方に顔を向けてしまい、あまりの近さに驚いた。嫌だったわけではないが、確かにこの人の多さと花火の音だ、近くなるのも仕方ない。にしても顔かっこいいな。


「........?」

「何でもない」


長谷くんの顔の近さとかっこよさに黙っていると、不思議そうに首を傾けられたので、私は花火の方へ目線を逸らした。



全ての玉を打ち終わり、花火大会は終了した。

終わったのは22時ごろ、予定より少し遅れている様だ。会場にいるお客さん達全員が帰っていく中、私たちは人混みが落ち着くまで待った。


「もう良いかな?」

「そだな、もう良い感じに人もいなくなって来たし藍那も眠そうだし」

「うぅ...zZ」

「帰ろっか」


長谷くんのお母さんは、藍那ちゃんをおんぶして、私たちはその後ろを歩いて帰った。


「夜遅いし送ってく」

「うん、ありがと」


長谷くんの家に着いた後、長谷くんが私の家まで送ってくれた。


「今日は楽しかった」

「そか、それは良かった」


長谷くんはあまり喋るタイプでは無い。

だが正直、長谷くんといる時の空気感は何だか好きだった。喋らなくても良い、無理しなくて良い、そんな感覚に陥ってしまう。


家に着いたので、長谷くんは私にお別れを言って帰ろうとした。

その時私は、背を向けた長谷くんの手を思わず取ってしまった。


「ん?どした?」

「あ...えと...」


長谷くんは不思議そうな顔で私を見てくる。


「あの...さ、また、遊びに行っても良い...かな?その...迷惑じゃなければなんだけど...」

「...?別に良いけど」

「あ...うん、ありがと」

「...じゃ、帰るな」

「うん、気を付けてね」


私は、また長谷くんの家に遊ぶ約束をした。最後寝る前に、花火の綺麗さと長谷くんの顔の格好良さを思い出して眠った。

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