十二
放課後、私と長谷くんはバイトも無いのでゆっくりと帰っていると、長谷くんの方の電話が鳴った。
「悪い、ちょっと出ていい?」
「うん」
長谷くんが電話に出ると、電話の奥の相手は母親のようで、何か言伝を受けていた。
そして電話を切ると、長谷は私の方を向いてきた。
「悪い、藍那を迎えに行かなきゃいけなくなった。ここでバイバイだ」
「あー...そっか」
「ああ」
長谷くんは納得行っていないような私の反応に違和感を感じたようで尋ねて来た。
「ん?どうかした?」
「...うーん、私も一緒について行きたいって言ったら、迷惑...かな?」
「一緒に保育園に?別に良いけど、予定とか無いのか?」
「うん、無い。だから、行っていいかな?」
「良いよ、藍那も喜ぶだろうし」
「ありがと」
こうして私と長谷くんは一緒に藍那ちゃんを迎えに行くことになった。
「藍那ちゃんの誕生日はいつなの?もう過ぎちゃったかな?」
「まだだよ、でももうすぐ」
「そっか、じゃあ何かプレゼント買わなきゃだね」
「いや良いよ、そこまでしてもらうのは申し訳ないし」
「私が送りたいの」
「んー...」
長谷くんは終始納得いかない顔をしていた。深入りし過ぎたかな?
そんなことを考えていると藍那ちゃんの保育園についた。
「藍那〜!」
「あ!おにーちゃん!と、おねーちゃんもいる!」
「久しぶり」
いつのまにかおねーちゃん呼びになっていた藍那ちゃんはまだ短い腕で私の足をガシッと掴んだ。
足だけがあったかい。
「今日は何して遊んでたの?」
「きょうはねー、あのねー、おままごとしてあそんだのー!」
「おままごとか〜、藍那ちゃんは何役?」
「あいなは、あいなのやく〜」
「なるほどぉ〜ブレませんなぁ」
「えへへ〜ぃ」
多分意味を分かっていないと思うが、可愛かったので頭を撫でておいた。
長谷くんと藍那ちゃんと一緒に長谷くんの家に帰る。
私は途中の道で分かれようと思っていたら、藍那ちゃんが私から離れなくなった。
「おねーちゃんおうちきてよぅ...」
「........」
足元で上目遣いでスカートの裾を掴まれながらそう言われて、私の心はなんか、ぐわっ!ってなった。
「ん、んー...でもお家の人たちに迷惑だし、長谷くんも同級生招くの嫌でしょ?」
「ここら辺に住んでる奴は学校にいないし、別に来ても良いよ」
「えー...そなの?」
意外な反応に驚きつつ、私は藍那ちゃんたちと一緒に長谷家に向かった。
長谷くんの家はアパートの二階の端っこの部屋で、長谷くんのお母さんと長谷くん、そして藍那ちゃんの三人で住んでるみたいだ。お父さんは、いないのかな...?
「ただいまぁ〜!」
「ただいま」
「お邪魔しま〜す」
きちんと靴を整理してから居間に入った。
間取りは居間に行くまでの間にお風呂とかトイレがあって、居間の奥の方には三つほど襖があった。多分長谷くんの部屋とかお母さんの部屋とか寝室とかがあるのだろう。
言っては悪いがあまり裕福では無いのだろう。
「あんま広くないけど、ゆっくりしてって」
「うん」
私は荷物を端に置かせてもらって、居間に敷いてある絨毯に座った。
すると、手を洗い終わった藍那ちゃんが私の膝の上に座って来た。
「藍那、お客さんの膝の上に座らない」
「あぅ...」
「大丈夫だよ、むしろこんな子供に懐かれたのは初めてで嬉しい」
藍那ちゃんが立ち上がろうとしたので、藍那ちゃんのお腹に手を回して自分の方へ引き寄せた。膝の上に座り直した藍那ちゃんは、満足そうで良かった。
「ごめんね、藍那も家族以外の人にここまで懐くのも珍しいから」
「へぇ、そうなんだ」
「お客さん来ても大概他の部屋に逃げ込んで、トイレ以外で出てこない」
「凄いねそれ」
「だから逆に何でそんな懐いてるのか不思議」
「おねーちゃんはね〜おめめみたらわかるの」
「目?」
「おめめがね、いいひとのおめめしてるの」
「そ、そうなんだ...?よく睨んでるの?って言われるけどね」
「ま、今のままで良いと思うよ。懐いてる事に悪いことは無いと思うし」
「そか、うん、そう思う事にする」
私はそう言って藍那ちゃんの頭を撫でた。うん、柔らかくてサラサラしてて気持ちいいな。
外はもう夕方を超えて夜になりつつある。避暑地であるこの地域は、冬は寒いにしても、夏は他よりも多少は涼しく過ごせる。
鈴虫が鳴き声が聞こえ、外の街灯が点き始めた。
「日が落ちるのが遅くなったな。もう19時過ぎか」
「お母さん帰って来るの遅いんだね」
「大体19時半過ぎには帰って来るんだけどな、もうすぐか」
「おかーさん来たら〜いっしょにおふろはいるの〜」
「そっか、じゃあ早く帰って来てほしいね」
「うん!」
そんな話をしていると、ちょうど玄関から扉が開く音がした。その音がした途端藍那ちゃんと長谷くんが玄関の方へ向かった。
もちろん私もいっしょに向かった。
「ただいま〜いやぁ〜疲れたー!」
「おかえりおかーさん!」
「おかえり」
「ただいまぁ〜、あら?」
長谷くんのお母さんは、二人にただいまを言った後に私に気付いた。
「えーっと?」
「えと...長谷くんの友達の、大和 槐と申します」
私は深々と頭を下げて長谷くんの母親に自己紹介をした。
「なーんだお友達かぁ...」
「当たり前だろ」
「........?」
「彼女かと思ってウキウキしちゃったわ〜こんな美人な子がうちの息子を好きになってくれるなんて夢みたいとか思っちゃった」
「何言ってんだよ、ご飯食べよう。大和さんも食べるだろ?」
「え、いや悪いから良いよ...」
「と言うと思ってもう大和さんの分作っちゃった。食べるしかないぞ」
「そうそう、槐ちゃんも食べよ」
「おねーちゃんきょーとまるのー?」
「い、いただき...ます...?」
私は長谷家の流れに押されて夕飯を頂く事になった。
まぁ、長谷くんの作ったご飯はとても美味しかったので、すぐに食べ終わってしまった。夕飯も食べ終わってお風呂にも入れられそうになったので、そこまでされるわけにはいかないと私は頑張って断り、家へと帰った。




