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春と沙羅

雨降りの好きな夏実

作者: 川里隼生

どなたもどうかお読みください。ことに暇なお方や宮沢賢治の好きなお方は大歓迎です。

 ——私は好きだ、この雨が。

 小説好きで口の悪いあの子は、そう言った。昼休みの教室で、窓のサッシに腰掛けて、確か『銀河鉄道の夜』を読んでいた。私は雨は嫌いだと返した。だって、世間一般には雨より晴れのほうがいい天気って言われるから。彼女は独り言のつもりだったらしく、おかしなものを見る目をされた。初めてクラス替えを経験した私たちの、最初の出会いだった。


 今年から中学校に上がって、その子が学校に来なくなった。理由はなんとなくわかる。来る日も来る日も先生とか男子とかと喧嘩ばっかりで、学校にうんざりしたんだと思う。それはその子の問題だから、私がどうこう言う資格はない。ただ、その子しか友達がいない私は、ちょっと寂しい。いっそ私も不登校になっちゃおうかな、なんて冗談半分に考えてる。


 今日は朝から雨。給食は白身魚のフライだった。フライかあ。何故だか図書室に行きたくなった。

 ——そんならこれから火を起こして、フライにしてあげましょうか。

 私はこのフレーズをよく覚えてる。あの子、沙羅さらが二人の紳士で、私が山猫の役。


 気がつけば、ぼおーっと本棚の背表紙を眺めていた。『注文の多い料理店』は置いてないのかな。誰かが借りてるのかも。ないとなると、いよいよ読みたくなる。確か内容はこんな感じだった。二人の紳士が猟をして、犬が死ぬんだ。どうして死ぬんだっけ。それでどうしてだかレストランを見つける。それから色々注文を聞いて、最後に犬が助けにくる。あれ、犬は最初に死ぬんだよね。結構忘れてるもんなんだな。沙羅の顔も記憶と違ってたりして。


 あのとき、沙羅が読んでたのは本当に『銀河鉄道の夜』だったかな。記憶に自信がなくなってきた。

 ——ザネリもね、ずいぶん走ったけれども追いつかなかった。

 何故だか、カムパネルラの台詞を思い出した。私が知ってるいちばん悲しい台詞。沙羅がカムパネルラで、私がジョバンニ。どうしてこの台詞を思い出したんだろう。孤独な沙羅の映像が浮かぶ。

 ——あなたもね、ずいぶん走ったけれども……。

 こんな妄想はやめよう。沙羅はまだ生きてる。死んだなんて聞いてない。私は本棚に意識を戻した。


 結局『注文の多い料理店』は見つからず、昼休みが終わった。午后の授業も終わり、下校時刻になる。吹奏楽部が何かの曲を練習している。ジャズかな。校舎を出て傘を広げると、吹奏楽部の音はかなり小さくなった。さあああ、と細い音が永遠のように聞こえるだけ。この傘がもしも壊れたら、私は三千二百円の損害になる。また『あの本』っぽい表現になった。沙羅は元気かなあ。知らないうちに、私も雨が好きになってたみたい。

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