人間を逸脱した力を手に入れるには文字通り人間やめるくらいしないとダメなんじゃないかな?
王宮のとある一室。そこに勇者はいた。
「俺たちはこの戦いに……魔王に勝てるんだろうか?」
勇者はそう不安げに呟く。
「……大丈夫ですよ。クロス様はまだまだこれから強くなります。それこそ魔王に届くくらいに」
その勇者クロス・ヘイブラのつぶやきに反応を示したのは勇者と一緒の部屋にいる女。彼女の名前はハクア・スノウフィールド。勇者の仲間であり聖女と呼ばれる存在である。
「あぁ、確かに俺はまだまだ強くなるだろう。正直俺はまだまだ勇者の力である女神様の加護を完全に扱えてない」
勇者。それはこの世界を守護しているとされる女神に選ばれその身に莫大な力を宿したもの。そして勇者が存在する理由はただ一つ。この世界の均衡を崩す存在である魔物ひいては魔王を打ち滅ぼすためである。
「おそらくいずれは魔王にも届く、いや届かせる」
「ええ、クロス様にはそれだけの力がありますから」
クロスの言葉にハクアも首肯する。しかしクロスは暗い顔をし、「だが」と続ける。
「……だが、だがそれにはもう時間がないんだ!」
「それは……」
しかし現実はまさにその通りでもう『時間がない』状態であった。
「もう間もなく魔王本人も攻めてくる。この前どうにか撃退できたやつも言ってたことだしな」
クロスは自嘲気味に言う。
やつとはつい先日勇者たちと戦った上位魔物のことである。名前はわからない。だが強かった。正直たった一体の魔物を退けるのに何人の犠牲が出たかわからない。それほどまでに苦戦した。それでいて撃破ではなく撃退までしかできなかった。音速の挙動をし、通常の骨折程度なら10秒で回復、ただの一撃で数十メートルにわたり地割れを発生させる勇者がいたのにも関わらずだ。
おそらくだがあの魔物は本格的な侵攻の先駆けとして魔王が放った先兵だろうとみられている。そして去り際にやつは言った。「もうじき魔王様が来る」と。
「たった一体の魔物に俺たちはほとんどなすすべがなかった。しかもやつは魔物の中でも一番強いわけでもないにもかかわらずだ」
「しかしクロス様。あれほどの魔物―」
「ああ、わかってる。多分魔物の中でも最強クラスの存在ではあるのだろう。それを退けられたんだ、今の俺たちもそれなりには強いんだろう。だが問題なのはやつクラスの魔物が他にも何体もいるということだ。対して人間は勇者が一人だけ。その上魔王もうじき来る。……どうすればいいんだ」
「……」
勇者の問いに答えられるものはいなかった。
だから勇者は欲した。力を。戦いに勝てる力を。
答えたのは女神の加護。勇者と魔王を戦わせるための加護。
そして勇者は手にした。人の身を越える力を。
「またあったな勇者よ」
魔王の進行が本格化し、今までよりも強い魔物が世を跋扈するようになった。魔物との戦いもどんどん激しさを増している。
そんな折、またしても勇者たちの前にあの悪夢、勇者が己の力の足りなさを痛感した因縁の魔物が現れた。
「……」
「どうした勇者よ?」
「……こい」
「ふ、ふはははは。言葉はいらぬということか。いいだろう。存分に戦おうぞ」
そう言うと目の前の竜の形をした魔物はいきなり全力で勇者に突っ込んだ。
「……」
しかし勇者は剣を右手に下げているばかりで一向にその場から動こうとしない。
そうこうしている間に竜の魔物は勇者のもとへ到達。その剛腕でもって勇者を叩き潰そうとする。
そしてようやくここに至って勇者は回避行動をとろうとする。しかしすぐ目前まで迫っている攻撃をよけられるわけもなく、勇者の左半分が文字通りつぶされた。
「ん?……ん!?」
あまりのあっけなさに魔物がいぶかしんでいると、左半分をつぶされたはずの勇者がいきなり動き出した。
「自壊挙動」
そうつぶやくと同時に体の半分を失っているにも関わらず以前戦った時の数倍の速さでもって魔物に迫った。そして魔物がよける間もなくその左腕を切り飛ばす。
魔物は左腕が切られた後ようやく動きだし、勇者から距離をとる。
「貴様!それはどういうことだ!」
そうして距離を開けた魔物が目にしたのは完全に五体満足の勇者である。
魔物は思う。この力はなんだと。
以前の勇者は骨折の治癒に10秒かかる程度の回復力でしかなかった。それでも十分に驚異的回復力ではあるが今のこれは完全に常軌を逸していた。なにせ魔物がちょっと目を離したすきにつぶしたはずの左半身に加え、先ほど「自壊挙動」とつぶやき魔物を攻撃した後に跡形もなく消し飛んだ勇者自身の右腕まで再生しているのである。それにである。左半分がつぶれていたはずの勇者がなぜ自分よりも速く動くのかと。
「……説明が必要か?」
そうして勇者は説明不要とばかりに動き出す。以前を数倍する速さで。反動でその両足をつぶしながら。
これはまずいと思った魔物はあわてて回避行動をとろうとする。しかし回避した先には当然のように体のいたるところを傷つけた勇者。
そして勇者は剣を振る。今度は先ほどまでの動きをさらに数倍させた動きで。そうして以前あれだけ苦しめられたはずの因縁の相手はそのたった一撃のもと、消し飛んでしまった。
勇者自身の体も粉々にしながら。
それから数時間後。人間側は今日の戦局を勝利で終わらせた。
やはり竜の魔物を倒したのが大きかった。
そんな人間たちの中に―。
「クロス様……もうあんな戦いはやめてください」
「何も問題ない」
そこには聖女ハクアと先ほど自身の体粉々にしたはずの勇者クロスがいた。
「クロス様!死ななければいいという問題じゃありません!」
ハクアは怒る。クロスの竜の魔物との戦いを。自身の体を一切顧みない戦いを。
「そう言う問題だろ。死ななければ、戦いに支障が出なければ何の問題もない」
「っ」
ハクアは思う、『いつからだろう、勇者クロスと私たちの見る世界が変わってしまったのは』と。
勇者クロスは人を超越する力を得た。しかし同時に人であることもやめた。
以前勇者は願った。力を。戦いに勝つ力。そして女神の加護は自信を変質させることでそれをかなえた。
女神の加護とは魔王と戦うための力。そしてその本質は魔物そして魔王と勇者を戦わせることである。しかしクロスはその本質をほんの少しだけ歪めてしまった。『魔物そして魔王と戦い続ける』というものに。そして女神の加護はそれを全力で実行した。すなわちどれだけ傷つこうが動けるように。戦い続けられるように。そして勇者が死んで戦いができないことがないように。
しかし当然であるがこの変質にもデメリットはある。単純に今までとは違う配分でもって力を使っているため相対的にそのほかの能力が落ちる。それは単純な勇者の大地を割るほどの力であったり、音速で動く力であったり。
だがこれも変質した加護が解決した。それは何のことはない。どれだけ傷ついても大丈夫なら自壊前提で力を発揮すればいいだけだ。そもそも人間というのは100%のスペックを発揮できない。それだけの力を出すと体が壊れるからだ。しかし今回はその限りではない。どれだけ傷つこうが女神の加護が自分を生かす。ならば自壊前提で動いても何ら問題ない。つまりそういうことだ。
以前を数倍する力に速さ。それに不死と言われても反論が難しいほどの回復力。
そうして勇者は魔王に勝ちうる力を手に入れた。……かわりに失ったものははたして。
後年、勇者とともに戦ったことがあるとある兵士は皆口をそろえて言ったそうだ。
勇者と魔物。どっちが人間を逸脱しているかわからないと。
思うに強大な力(特に人類逸脱とか神の領域のとか)を得るには相応の理由って必要だと思う。
これが作者の持論です。
でも今回の話に限ればすでに加護がちょっとチートっぽいんだよね…。
それとホントはもっと明るい話にしたかったんだけどなぁ。




